東京23区内の電車は何時に乗っても座れない程度に人が居る。
GWの明るい内なら尚更だ。
「ごめんねごめんねっ!お任せしちゃって、」
「構わん構わんw」
「気にしないで。持たせときゃあ良いのよこんな奴。」
ドリンクの入った箱を持つのは、当然のように芥川と棗。
「マジマジ?じゃー俺のも持って貰えなE?」
「なんでお前だよw」
「良いよ。乗っけなよ、上に。」
「やったー!」
「おい、待て!止め、ぐっ!!」
棗の持っている箱の上に、芥川の持っている箱がのしかかる。
重い。持てなくはないのが悲しいが。
「なっちん力持ちー!」
「あ、あのっ!」
「良いから良いから。こっちは自己紹介でもしとこ。」
「良いんですか・・・?」
「良いの良いの。」
棗から皆を遠ざけるようにする千百合。こういう時に日頃の行いという奴は物を言う。
「じゃあ私からいこーかな!私は五十嵐紀伊梨ちゃんです!中1だよ、よろしくね!」
「あ!同い年だあっ!」
「ほんと!?いやー、実はそーじゃないかなと思ってたんだよねー!」
「あんたと同い年に見えるって失礼じゃない?」
「どーゆー意味ですかー!?」
「私、黒崎千百合ね。よろしく。」
「うん、よろしくねっ!」
「あっちに居るのは兄弟の棗。あんまり近づかない方が良いよ、碌な目に遭わないから。」
「えええっ!?」
「じょ、冗談ですよ、冗談!棗君はそのう・・・ちょっと悪戯好きな所がありまして。でも、優しい人ですから。」
「悪戯好き、かあ・・・」
悪戯好きな人は思えば可憐の周りには居なかった。でもなんだか楽しそうだ。
「私、春日紫希と申します。よろしくお願いします。」
「はい、よろしくお願いします!さっきは膝、有難う!」
「いえ。大丈夫ですか?痛みませんか?」
「うん!もう平気だよっ!それに、このくらいは慣れてるからっ!」
「慣れてる?」
「私、ドジだから・・・」
「あー。」
生傷絶えない系女子である事を千百合は察した。
紀伊梨と似たタイプの放っておけなさを感じる。
「あ!えっと、そうじゃなくて、申し遅れましたっ!私、桐生可憐っていいます!よろしくお願いしますっ!で・・・あ、あれ?芥川君っ?」
「おーい、助けてー・・・・」
声のした方を振り返ると、ドリンクの箱を持った棗が、おねむの芥川に寄りかかられてぷるぷるしていた。
可憐は慌てて駆けより、芥川を揺するが。
「あ、芥川君っ!駄目だよ、こんな所で寝ちゃあ!」
「ん~・・・?だいじょーぶだいじょーぶ、起きてr・・・・」
「起きてないよお!芥川君、持ちこたえて・・・・!」
「大変ねえ。」
「立ったまま寝られるんだ、すごーい!ねーねー、あれどうやったら出来んのかなあ!」
「頼むから修得しないでね。」
そんな特技が身についてしまった日には、いよいよ紀伊梨から目が離せなくなってしまう。
もう中学生になるというのに。
「な、棗君大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫w人間が居なくなるとかなり楽になるからw」
「ごめんね、芥川君すぐ寝ちゃうから・・・」
「すぐ寝ちゃうのレベル超えてる気がするけど。」
紀伊梨はそっと芥川のほっぺを突くが、壁によっかかって本格的に眠りに入った芥川は一向に目覚めない。
「えっとね、この子は芥川慈郎君って言うんだよ。すぐ寝ちゃうけど、凄く優秀なプレイヤーなんだ!」
「そう言えば、部活中とか言ってたわね。」
「そーそー!何部なの?」
「男子テニス部だよ!」
男子テニス部。
「また男テニかw」
「本当にご縁がありますね。」
「縁で片付けられるレベル超えてる気がするんだけど。」
「皆テニス大好きですなー!」
「えっ!?もしかして、皆も?」
