Training camp – in Hyoutei gakuen -:Type of assent 2 - 1/5


午後練習が始まって、割とすぐの事だった。
それは起こった。

「桐生!」

王様に呼び止められた可憐は、跡部の元に駆け寄った。

「はいっ!」
「悪いが、頼みてえ事がある。第一学部棟の3階にある音楽準備室に榊監督が今日はおいでの筈だ。監督に、この書類を一式渡してくれ。」
「はーいっ!」
「もし居なければ、職員室だ。それでも居なければ、このタイミングは諦めるから戻ってこい。」
「分かった、行ってくるねっ!」

そう言って、可憐は一旦コートを後にした。




「えーっと、音楽準備室・・・あ、ここっ!」

ふう。どうやら来れたぞ、よしよし。
二度ほど迷ったが、まあロスとしては10分少々で済んだから、まあ。まあまあ。

「失礼しまーす・・・あれっ?」

音楽準備室は無人だった。

「監督っ?テニス部の桐生です、居ませんかっ?」

物音一つしない所を見ると、多分居ないのだろう。
でも一応隅の方まで見ないとな、と思った可憐は一度扉を閉めて、音楽準備室の奥の方に進んだ。

(やっぱり居ないなあ・・・じゃあ職員室の方かなっ?戻らなくっちゃ、)

そう思い、扉を振り返った瞬間だった。

「あっ!」

抱えていた書類の束から、一枚が抜け落ちてひらん、と宙を舞った。
そのままワックスの効きまくった床をすーっと滑り、片隅にあったグランドピアノの真下へ着地した。

「ああ・・・あああ・・・ど、どうしようっ!」

いやどうしようも何も、取るしかないのだが。
そもそも楽器が怖い(触って壊しそう的な意味で)可憐は、そうするしかないとわかっていてもピアノの下に潜り込むなんて真似が怖すぎて。

それでもやるしかないので、取りあえず残りの書類をピアノの蓋の上に置く。
そして、掛かっている埃除けの布を引き揚げつつ、横からそーっと体を入れていく。日ごろチビだと跡部あたりからちょくちょく言われるが、こういう時は小柄が幸いする。

「よいしょ、よいしょ、後ちょっと・・・・良しっ!」

取れた。
指にかかった書類を引き寄せて、ほっと溜息。

よし、後はこのまま気を付けつつピアノの下から出るだけーーーー

ガラリ

(誰か来たっ?)

誰だろう。
ここからでは視認できないが、もしかしたら榊かもしれない。

「監ーーー」


「何でだよ!」

びく!と可憐はピアノの下で肩を震わせた。

(違うっ!監督じゃないっ!)

そもそも、大人の声でもない。
これは明らかに、生徒の声だ。

男子のそれに呼応するべく、次に女子の声が聞こえた。
これは2人分。

「だーって・・・」
「ね?」
「だっても何もないだろ!」

都合3人。
いずれも知らない声。
やっぱり見えないので男一人女二人がいる、くらいしかわからないが、可憐は一気に出ていくタイミングを亡くしてしまった。

「そんな事言ったってさー。」
「ねー。ていうか、決めたのはみく先輩なんだから、私達に言われてもーーー」
「お前ら誰か反対したのか!」
「それは・・・」
「だって・・・」
「おかしいと思わないのかよ!

なんで男子テニス部が優先なんだよ、自分達の部活を優先しろよ!」

俄かに聞こえた自分達の所属の名前に、可憐はぎく、とした。

「あいつ等が後から来たんだろ!ランドリー譲ってやる義理なんかねえよ!」
「だって可哀想じゃんか。」
「ねー。泊まり込みなのに洗濯機使っちゃ駄目とか、無理ゲーじゃん?」
「そうそう、あたしらは家に帰ったら洗濯機あるんだから、」
「それでも不便だろ!なんでこっちが不便にならないといけないんだって、俺はそれを聞いてんだよ!」
「だから、私らは言って不便程度で済むからって話でさ。」
「嘘吐けよ。」
「はあ?」
「釜井先輩が媚び売ってるってだけの話だろ?あの人テニス部の跡部に近づきたがってるからな。」

(え?)

