家というにはあまりにも宮殿染みている邸宅で、跡部はノンアルコールのシャンパンを片手に寛いでいた。
足元には愛犬のマルガレーテがそっと寄り添っている。
ああ疲れも吹っ飛ぶな、なんてお前幾つだよと思われそうな振る舞いでリラックスしていると、ノックの音がした。
「入れ。」
「失礼致します、景吾坊ちゃま。お友達からお電話です。」
「アーン?誰だ?」
「黒崎棗様、と仰る方です。なんでも、お金の事で相談に乗って欲しい事があるとか。」
「黒崎が?」
なんだろう、と思いながら子機を受け取った。
金をくれ・・・は、性格的になさそうだから、金貸してくれ、とかだろうか。
1000万位ならポケットマネーからすぐ出せるけど。
「俺だ。」
『やあw棗だよ、覚えてる?』
「俺様を誰だと思ってんだ、アーン?お前んとこの阿呆と一緒にするんじゃねえよ。」
『それはすまんw』
相変わらずへらへらした口調。
子機のこっち側まで聞こえてくる間の抜けた声に、執事が心配そうに跡部を伺うが、跡部は手で、下がって良いと指示した。
ちゃらんぽらんに見えるが、その実棗は極めて賢い人間である事を、聡い跡部は分かっている。
「で?金の話で電話だと聞いたが。」
『最初はお前に電話するつもりじゃなかったんだけどねw交渉する人が偉い人に偉い人にって変わっていってたらいつの間にかねw』
「?」
『あのさあ、お前のとこの子会社のそのまた子会社が経営してる、”Big fire field”っていう、』
「待て、Padを出す。」
ビジネスの話とは予想外だった。
iPadをサクサク操作すると、確かに棗の言う会社が見つかった。
「Big fire・・・ああ、これか。」
『あった?そこが経営してる施設を使いたいんだけどね、』
「無料で使わせろって事か?」
『誰がそんな乞食みたいな事言うのw』
ケラケラ笑う棗に、跡部は電話向こうで優しく微笑んだ。
棗は知らないだろう。
世の中にはいっぱい居るんだ、そういう奴。
こっちが金を持ってるって分かったら、あれもこれもタダにしろって言ってくる奴が。
『じゃなくてー、金が無いからローン組ませて欲しくってw』
「ローン?」
『払う気はあるけど、即金で払えないのは情けない事に事実なのねwだから分割払いしたいんだけど、分割払いのシステムは無いっしょ?其処をなんとかって交渉をしてたのよw俺クレジットカードも持ってないしねw』
「そういう事か。」
跡部の指が画面の上を優雅に滑り、料金プランが現れる。
「利用方法は?」
『日曜日で、丸一日貸切w参加人数11人だから10名超えw後、4番、19番、36番~52番のオプション欲しいw』
「・・・・となると、ざっと計算して25万に消費税だな。」
『そうw辛いっしょw紫希がお前から纏まったお金貰ってたけど、あれはお前に返さないといけない金だからねw』
「使ってねえのか、勉強しろと言っておいたろ。」
『勉強してるよwあんな金なくてもシェイクスピアは読めるわw話が逸れたけど、ローン組ませてくれw中学生に25万即金は辛いw』
11人参加だとして、1人1万直ぐ出せと言うだけでも中学生にはきつい。
それ以上の額となると尚更である。
それに、参加人数は11人でも、企画者はビードロズ達なのだ。
だから本来は、25万を4等分すべきなのだが、そんなのとてもおいそれとは払えない。
「おい、PCは使えるか?」
『使えるよw』
「アドレスを教えろ。」
『え、待ってwええと、Cmailが・・・』
棗の声に従って、アドレスを打ち込む。
それから添付ファイル。
(確か、この辺に・・・ああ、あった。)
「どうだ?届いたか?」
『・・・何これ。』
「筆頭株主グループ優待割引だ。それなら即金で出るだろ。」
『ちょっと待て!俺こういう事して欲しくてお前に電話したんじゃないんだって、』
「ぎゃあぎゃあうるせえんだよ、良いからとっとけ。」
『良くねえし!』
「切るぞ。」
『待って!それならせめてなんかさせて!』
「アーン?」
『なんか!モニターでも清掃でも良いから!』
「お前、ちゃんとしたモニターのレポートがどれだけ詳細で時間がかかるか知らねえだろ。」
『時間かかっても面倒でも良いよ!書くよ!フォーマット送って!』
ローンを切り出した時より必死な声音で言い募る棗に、跡部は笑いが零れて仕方がない。
気にしないで良いのに。
世の中では、各々が出来る事と出来ない事を分け合って生きている。
自分の場合はその出来る事の中に、偶々お金が入っていた。
それだけの事なのに。
「たかだか25万やそこらで喚いてんじゃねえよ。なあ、マルガレーテ?」
『マルガレーテって誰?』
「家族だ。」
それに返事するように、マルガレーテはワン!と一声鳴いた。