「あ、違う違う。私等はテニスしない。マネージャーでもないし。」
「でもねー、テニス部には友達いーっぱい居るんだよ!」
寧ろテニス部以外の友達の方が少ないかもしれない。
その位、今のテニス部には友人が多い。
「もしかしたら、大会とかでお互い当たるかもしれませんね。」
「そうだねっ!皆、何処の学校なの?この辺だと、青学とかが近いけど・・・」
「俺達、東京に居ないのよ普段。」
「え?」
「私達、今日は偶々GWで来ているだけなんです。」
「学校はねー、神奈川なんだよ!立海大附属中学校っていうの!」
「りっ・・・」
可憐は絶句した。
知っている。というか、中等部の男子テニス部に居て知らないものなど居るまい。
「立海って、関東の王者の立海大!?」
「関東の王者なの?」
「何か他所でそう言われてるらしいよw」
「本当に有名なんだねー!」
「通っていると、あまりピンときませんけれどね。」
立海大附属中学男子テニス部。
其処は社会的に見ると、関東大会を必ず優勝する全国大会の常連さんなのである。
氷帝学園が全国区の実力を付けるようになっても尚、一度も超えられない関東に君臨する王者。
それが立海だ。
「可憐たんはどこの学校なのー?」
「あ!私、氷帝学園なんだよ!」
「おお!氷帝!」
タイムリーな名前である。
「氷帝テニス部か・・・」
「千百合ちゃん、ご存知ですか?」
「ちらっと聞いた事ある。ここ最近、関東大会で2位通過を続けてるって。」
「そ、そうなんだよね2位なんだよね・・・」
「あ・・・ごめん、そんなつもりじゃ、」
「ううん!本当の事だもん。でも、うちも頑張るよ!今年こそ、全国で1番を狙うんだから!」
打倒、立海なんて言ったらあの王様に笑われる。なんだそのせせこましい目標は、なんて。
狙うならNo.1。それしか無い。
「おー!燃えてますなあ!でも、立海も負けないよー!私達の友達、みーんな超強いんだかんね!」
「大会とかには、私達も行くし。氷帝のテニス、見せて貰うから。」
「うん!私もまだちゃんと見た事無いから、立海のテニス楽しみにしてるねっ!」
「彼奴は試合出られるの?w」
芥川は、未だにぐっすり眠りこけている。
「んむにゅ・・・・」
「んむにゅとか言ってるけどw」
「つ、強いんだよっ!だから、今年のレギュラーは外れちゃったけど、新人戦は間違いなし、なんだ、けど・・・!」
「強いのかもしれないけどさ。」
「試合の時、眠くなければ良いんですけれど。」
「うう・・・」
眠くない時なんて、ほぼ無い。
その事を可憐はよーく知っていた。
「可憐たんって、マネージャーさんなんだよね?」
「うん!だから、私はテニスしないけど・・・でも、楽しいよっ!」
「そっかー!マネージャーさんっていつも大変そーだから、可憐たんは偉いねー!」
「そうですよね。色々と、マネージャーさん特有の苦労があると思いますし。」
「ああいうのの面倒も見ないとだしね。」
「あ、あはは・・・!」
ああいうの。芥川は、自分がああいうの呼ばわりされている事にこれっぽっちも気づかないで、
むにゅむにゅしている。
「確かに、マネージャーって大変な事もいっぱいあるけど・・・でも楽しいよっ?皆が頑張ってるのを見るとやる気が出て来るし、皆が負けるとちょっと落ち込んだりもするけど、逆に勝ったのを見ると本当に嬉しいし!キラキラしてて楽しそうで、そんな皆を、皆、を・・・」
皆を見てると、嬉しい。
テニス部という存在が愛しくて、頑張れば頑張るだけその思いは強くなって、それは間違いない。
でも。そもそも一番最初は、忍足を見て居たかったからだった。
入学式の日は忍足が一番仲良くなった人で、生まれて初めてちゃんと見るテニスはとてもワクワクした。
忍足が跡部と試合しているのを見て、矢も楯も堪らなくなった。