待て待て。
なんだか思いもよらない方向に話が進んでないか。進んでるよな、これ。

(あの人達は、学校のランドリーを使いたくてっ。で、使える予定だったんだけどうちが急に泊まり込み合宿する事になっちゃって・・・)

で、テニス部にランドリーの使用権を与える羽目になってしまったと。
そこまではわかった。

で?
それを通した理由が、跡部に媚びを売りたいからって?

「ちょっと、媚っていう言い方辞めてくんない!」
「そうだよ、そんなお金か何か目当てみたいにさ!みく先輩はそういうのじゃなくて、ちゃんと跡部君の事が好きでーーー」
「媚は媚だろうが!どっちにしろ、こっちの事考えてるわけじゃねえんだろ!自分の都合!自分が好かれるため!それだろ!」




「・・・・・」

そんな事ってあるだろうか。
そりゃあ誰かに好かれようと思うなら、その誰かに頼まれごとをした時には断るより良い顔した方が間違いなく好かれるけど。
それはその通りだけど。
けどさ。

(そんな・・・それは、ううん・・・)

これは、本当にそうなのだとしたらあの男子側に同情してしまう。
これは流石に公私の混同。しかも巻き添え多数。

しかし、実際話している女子側の2人は渋い声音である。

「そうは言ってもー・・・」
「それを差し引いても、こうするしかなくない?」
「はあ!?」
「だって今は偶々こっちが譲る番だけど、いずれ逆転するかもしれないじゃん?こっちも泊まり込みとかって言うならまだしもそうじゃないんだし、譲れるとこは譲っといた方が後の為でしょ?」
「・・・それは、」
「それに、義理がどうのとかそもそもはどうのみたいな話をするんだったら、そもそもはテニス部の跡部君が今年からランドリー付けてくれたんだよ?こっちの部活にもある程度解放してくれてるだけ有り難いとか、段々そっちの話にならない?これは俺がポケマネで買ったやつだから、明日から使って良いのはテニス部だけな!とか言われたらどうよ?」
「・・・・・」
「ほらね?」

確かに、それも一理ある。

実際跡部はそんな恩着せがましいことは言わないが、それはある意味甘えというか、そういう跡部の性格に乗っからせて貰えるだけであって、事と次第によっては俺が「やってやった」んだからもっと敬え崇めろ奉れと居丈高に振る舞われても、全然おかしくはないのだ。

「気に入らない気持ちも分かるし、私達だってタオルこの場で洗えないのは面倒だから不便は感じてるけどさ。男の事だけ考えてみく先輩が決めたんだったら、先輩がOKしても部長が止めるわよ。止められてないって事はそうなんでしょうよ。」
「・・・・・ちっ!」

ガラ!という音がしたと思ったら、すぐさまバンッ!という音がした。
多分男子が出て行ったのだろう。
女子も一緒に出たか?と思い様子を伺おうとした時、声が聞こえたので可憐は再び身動きを辞めた。

「はーあ。あいつもめんどくせ。」
「怖~。何かめっちゃ怒ってなかったー?」
「他にも怒ってるやつ居るけどね。まあ、彼奴の場合は虫の居所悪いんでしょ。彼奴男テニ嫌いだし。」
「嫌いなの?なんで?」
「かすみん、かすみん。かすみんがテニス部のえー・・・忍足侑士?っていう奴が好きなんだって。」


「ーーーーーー」


「あ、知ってる!見たことある、架純と同クラっしょ?」
「そうなの?いや、私それも知らないけど。まあ、だからやっかんでんのよ。坊主憎けりゃ袈裟までってやつ。」
「うわ、男の嫉妬じゃーん。」
「ま、みく先輩にも他意0とは言えないけどさ。だからって、それとこれとは別に譲るべきなんだから、切り分けろって感じよ。」
「マジそれ。」

ガラガラガラ・・・ピシャン。

出て行った。
今度こそ間違いあるまい。

「・・・・・」

そろ、とピアノの下から抜け出る。

しかし、無人を確認しても、そのまま四つん這い状態で腰から下がピアノの下のまま可憐はしばし動きを止めた。

(・・・今の話、どう受け止めてたら良いのかな・・・)

何か色々な話を一度に聞きすぎて、処理が追いつかない。
いや、内容的に自分に出来る事なんてないんだけど。でも気になってしまうというか。

うーん・・・なんてその体勢のまま考えていたら、ガチャ、と目の前から音がした。

「あ・・・」
「・・・何をしているんだね?」

榊太郎が、隣接の音楽室から入ってきた所であった。