ビードロズ4人組は、試合が終わるとすぐ湘南へ引っ込んだ。
又バスに乗って、電車に乗って。
一方選手達は試合が終わってもじゃあさいならとはいかない。次のスケジュール、軽く片付け、諸々の雑務をこなして、帰りは送迎バスで一本としても絶対に遅れる。
時間差にして、大体2時間。
その2時間が、勝負どころである。
「紫希、これいつまで炒めてたら良いんだwもう良いの?まだ?」
「後もう少しお願いします!ほうれん草のかさが減るまで!」
「紫希、調味料混ざらないんだけど水足して良い?」
「あ、水は足さないで下さい!レンジで10秒加熱すれば溶けますから!」
「あーーー!紫希ぴょんどーしよどーしよ、どれが生卵でどれがゆで卵かわかんなくなっちゃったお!どーしよ!割っちゃう!?」
「回して下さい!こう、くるっと・・・回ったほうがゆで卵です!」
五十嵐家のキッチンは、今まさに戦場であった。
そもそもは、午後は自主練だけだというテニス部勢の話を紀伊梨が聞きつけて、なら一緒にお昼食べようよということになり。でも今日はお昼には早い時間に会場離れるんだけどという話になって、それなら五十嵐家で全員で昼食にしようぜということになったのだ。
勿論選手達は疲れてるんだから、テニス部勢が帰ってくる前に4人で全員の昼飯を作るつもりだったのだが、はっきり言ってかなりきつい。人数がそれなりな上、全員がある程度以上食べるのである。当たり前だ、運動部なんだから。
自然、量が増え品数が増え、もうてんてこまい。目の回る忙しさ。
「ええと、ええと、これはもう出来てて、あれももう出来てて・・・紀伊梨ちゃん、そっちは砂糖です!」
「うおっとお!!ふー、あむないあむない。」
「でもなんとか間に合いそうじゃない?」
「辛うじてなw紫希が居なかったら地獄だぞwこんな状況でいちいちレシピ見て進めるとか怠すぎるわw」
「はい。今呼びましたか・・・棗君、油がそろそろ温まってます。」
「おっとっとw」
「もー!おかーさんが居てくれたらこんな忙しくならなかったのにー!」
「もう今日はそういう日なんでしょ。私らもそうだったけど。」
「今日に限って!?」
そう、本来はこんなギリギリにはならない筈だった。紀伊梨の母、皐月が居て紫希と一緒に指揮を取ってくれる筈だったからだ。
しかし午前中習い事に出てしまい、帰りの電車が止まったせいで未だに帰宅が出来ていない有様。行きのバスと言い今と言い、千百合の言う通り今日はそういう日なのかもしれない。
「ええと、フライパン洗って、」
「棗君、洗わなくて良いです。そのままスクランブルエッグに移って下さい。」
「マジか、良いのwベーコンの油残ってるけどw」
「はい、なのでサラダ油を引き直さなくて良いんです。塩分と油分の有効活用です。最終的に一緒になりますから大丈夫です。」
「そういうもんなのかw」
「・・・・・」
「紀伊梨、手動かしなさいよ。ボーッとしてないで。」
「む!ボーッとなんかしてないもん!紫希ぴょんは良いお母さんになるなって思ってただけだもん!」
「ああ。ま、私とか紀伊梨はなれなさそうな感じよね。」
「えー!!なれるよ!頑張らないと駄目だけど、頑張ったらなれるよ!」
「いや、無理でしょ。紀伊梨は朝早く弁当とか絶対無理そう。」
「ぐ!早起きのことを言われると辛い・・・!」
「私もやる気ないしね。」
「千百合っちはやれば出来るんだからやったら良いじゃーん。ゆっきー絶対喜ぶよ!」
喜ぶから余計気が進まないのである。
自分でこう判断するのもなんだけど、喜ぶだろう事は想像がつくのだ。今迄だって散々大したことない手作りの差し入れであんなに喜んでいたし。
でもだからこそ恥ずかしくてやる気がなくなるというか、あっそうなのふーん有難う、くらいのノリでいてくれれば良いのに、幸村はいちいちオーバーなのだ。千百合的には。
「でもさー、ゆっきーのお嫁さんだから千百合っち!千百合っちは絶対楽だよね!っておかーさんが言ってた!」
