Solicitation:3rd game 3 - 1/6



(・・・・これはどうしたものかな)

幸村は紫希が逃げ込んだ部屋で、暫し考え込んでいた。
ひとしきり探し終えたのに、紫希が見つからないのだ。

この部屋に逃げたのは確か。
そして、出て行く姿も見ていない。

でも、見つからない。

「・・・・・」

思わず動きを止めていると、扉の開く音が背後から聞こえた。

「あ、精市。」
「やあ千百合。お疲れ様。」

顔を覗かせたのは千百合だった。
思わず顔が綻ぶ。

「何この部屋。」
「美術品の倉庫だったみたいだね。管理状態があまり良いとは言えないけれど。」
「ふうん。」

そう。
ゲーム云々はさておいて、此処の持ち主は金持ちのクセして芸術に造詣が深くは無いらしい事を、幸村は感じていた。
こんな所でこんなもの保存しておくなよ。

「誰か見つけた?」
「いや・・・逆に見つからない。」
「逆に?」
「春日がね。俺は此処に入るのを見たんだけど、どうしても見つからないんだ。」
「そんな事ってある?」

幾ら物が多いとはいえ、所詮は倉庫だ。
そう広くも無いし、人間が隠れられるような所なんてたかが知れている。

「探してる間にこっそり出て行ったんじゃない?」
「いや、それなら流石に気づくよ。そもそもこの散らかりようじゃ、隙を見て出て行こうにも、動いた時点で物音がするんだ。」

それ故に解せない。
見逃す要素なんて無い筈なのに、見つからない。

「それはそれとして、そっちはどうだい?」
「駄目。見つからない。」
「そうか・・・」

幸村は、物置を探し始めた時にメールをチームメイトに送っていた。
紫希は見つけるから、丸井を探してくれと。

しかし、丸井も見つからない。

「最後に見たのは?」
「柳。1階から上って行くのを見たって。直ぐ見失ったらしいけど。」
「2階か、3階かどちらかの可能性が高いね。」

幸村は悩み始めた。

此処に紫希が居るのは間違いないと思われる。
だが、実際問題紫希は見つからない。

「私も手伝うからもう一回探そ。で、それで駄目なら丸井の方に取り掛かってくれって、柳生が。」
「此処を離れるのかい?」
「丸井をフリーにしてる方が怖いから、ってさ。彼奴居場所すら分かんないし。」
「成程。確かに、所在が今もって掴めないのは困るね。」

もしかして、2人一緒に居るんじゃないか?

一瞬そう考えた幸村は、流石の読みの鋭さと言える。
だが此処に2人も、ここまで完璧に気配を消して身を潜められるようなスペースは無い。

考え過ぎか、と推測を打ち消す幸村は、自分の足の下でその2人が出て行くチャンスを伺っている事を知らない。

「それにしても物が多いわね。」
「物置だからね。その分探すとなると少し面倒だけれど・・・千百合、其処は。」
「え?何?もう探した?」
「いや。その画板がささくれだって危ないから、触らない方が。」
「・・・・・・」
「俺がやるから、大丈夫。」
「・・・あ、そう。」

こういう事を言いだした時の幸村は折れない。
絶対に折れない。

最終的には丸め込まれるので、諦めて別の場所へ目を向ける千百合だが。

「あ、其処も。」
「ん?」
「そこの飾りが折れてるだろう?あんまり近づかない方が良いよ。」
「・・・じゃあこの辺。」
「其処も飾り斧が置いてあるから、」
「何かさせろ。」

過保護か。
一緒に探すとはなんだったのか。

不満そうな表情で、でもほんのり顔を赤くしてこっちを見る千百合が可愛くて、幸村はついつい笑ってしまう。

「何笑ってるのよ。」
「ふふっ、千百合が可愛くて。」
「あのね・・・」

甘い悔しさを感じつつ、照れ隠しに千百合は全然別方向に目を向けて。
そして彫刻の影を探そうと、足元で転がっている邪魔な甲冑の頭を退けようとした。

退けようとはした。
一応。

「・・・ぃ、」
「?」

「あああああああああ!」

バカン!という音は、千百合が必死の勢いで甲冑を壁に叩きつけた音。
ブーン、という羽音は、カナブンさんが忍んでいた甲冑から飛び出た音である。

カナブン。
この緑色の甲虫は何処にでも現れ、土などがあれば屋内でも繁殖する。
加えて今は6月。一番元気な季節の始まりの時期であり、千百合のような虫嫌いは、分かったから絶滅してくれと、見かける虫見かける虫にいちいち本気で願ってしまう時期である。

「カナブンか。」
「カナブンか、じゃないわ!何を悠長に・・・動くなこらあ!」

動くなと言われてもカナブンの方だって、ずっとじっとしているわけにはいかないのである。
大人しくしていたら命を奪われそうな気配を感じるし。

「落ち着いて千百合、大丈夫だよ。」
「大丈夫なもんか!もう視界に入れてるだけで嫌!いつ飛ぶか分かったもんじゃーーー」

とか言ってたからだろうか。
カナブンは本当に飛んだ。
とはいっても一瞬壁を離れただけで、すぐまた元の壁に張り付いたが、もうその一連の動作が虫嫌いには恐ろしいのだ。

