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一方の千百合と幸村は、最初のあの女子以外取り立てて邪魔が入るわけでもなく、食べながら近況会話に花を咲かせていた。

「練習の方は進んでるのかい?」
「相変わらずよ。録音聞いたら紀伊梨は全部覚えちゃうんだから、追いつくのが大変。」
「ふふふ。五十嵐は特化した天才形だからね。」

一度聞いただけで歌詞を暗記し、TAB譜を暗記し、アドリブが頭に浮かび、特に苦労しなくてもメロディラインが勝手に出てくる。
音楽に愛された天才である彼女だが、周りはそうではないのだからして、色々と苦労は絶えない。

「棗も大変だね。」
「彼奴はまあ、苦労させとけば良いけど。私はどっちかと言うと紫希の方が心配よ。」
「・・・何かあったのかい?」
「ううん。でも、あの子は1人で私達と違うフィールドで努力してるから。協力するって言っても限界があるし。」

棗の苦労というのは、主に2つある。
先ずビードロズの作曲担当は紀伊梨だが、編曲が出来るのは棗の方なので、それが1つ。
もう1つはギターのお手本として紀伊梨に聞かせる為に、棗がギターを一度聞かせねばならない。
今三足のわらじを履いているのが棗の状態たが、要領が良いので本人はそれほど苦労していない事を千百合は知っている。

一方作詞担当である紫希は、その国語的な力を買われて活動しているわけだが、これがなかなか周りにははらはらする。
何せ誰も手伝えない。
代わりも出来ない。
極め付けに棗と違って人に仕事を一切振らない。
そして紫希を上回るボキャブラリーと表現力の両方を兼ね備えた人間が、ビードロズには今居ない。

前に一度皆で作詞をしてみた事があった。
しかし紀伊梨のそれは悲しげな顔と、「すごく歌いにくい」という呟きで、幸村含めた4人は「これは無理だ」と悟ったのであった。

「あの子頑張り屋さんだから、紀伊梨が勢いに乗ったらそれに合わせようと思ってガンガン書いちゃうけど・・・無理してないかなって。」
「春日も、楽しいからとは言ってるけどね。それに・・・」
「それに?」
「なんとなく、だけれど。春日は少し、無理をしていたいと思ってるんじゃないかな。」
「は?どういう事?」

「春日はきっと、誰より分かっているんだよ。彼女は皆の事が大好きだからね。」

ビードロズのメンバーは4人。
しかし、その中でアイドルを志しているのは紀伊梨のみ。

ずっとずっと、大人になってもこのメンバーでバンドなんて、そんな事は出来ない。
その事を春日は誰より惜しいと思い、且つリアルに想像できていて、でも止めようがない事もよく分かっている。
だからせめて今。
自由で居られる間は、出来る事を全部やろうとしているのだろう。

紀伊梨と違って紫希に天賦の才等無い。
何時かは必ず置いて行かれる。

だからこそ。

「俺にも分かる気がする。春日の気持ちは。」
「・・・させておいてあげた方が、良いのかな。」
「その方が良いんじゃないか。勿論過度な無理は俺もして欲しくないけれど、その辺の心配はしてないよ。千百合が見ていてくれるからね。」
「私お母さんみたい。」
「ふふふ。でも、ポジションからすると強ち間違っていない気がするな。お父さんはさしずめ、棗かな?」
「え、あんな馬鹿嫌だ精市が良い。」
「え。」
「あ・・・!」

しまった。
やってしまった、どっちが馬鹿だ。

サッと顔を背ける千百合だが、顔どころか耳や首の温度までカッと上がっているのを感じて、あんまり意味ないんだろうなという事が分かってしまう。

そしてこういう時に余所見をするから、千百合は分からないのだ。
幸村だって今は大概顔が赤い。目だって逸れてしまう。

「・・・あの、千百合。有難う、嬉し「煩い、口が滑ったの・・・」

口が滑ったという事は思っている事が出てしまったと言う事である。
なんという追撃。

「そ、そうだ、千百合。話が変わるんだけれど、これ。忘れないうちに。」
「何よ・・・って、それ・・・」

恥かしいのを紛らわしたいの半分に幸村が出してきたのは、二つ折りになっているA4ポスターだった。

「関東、軽音楽レインボーフェスタ・・・?」
「そう。去年まで高校生である事が参加資格だったけれど、今年から中学生の部が出来たらしいんだ。良かったら出ないかと思って。」

出ないかと思って、というがこれを紀伊梨の耳に入れたら絶対に出ると言いだすだろう。

「メンバーは原則10人まで、超過する場合は運営に別途相談の事。曲はオリジナルかコピーかを明記する事。時期は・・・8月頭か。」
「コンテストとかじゃなくてフェスタだから、1位とか2位とかはないけれどね。でも、賞は各種あるよ。去年の高校生のフェスタでの話だけれど、スカウトなんかもあるらしいし。」
「・・・良いわね。」

あくまで千百合の意見だが、中学生になった事だし、なんでも良いからビードロズは何か目標を掲げるべきではと思っていたのだ。
文化祭で発表などもするけれど、もう少し大きな何かが欲しい。
そう考えていた矢先だったので、これはかなり嬉しい情報だ。

「有難う、皆にも相談してみる。出る事になると思うけど。」
「そうかい。役に立てたなら良かった。出るなら、見に行くからね。」
「えっ、良いわよそんなの。8月頭なんて、全国大会直前じゃない。」

全国大会はお盆が終わったと同時に始まる。
流石に前日とか前々日ではないとしても、僅かに2週間程しかないのにそんな事はさせられないと千百合は思うのだが。

「行くよ。皆の晴れの舞台なんだから。何も試合の当日とかいうわけでもないし。」
「・・・分かった。なら、発表の時間は遅めにして貰うように頼んでみるわ。それなら練習の後でも来られるでしょ?」
「そうだね、そうして貰えると助かるかな。有難う。」
「別に、大した事じゃないし。それより、序にそっちの事も教えてよ。」
「うん?何の話・・・」
「大会の日程よ。大体しか知らないから、もっと細かく教えてって言ってるの。」
「来てくれるのかい?」
「・・・行くよ。」

だからこの程度の事でいちいち嬉しそうにしないで欲しいと千百合は思うのだが、幸村としてはそれは仕方ない話。

「有難う、千百合。」
「良いから、さっさと教えて。」
「ええと、少し待って。8月の・・・」
「ちょっと、5月からよ。」

千百合の言葉に、幸村は目を丸くした。

「・・・千百合?油断や自惚れは良くないけれど、俺達は勝って必ず今年全国で、」
「全国だからとか全国じゃないからとかそういう問題じゃないの。私は精市が大事な試合してるなら、それは全部見たいんだから。ちゃんと教えて。地区予選は何日?」

どうして自分の恋人はこんなに可愛いのか、幸村は神に問いたくなった。

「・・・・・・」
「?何よ、黙っちゃって。」
「ううん、俺は千百合が恋人で本当に幸せだと思ってね。」
「はっ・・・!?」

何よいきなり、分けが分からない、と慌てふためく千百合に、幸村は胸がいっぱいになった。



勝とう。
勝って頂点に立つのだ。

この可愛い恋人の為にも。

「それより、早く教えてよ日付!」
「ふふふ、ごめん。地区予選は5月の・・・」