「何、楽って。」
「だってゆっきー好き嫌いないっしょー?好き嫌い無くて、お嫁さんにいつも有難うを忘れない人のお嫁さんはとっても楽しくて楽だっておかーさん言ってたお!」
「紀伊梨のお母さんって・・・いや。ごめん、なんでもない。」
「んお?」
(危ね、バツイチだっけって言いかけた。私らの母親の中で一番若いのに。)
「紫希ぴょんはブンブンのお嫁さんになるかもだから、紫希ぴょんも楽が出来ますな!」
「しばくぞ。」
「なんで!?って、あー!箸が落ちたー!」
急にドスの効いた声音で返されて、動揺したらうっかりボウルから菜箸が逃げた。しまった、これでも急いでるのに。
「そんな怒んなくって良いじゃーん!・・・っていうかさー。」
「何。」
「千百合っちってブンブンの事嫌い?」
「結構好きだけど部分的に大嫌い。」
そう、断っておくが別に千百合は決して丸井のことを嫌いじゃない。
どころか、友達の中でも結構好ましい方に寄ってるくらいなのである。
普通にしてたら。
「どの辺がー?」
「じゃあ逆に聞き返すけど。紀伊梨から見て丸井ってどう。」
「お?どうってー?」
「紫希の事好きと思う?友達っていう意味じゃなくて。」
好きと思うか。
紫希の事を丸井は好きと思っているかどうか。
「・・・うーん、そうなんじゃないかなーって!多分?違うかもしんないけど?」
「そういう所なんだよ、嫌いなのは。」
「え!?どこ!?」
「今あんたが自分で言ったみたいな紛らわしい所。」
多分丸井は自分的には別にどっちつかずな事してる気はない。
でも外から見ると本人的に普通な事でもどっちつかずに見えてしまうのだ。
紀伊梨も全く同じタイプ。
兎に角人懐っこいゆえに人との距離がどうしても近くて、簡単にスキンシップするしやや強引にぐいぐい人の懐に入っていくし。でも、本人達的にはそれは特別なことでもなんでもないのである。どんなに相手がそのやり取りを特別に思っていたとしてもだ。
今多分、とか違うかもだけど、とくっつけたのがその証拠。あんなにべたべたしていても、丸井や紀伊梨からしてみたらまだ「そうなんじゃないかな?」の域を出ないのだ。
そのくせ自分で自分のことを本能的に掴んでいるので、自分を顧みない。
悩まない。人目を気にしないしやりたいようにやる。
誰が特別で誰が特別でないか、本人だけはきっちりわかっているし線引きしているのである。そして困った事にその線は、全く他人に見えない。
「別に丸井が困るのは良いのよ。自分が蒔いたトラブルの種が育って花になったってだけなんだから。でも紫希を巻き込むっていうなら話が別。」
「???良くわかんないけどブンブンって紫希ぴょんにはやさしーし、紫希ぴょんの嫌なことはしないっしょー。」
「・・・・・・」
「あり?千百合っち?」
「もういい。」
「え!?」
「今のあんたに分かってもらおうっていうのが無理だったんだわ。何年か経ったら教えてやるよ。」
「えーーー!今教えてよー!何の話なのー!」
「説明しても分かんないだろうから嫌。」
「分かるよー!分かるもーん!」
分かるわけがない、初恋もまだの紀伊梨には。
時には人に優しくされたり喜ぶようなことして貰ったり、それが逆にどうしようもなくしんどい時とか辛い時だってあるのだ。
その矛盾が恋というやつの一面であり、それが如何に面倒で怠いか千百合はよくよく知っている。だから紫希がむざむざそんな目に遭うような展開は避けたいのに。
「ねー!千百合っちってばー!」
「お前らはさっきから何を騒いでんだよw」
「何か行き詰りましたか?」
「いや、料理の事じゃないよ。どうせなら桑原か柳生みたいな奴が良かったって考えてただけ。ああ、柳でも良いな。柳もありだわ、おおいに。」
「?」
「もー!さっきから千百合っち、紀伊梨ちゃんの分からないことばっかりー!っていうか、ブンブンの話してたのになんでいきなり他の人の名前が飛び出てくんのさー!」