自分も何かしたいと思った。テニス部の為に。忍足の為に。
その気持ちは、今でも可憐の中にある。
入学式から1月経って、友達も仲間も出来て、忍足以外の部員とも沢山沢山仲良くなったけれど。
それでも。
(・・・なんだか、忍足君に会いたくなってきちゃった。)
「可憐ちゃん?どうかなさいましたか?」
「えっ!?あ、う、ううん!ごめんねっ!ちょっとボーっと!」
いけないいけない。
何を考えているのだろうか自分は。
いや、この気持ちは悪い事ではないとは思うが、友達になったばかりの人の前ではちょっと気恥ずかしい。
「み、皆はマネージャーとかやらないのっ?友達が居るんなら、楽しいと思うんだけど・・・あ!もしかしてもう、何か部活やってるっ?」
「・・・マネージャー、ですか。」
「マネージャー、ねえ・・・」
ちょっと思案顔になる紫希と千百合。
「んー、実はちょっと考えた事あるよ!」
「私も、ちらっと・・・」
「私、割と真剣に。」
「皆一度は考えるよねw」
なんせ、幸村が居るのだ。
皆程度の差はあれ、マネージャーというのもアリではないか?と検討した事はある。
「でも結局ねw」
「まあね。」
「これが、楽しいですから。」
「あ、やっぱり何かやってるの?」
「あのねー、私達バンド組んでるんだ!」
「そうなの!?」
バンド。なんという活動的な響き。
「凄いね!良いなあ、私音楽とか全然分かんないから・・・」
「分かんなくて良いんだよー!楽しむ物だもん!」
そう言ってにっこり笑う紀伊梨に、可憐はきっと良いバンドなんだろうなと感じる。
「ギターとか弾くのかなっ?歌ったりする?」
「私やるよー!ギターボーカルなのですっ!」
「ギターボーカルっ!?弾きながら歌うのっ!?すごーい!!」
「えへん!」
「調子にのんな。」
「まあまあ。」
一度に二つの事をすると、必ずどちらか或いは両方をしくじる可憐に取っては、憧れざるを得ない。
なんと器用な事だろう。
「でー、千百合っちがベースです!」
「ん。」
「わあ、かっこいい!女の子でベースって、渋いよね!」
「そーなんだよー!可憐たんは分かってますなあ!」
「えへへ!」
「別にそんなんじゃ、」
「ふふふ。かっこいいですよ、千百合ちゃん。」
「止めてよ、紫希まで・・・」
メンバーでもそうなのに、知り合ったばかりの人間に羨望の眼差しで見られるのは又違うむずがゆさがある。
止めて欲しい。恥ずかしい。
「そんで、なっちんがドラム!」
「ドラム・・・!」
「何その顔はw」
「だってドラムってあれだよっ!?あの、右手と左手と右足と左足、全部別々の動きをするあれ!!」
可憐からしてみたら、ドラムが出来る人間ほど良い意味でわけの分からない人種は居ない。
何故あんな事ができるのだろうか不思議でならない。同じ人間なのに。
「間違っちゃいないけどさw」
「無駄に器用だからね。」
「無駄にてw」
「でも、棗君は本当に器用ですよ。大抵の事はそつなく出来ますしね。」
「ふわあああ・・・!」
そんな事言われてみたい。
大抵の事はそつなく出来るとか、羨ましすぎる。
「皆凄いんだね!紫希ちゃんは、何やるのっ?」
「え、あ・・・・」
作詞です。
と、普段ならスッと言えるのだが、数時間前の出来事が紫希の口を俄かに鈍らせる。
『舞台に上がるのが怖い腰抜けじゃない!』
「・・・紫希ちゃん?」
「あ、あの・・・さ、」
「さ?」
「紫希ぴょんはねー、作詞家さんなんだよ!」
紀伊梨が後ろから飛びついた。
「作詞!?詩が書けるの!?紫希ちゃん凄い!」
「いえ、あの、大した事では、」
「大した事だよ!だって音楽もそうだけど、詩って芸術だよ!芸術って、センスが要るんでしょ?」
