既に何度か語られた事実だが、紀伊梨と幸村は幼馴染5人の中でも群を抜いて長い付き合いである。
お互いの性格とか、考え方とか、納得は出来なくても一通り理解はしている。
紀伊梨の幸村に対するその様々な理解の中の1つに、こういうものがある。
この男は。
やると言ったらやるのだ。
「I、my、me、mine、you 、your、you、yours、he、his、him、his、she、her、her、hers・・・」
「林檎と蜜柑。といった文での、「と」を表す言葉は?」
「and・・・」
「林檎もしくは蜜柑。での「もしくは」は?」
「or・・・」
「しかし林檎を選んだ。という文での、「しかし」は?」
「but・・・」
「だから林檎を選んだ。の、「だから」は?」
「so・・・」
「うん、良いじゃないか五十嵐!ちゃんと答えられてるよ、正解だ。」
とおーーーい目をして半ば無意識に答える紀伊梨。幸村に如何様にしてしごかれたのかは推して知るべし。
「あっはははははwあははははははw」
「うむ!流石は幸村だな!」
「流石と言えば流石だなんだけどな・・・」
「死んだような目しとるの。」
「良いんじゃない。自業自得っていうか、紀伊梨の為だから、基本的には。」
そう。勉強というものは、どんなに辛くても最終的には本人の薬になるものだ。
どんなに辛くても。
どう見ても毒にしかならなくね?と言いたくなる程辛く険しい道のりであっても。
丸井と柳が、様子を伺いつつ紀伊梨に近づいていく。
「よ、五十嵐。」
「hi・・・」
「おお。んー・・・「林檎だけじゃなくて、蜜柑も」」
「not only apple but also orange・・・」
「「林檎も蜜柑も該当しない」はどうだ五十嵐。」
「not either apple or orange・・・」
「おおお、すげえだろい!」
「応用も身についているな。これなら、土日は自宅学習で十分だろう。」
「褒められてる本人の方が「ああそうですか」な顔しとるw超面白いw」
「ちょ、ちょっと休憩しないか?なあ、五十嵐?」
「Fine thank you・・・」
「全然「fine」じゃねえよ!」
桑原が突っ込むが、ともあれ、此れで紀伊梨は晴れて「土日自習」の称号を得たのだった。
今日は木曜日。
皆一通り苦手科目を埋め、今日明日は生徒講師と分けないで各々教え合いが始まる。
「では五十嵐の仕上がりも上々の事だし、予定通り皆今日は好きな教科に取り組んでくれ。なるべく教え合いをするように。」
「なあ。その前に春日は?」
丸井が言った。
紫希が居ない。他は全員揃ってるのに。
「紫希なら日直だけど。」
「あ、遅れてるだけか。なら良いや。」
「何か用事かい?」
「おう。土日近いから、体調崩したとかだったらヤバイなと思って。」
「ちょっと待って。」
土日ってなんだ、土日って。
全員が総ツッコミしようとした丁度その時、本人が現れた。
「すみません、遅れまして。」
「お!来た来た。」
「はい?」
「何か話があるらしいよw」
「お話・・・?」
丸井は自分の鞄をゴソゴソ漁りながら紫希に目を向けた。
「なあ!土曜か日曜のどっちか空いてる?」
「・・・何のお話ですか?」
「これこれ!」
ご機嫌に丸井が取り出したのは、薄いピンクのバックに薄い黄色でファンシーな字体の文字が踊る券。
「それは、駅前の・・・」
「そ♪バイキングの無料券。2人まで此れで行けるから、一緒に行かねえ?」
ちょっと待って貰って良いだろうか。
それってあれじゃないのか。
「俺こんなに堂々としたデートのお誘いは初めて見たw」
そうそれ。
いや、そうそれじゃなくてさ。
「・・・え!?え、え、え、えと、あの?え?え?」
「無理かもしれないが、落ち着け春日。」
「まあ落ち着けちゅうて無理じゃろうな。」
「デート?」
「何故お前が疑問顔なのだ、自分で誘ったのだろう!」
「いや別にそういうつもりでもなかったんだけど。でもまあ、そうか?そうなるな、確かに。」
「逆に何のつもりで誘ったんだよ・・・」
「いや、昨日な?家帰ったらさ。」
ただいまー、と帰宅した昨日。
お帰り、と返した母、丸井直美はまだ夕食を作っている真っ最中だった。
「今日も皆と勉強して来たの?」
「ん。今頭良い奴周りにいっぱい居るから、すげえ助かる!」
「あら。今度のテストは自信アリね?」
「おう!数学も今日春日と柳に教わったし、バッチリだろい。」
「あ!そうだ、思い出した!」
「?」
「ほら、これ。貰ったの。」
そう言って直美が取り出したのが、そのバイキングの無料券だった。
「言っておくけど、ブン太にじゃないわよ。」
「違うのかよ!?」
「これは、春日さんにあげるの!ブン太が使っちゃダメなのよ?良い?」
「春日・・・?」
なんでまた。
「あんた不思議そうにしてるけどね、中学上がってから何回その春日さんにお世話になった話してるのよ。アレ食べさせて貰ったコレ作って貰った、美味しかったって。この間は東京バナナ迄くれたじゃない、準太と健太が居るからって2箱も!」
「あー。」
そう言われればその通りだ。
ふと振り返ると色々貰ってしまってる。
でも、これを本人に言うと多分、紫希はそれはもう必死になって否定しにかかるだろう。
そんな滅相も無い!