「ああ、なんとなく分かったわ、話の全貌がw」
「え?え?何の話なんですか?」
「お前は知らんでいいよw」
「えええ・・・」
なんて言いながらも手を動かしている内に。
「あ。呼び鈴鳴った。」
「帰ってきたー!紀伊梨ちゃん出るねー!」
「ああ良かった、ここまで来たらそんなにお待たせしなくてすみそうです・・・」
「お疲れさんw」
キンコン、と軽いチャイムの音がする。
インターフォンはあるけど見ない。でも流石に7人も集まってどやどやしてたら、玄関開けなくても気配でわかる。
「はーい!いらっしゃーい!」
「やあ。お邪魔するよ。」
「はいはーい!どぞどぞー!まだもーちょっとかかるけど!」
「本当にこんな大所帯で押しかけて良いものか?」
「まあ、家主が良いと許可を下ろしたらしいからな。甘えさせてもらおう。」
「あー、腹減った。この良い匂いがすげえきつい。」
「俺も今日はそれが分かる・・・」
「まだもうちょっととか言うとったの。」
「逆に、もう少しで終わるのなら優秀でしょう。」
正直、この人数の運動部所属男子中学生の胃袋をカバーしようと思ったら生半可な労力ではあるまい。まして四次元胃袋と言われてる奴までいるのだから尚更だ。
「こっちだよー!今準備して・・・はっ!良い匂い!ライスコロッケ揚がったのー?」
「摘まもうとすんなしwお前らはいらっしゃいwどうぞ寛いでw」
「黒崎君のお家ではないでしょう?」
「勝手知ったる他人の家っていうやつだろ?俺もブン太の家じゃあんまり気も使わないしな。」
「カッテシッタル?他人の家?カッテシッタルさんの家って事?」
「おい、このくらいの言い回しは知っておかんか!たるんどるぞ!」
「えー!そんな事言われてもー!」
「おい、だから言いながら摘まむなよ!」
「ちょっとだけ・・・あっつ!熱い!熱い!」
「言わないことではありませんね。」
「熱いに決まってるだろコロッケだぞw」
「口の中火傷しそー・・・」
「食うな!」
「何かやることはあるかな?」
「っていってもね。一応ゲスト側なんだし、大人しくしてたら。」
「彼奴は大人しくないようじゃが。」
「は?」
「ええと、これは終わり、これも終わり・・・」
「オムレツ200度?」
「いえ、190度で・・・えっ!?」
「190度なら15分てとこか。チーズある?」
「あ、かけません混ぜてありますから・・・じゃなくて!何もしなくて良いですから、もう終わりますから!」
「ふふふっ、助かるね。俺達はこういう時、どうしても指示待ち状態になってしまうし。」
「・・・・・」
「何が不服なんじゃ。手伝うてくれとるんじゃから、楽ができて万々歳じゃろ。」
「色々複雑なんだろう。心理的に。」
「さあ、俺達は配膳をしようか。千百合、あっちは任せよう。」
「気が進まないんだけど。」
「まあそう言わないで。」
そう言って軽く背を叩いて、促してくれる幸村は極めてにこにこしている。
笑ってる場合かよと正直千百合としては思うのだが。
「もう食べ始めて良いんじゃないのかw」
「そうですね、オムレツも直に焼き上がりですから・・・」
「「よっしゃあ!」」
「うるさ。」
「まあまあ。正直なところ、口に出さないだけで今日は我々皆空腹ですので。」
「片付けが手間取ってしまったからね。」
「しかし壮観じゃな。」
「ああ・・・手間だっただろ?有難うな。」
「4人居るとはいえ、よく作る気になったな。間に合う確率はちょうど五分というところの量だ。」
「いや、実は計算が狂ってw」
「本当はもう少し楽にできる筈だったんですけど・・・」
「「「?」」」
「後で良いじゃん。食べよ。」
「そーそー!早く食べ、って、あ!ちょっと待ってちょっと待って!真田っち、ちょっとそこ手退けて!」
「おい、なんだ!」
「可憐たんに送るんだー!今日の紀伊梨ちゃん達のお昼ご飯はー・・・ビードロズお手製のお昼ごはんでーす!」
カシャ、と景気の良い音と共に、4人の努力の結晶がカメラロールに収まる。