「ひ・・・!」
「おっと。」

思わず後ずさると、真後ろに立っていた幸村にぶつかって抱き留められた。
悪いなと思うが、ちょっと今それどころではない。

「大丈夫かい?」
「無理・・・」

ぶつかった事に対して聞いたのだが、千百合は今カナブンの事で頭がいっぱいで、聞かれる事はなんでもカナブンに結びつけてしまう。

珍しく泣きそうな顔になる千百合に、幸村は悪いと思いつつ可愛いと思ってしまう。
だからついつい表情が穏やかになってしまうのだが、千百合はもうそこに突っ込む余裕もない。

「見なくて良いよ。近づく事もしなくて良い。俺が逃がすよ。」

もうこうなってしまっては、逃がすなり始末するなりしないと千百合は落ち着けない。
安心して、の意を込めて両肩を抱いている手の力を少し強めた。

「・・・・・・本当に?」

至近距離に居る幸村に辛うじて聞こえるか、聞こえないか。
そんな紫希より弱い声量でポソ、と返事する千百合は、本当に弱弱しい。
普段の千百合は一体何処へ消えたのかと思うくらいだ。

それでも、見なくて良いと言ったのに、絶対にカナブンから目を離さない怯えと強がりはちゃんといつもの千百合。
幸村はこんな千百合が愛しくて仕方がない。

「本当さ。知ってるだろう、俺は虫は得意なんだ。」

そう、顔に似合わず幸村は虫が平気である。
別に好きなわけではないけれど、気持ち悪くて触れないとか怖くて殺せないとか、そういう事は一切ない。

というか、虫に対して恐れを抱いていては本腰入れてガーデニングなんて出来ないのだ。
普段から往々にして不快害虫を相手にしている幸村からしてみたら、カナブンを逃がすなんて造作もない事。

「・・・よし。ほら千百合、居なくなったよ。」
「窓閉めて早く、」
「ふふっ。はいはい・・・よし。これでもう入ってこれない。」
「はあ・・・・」

基本怖いものの無い千百合の唯一の弱点。
それが虫である。

蚊とか蟻程度ならまだ、まじまじと見さえしなければなんとか我慢できるが、それ以外となるともう見るのも嫌なレベル。
近づくのも辛いから始末する事さえ自力では難しい。

最も女子で虫が平気、或いは好きという者は少なく、どちらかというと千百合のように苦手な者の方が多いと思われるが。

「有難う。本当に有難う。大好き、愛してる。」
「それはどうも。嬉しいけれど、でも、カナブンくらいは平気になっておいた方が千百合の為だよ?それこそ、ベランダを何気なく開けた時にスっと入ってくる可能性も高いし。」
「兄貴に始末させる。」
「ふふふっ、棗も大変だな。」

こういう会話は、完全に友達の距離である。
元々友達から始まった幸村と千百合だから、こうして友達モードに戻っている時は冗談めかした「大好き」も平気で言える。

反面。

「それじゃあ千百合。」
「ん。探すだけ探したし行こっか。」

「その前に、ご褒美を貰っても良いかな。」

こうして恋人として接せられると、なんのことはない「ご褒美」という言葉が、急に言葉以上の意味を以て千百合に襲いかかってくる。

「・・・何それ。」
「うん?カナブンのお礼って事だよ。」
「いや、理由の話じゃなくて。」

何故に褒美を強請られているかはわかっている。
問題は何を要求されるのかという話だ。

「・・・何を出したら良いわけ。」
「逆に、何なら出せる?」
「・・・・・・・」
「あははっ!」

顔を赤くして、露骨に困った顔になる千百合。
こんな可愛い千百合を見られるのは自分だけだろうと思うと、幸村は珍しくも優越感というやつを覚えてならない。

「冗談だよ、ごめんね。」
「・・・冗談なの?」
「うん。ちょっと困らせてみたかったんだ。」
「・・・あの。」
「うん?」
「助かった、から、お礼は何かするから。」

お礼が発生するような話じゃないだろ、というツッコミが入るかもしれないが、千百合にとってはお礼が発生して然るべき事態なのである。虫というのはそれほど恐ろしい。

「ふふっ。良いよ別に、そんなに気にしないで。」
「でも、」

それはそれで気になるから、と続けようとした矢先だった。

ドアノブにかかってなかった左手がサッと掬い取られて。
驚いている内に、目の前で目の高さまで持ち上げられて。

次の瞬間には手の甲に、柔らかな唇の感触が落ちた。

「・・・これで十分だ。」

幸村は微笑んで囁くと、千百合の手を取ったまま何事もなかったかのようにドアを開けた。

「さあ行こう。丸井まで逃すと、柳生になんて言われてしまうか分からないし。」
「ああ、うん、そう・・・」

恥ずかしいとかを通り越して、何されたのか分からなくて、千百合はぼうっと手を引かれるがままに幸村についていく。

ちゃんと閉められなかった倉庫の扉は、バタンと少し大きな音を立てて再び閉じた。