お世話になってるのは私の方です!
とか言って。
(言いそう。つうか言うだろうな。)
「今日だって数学教えて貰ったとか言うし・・・ブン太?何笑ってるの?」
「あ、いや!別に!」
「?まあ良いけど、兎に角それはちゃんとあげるのよ?自分で使っちゃ駄目よ?」
「はいはい。」
はいはいと言いながら受け取る時、丸井はふと思った。
2人まで行けるのなら、春日が自分の同行を容認してくれれば良いのでは無いか?
「・・・って事で、どう?」
「「ちょっと待て!!」」
「あっははははははw」
「ブン太・・・」
「プリッ。なんじゃ、デートとは違うんか。」
「どうやら、そのようだな。」
「ううん・・・丸井らしいと言えば、丸井らしいね。」
「そんな滅相もない!お礼なんてして貰う立場じゃ、寧ろ私がお礼をしないといけなくて!」
「あ、やっぱり。」
「やっぱり・・・?」
「いや、こっちの話!でも、取り敢えずそれはやるよ。」
「そんな・・・」
お礼なんてして貰う立場じゃない。
紫希は券を見つめながら思った。
確かに物をあげた回数こそ多いかもしれないが、そんな事よりもっともっと有り難い事を丸井は自分に沢山してくれているのに。
「・・・・バイキング。」
「え?」
「・・・・バイキング!私も行きたーい!」
「お、復活したぜよ。」
復活の切っ掛けがバイキングである辺りが如何にも紀伊梨らしい。
「行きたい行きたいー!」
「行きたい、じゃない。あのね紀伊梨、そもそも、」
「あ、あの!でしたら、丸井君と紀伊梨ちゃんで・・・」
「「違うだろ!」」
千百合と真田からキツいツッコミを食らう。
紫希は直ぐこういう事を言いだすから困る。
「そもそも!五十嵐も丸井も、黙って聞いて居れば何を勝手な事を!その券の所有者は春日だろう!」
「あんた達ときたら、紫希の意見も聞かないで自分達が行きたい行きたいって、ちょっとは考えなさいよ。」
「う・・・」
「・・・ごみんなさい・・・」
「正論だな。」
「まあ、こんな事だろうと思ったけどな・・・」
「で?どうするんじゃ?」
「え?ええと、ええと、」
「どっちかしか連れて行けないからねw好きな方を選んだら良いよw」
そんな事を言われても困る。
「で、でも、喧嘩になる位なら私は良いですからお二人で・・・」
「紫希、今回はそれは通らないの。決めなさい。」
「ううん・・・」
「春日。もしどうしても気になるのなら、断った人の方には後から何か埋め合わせすれば良いよ。五十嵐も丸井も、持ち主の春日に我慢させてまで行きたいわけじゃないんだから。そうだよね?2人とも、春日が選んだなら恨みっこなしという事で良いだろう?」
「おう。」
「良いよー!」
ほら、と千百合に促されて、紫希は券と2人を見比べる。
(どうしましょう・・・)
どうしましょうと言いつつ、選びたい方は決まっている。
やりたい事があるのだ。
タイミングから言っても、正に絶好の機会。
ただ、選ばなかった方に申し訳なくて凄く言いづらい。
言いづらいけれど、言わないといけない。
「・・・じゃあ、丸井君。土曜日、ご一緒して頂いて良いですか?」