「そ、「そーなのです!紫希ぴょんはねー、私がどういう事考えててどういう歌を歌いたいか、すごーく!よく分かってくれてるんだよ!」
だから紫希の詩は歌い易い。
歌い易いから、音が乗り易い。
メロディと詩は車の両輪。何方が抜けても走れない。
「わあ!わあ!すごーい!」
「お、お褒めに預かり・・・」
「ねえねえ、外でライブとかしないのっ?私聞いてみたいなっ!」
「外でー・・・」
「ライブねえw」
ビードロズは顔を見合わせて笑った。
「実は私達、今日その件で東京へ来たんです。」
「えっ?」
「あのねー、夏になったら渋谷でフェスがあるんだよ!私達ビードロズは、其れに出るのです!」
「それで今日は舞台の下見にね。」
「わあ・・・!」
という事は見られるのだ。この新しい友人の舞台が、此処、東京で。
「ま、舞台と同時に余計なのにも会ったけど。」
「え?」
「まあまあ、あれはほらwね?」
「な、何かあったの?」
「今日はねー、見に行ったらフェスに出るバンドの人達に会ったんだー。」
「で、その中の1人が紫希に八つ当たりして来たの。」
「ええっ!?しょ、初対面?だよねっ?」
「そ。」
初対面の人間に八つ当たりなんて、どうやって出来るのだろうか。事情を知らない可憐には不思議でならない。
「今思い出してもムカつくわ、彼奴。」
「わ、私大丈夫ですから千百合ちゃん。」
「大丈夫じゃないでしょ、結構気にしてるくせに。」
「あう・・・・」
「・・・そんなに酷い事言われちゃったの?」
「うーん・・・うん。」
「なんか、お前なんか嫌いとか、詩とか唯の字の羅列じゃん、とかね?」
「なん・・・!?」
その言い草は八つ当たりのレベルを超えて居ないだろうか。
「なんかねー、その嫌いな人が紫希ぴょんに似てるんだってー。」
「そ!そんなの八つ当たりじゃ・・・あ、や、八つ当たりだった・・・!」
「そーなんだよねー。おんこーな紀伊梨ちゃんでも、あれはちょーっと謝って貰わないと気が済みませんなあ。」
紀伊梨は珍しくも怒り心頭であった。
友人としても勿論だが、リーダーとしてメンバーをあんな風に言われて黙ってなど居られない。
嫌い、というのは百歩譲ってタイプの合う合わないがあるから良しとしても(それでも口には出さないと思うが)、舞台に立たないから腰抜けだとか。人が一生懸命作った作品に向かって、「たかだか」とか「唯の」とかそういう言い方は許せない。
「そういえば、彼奴らも氷帝学園だったわね。」
「えええ!?」
「あ・・・確かに、そう仰ってましたね。」
「お、同い年?かなっ?」
「うん!中1って言ってたよ!でもちーちゃんは氷帝の小学校だったかなー。」
「そうなんだ・・・」
自分に非はないが、なんだか可憐としては少しショックである。自分の学校に、そんな酷い事をする人が居るなんて。
「あ、あの、可憐ちゃん。」
「?」
「向こうも今日はなんというか・・・虫の居所が悪かっただけだと思いますし、メンバーの方全員にそんな事を言われたわけでもありませんから。折角同じ学校なんですし、フェスの際は向こうのグループの方の演奏も、良ければ見て下さい。」
「紫希ちゃん・・・」
「あんたは本当にお人好しねー。」
千百合は溜息が出てしまう。
この友人は自分の為に「怒」という感情を使う事があるのだろうか。
「でもほら、折角ですし。紀伊梨ちゃんも上手いって言うくらいのバンドなら、見る価値は十分じゃないですか。」
「そうだけどさ。」
「うん・・・そうだね。見て見るよ。なんてグループなの?」
「えーと、つきよみ?」
「ツクヨミだよw男2人、女1人の3人バンドね。」
「分かった!ツクヨミさんだね!」
ビードロズと合わせてメモして置こうか、と可憐が携帯を探った時だった。
電車の車内アナウンスが、とうとう目的地に着いた事を告げた。