学校の授業なんて退屈なだけだ。
そりゃあお勉強大好きなインテリは違うのかもしれないけど、少なくとも自分は嫌い。
例えこのくらいの事は将来でも普通に使うからって言われても嫌。
テニスも出来ないなんて正に最悪。
結論。
学校での楽しみなんて、自分には休み時間と今くらいしかない。
「頂きます!」
言い終えた瞬間に食器と箸を持って、がーっとかきこむ。
給食なんてスピード勝負だ。
「赤也早え・・・」
「喉詰まらせない?大丈夫?」
喉詰まらせるとかそんな事言ってる場合じゃない。
給食は弁当とは違う。いかに今ある分をさっさと食いきれるかどうかで、おかわりにありつけるかどうかが決まるんだから。
「・・・んぐ!ぷは、ごちそうさまでした!」
げっ、という声がそこかしこから聞こえる。
同じことを考えてる男子は他にも勿論居るからだ。
だが残念、こと早食いに関しては現クラスで自分に敵う者は居ない。大体、熱いからってクリームシチューを流し込めないような奴は最初から勝負の土俵に立てちゃ居ないのだ。
「おし!コロッケ、コロッケ!」
今日のおかずはコロッケ。
コロッケ良いよねコロッケ。一番の大好物とは言わないが、大好きだ。
うっきうきで皿を持ってお代わりをよそいに行く切原の背中に、担任から1個だけよ、の声がかかる。
内心でちぇ、と思うのは貰う側の切原。
えー!の声をあげるのはまだ食いきれてない他の生徒。
まあしょうがない、と思いつつ1個だけよそってまた自分の席へ。
「へへへ、頂きます♪」
「うわ、良いなー。」
羨望の眼差しを受けながら食べるコロッケはまた美味い。
良いだろ、これ俺のだぞ。
「・・・ん?」
ふと隣から視線を受けて、右を見ると右の席に居た女子が切原を見ていた。
目が合うと、さっと正面を向いた。
「何?」
「え?あ・・・べ、別に何も。」
「ふーん?あ!もしかしてコロッケ食いたいのか?やらねえぞ、これ俺んのだからな!」
「あほか。」
「ああ”ん!?」
逆隣の女子から冷めた目を向けられ、いらっとして、もうコロッケを獲得した良い気分は台無し。
なんだよ、くそ!
「はん!」
がっがっがっ!とコロッケを平らげて、後はおねむモード。
もう良い。今日はスクールだ、体力の温存。
どうせ友達は食べ終えるまでまだまだかかるんだから。
あ、コロッケ明日のヨーグルトと交換で半分頂戴って言おうと思ったのに。
という、近くの席に居た男子の呟きを、寝落ちる寸前切原の耳は拾い上げた。
「下さい!」
大声で言い終えてからはた、とした。
俺。
今誰に何を何目的でくれって言ったんだろうか。
「・・・ええと?」
目の前には自分と、自分の持っている借り物の弁当箱の蓋を見比べる春日先輩。
あ、そうだ。
思い出した。
「あのー・・・さっき早弁しようと思って気づいたんすけど!俺、今日弁当忘れちまって!で、ついでに財布も忘れちまって、その・・・」
「ああ、おかずですね!良いですよ、ちょっと待って下さいね。」
実に快く鞄を開けて弁当箱を探してくれる春日先輩。
ああ、自分は親切な先輩を持って本当に幸せだなあ。
「ええっと・・・よい、しょ。」
いかにも先輩らしい可愛らしいピンクの花柄の弁当袋が出てきた。
それを開くと中に先輩の、これまた薄いピンクのお弁当箱。
「え。」
「え?」
「あ、いや!なんでも・・・」
弁当箱ちっちぇ。
反射的にそう思った。
いや女子としては普通なのかもしれないけど、普段自分が食べてる量に比べたら遥かに足らないぞ。同じ女子でも、あの先輩はもっと食べるし。
「あ、あのー・・・」
「はい?」
何か、この小さい弁当箱の中身から更に何か出してくれって、頼みにきておいてなんだが凄く悪い気がしてきた。
良いから自分で食べてなよ、っていうか今度自分が何かやろうかと言い出したいレベル。
「や、やっぱり良いっす!先輩、自分で食べて下さいよ!」
「えっ?でも切原君、今お弁当が、」
「だってそんなちょっとしかないのに、もっと減らして俺にくれとか言えないっすよ!」
「そう言うんだったら、今度は最初からもっと大食らいの奴に頼めよ。」
パシ、と英語の教科書で頭を軽くはたかれた。
振り向くと、毎日毎朝毎放課後顔を突き合わせている赤毛の先輩。どうやら移動教室から帰ってきたらしい。
「つうか、お前また弁当忘れてんの?」
「う・・・好きで忘れてるわけじゃないですってえ!」
「ははは!まあほら、なんだったらラーメン奢ってやるよ。ジャッカルが、放課後に♪」
「遅いんですってそれじゃあ!」
この先輩は絶対わかっててわざと言ってる。
昼食べないと絶対放課後練持たないもん。
何もかも終わった後で豪勢なもん食べたって遅いんだよ。いや、それはそれとしてラーメンは奢ってほしいけど。
「あ!そうだ!じゃあ丸井先輩が何か下さいよ!大食らい代表じゃないっすか!どうせ今日の弁当も山盛りでしょ!」
「それは嫌。山盛りなのは当たってっけど。」
「一個で良いっす!」
「駄目。」
「何でも良いっす、野菜でも文句言いませんからあ!」
「むーり。」
取り付く島もないとは正にこの事。
仮にも可愛い(?)後輩がここまで頼んでるんだから、せめて考えるくらいしてくれたって良いじゃないか。
「~~~~!もう!わかりましたよ、もう良いっすよ!どっか他行きますから!」
くっそ、くっそ。
結局何も収穫がなかった八つ当たりと、ある意味一番当てにしてた手合いに何も貰えなかった空振り感で、忽ちやけくそな気分になった。
もう良い。
時間の無駄だ。
「お邪魔しました!じゃあ俺、これで!」
「あ!ま、待ってくだーーー」
立ち去ろうとして方向を変えた体の、襟首の部分がぐんと引っ張られた。
同時に、パチンと軽くて固い音がする。
シャツの項部分を引っ掴んでるのは勿論丸井先輩の右手。
パチン、というのは丸井先輩の左手が、春日先輩が開けようとしたピンクのお弁当箱の蓋を上から抑えて閉め直した音だ。
「・・・何すか。」
そんなこれ見よがしに弁当箱閉めちゃってさ。
なんだ、新手の意地悪か。
絶対に何がなんでもお前には何もくれてやるまいぞ、という意思表示か。
「何もやらねえとは言ってねえって。」
「え?」
ちょっと待ってろい、と言って丸井先輩はポケットを漁りだした。
なんだ、まさかお得意のガムでもくれるんだろうか。
確かに何でも良いって言ったけど、お菓子しかもガムって昼飯の代わりとしちゃあ余りに・・・
「あれ?」
「ほら、よっ!」
「わ、と、と、たっ!」
ポケットから出てきたのは、小銭入れ。
そこから先輩は硬貨を一枚出すと、ピインといい音を響かせて弾いて寄越した。
「・・・50円?」
「購買のコロッケでも買えよ。」
「え!ちょ、ちょっと良いんすかこれ!」
「嫌なら良いぜい?」
「あーーー!待ってくださいよ、これはもう俺のなんすから!」
やった。
なんて有り難い50円だ、割と真面目に。
コロッケ1個あれば大分変わる。それだけじゃ全然足りないとしても、希望が持てる。
「・・・あれ?」
「ん?」
「俺におかずを渡しといて、この50円で先輩がコロッケ買った方が良くないすか?」
どうせ自分はまだまだ足らなくて、この後も方々回る羽目になるのだ。
それならゆでたブロッコリーの1個でも押し付けといて自らコロッケ買った方が、自分を追い払えるしお腹は膨れるし、丸井的に一石二鳥と思われるのだが。
「嫌だ。」
「そうなんすか?」
「俺は、月初めの弁当はおかず1個飯粒一粒だって誰にもやらねえって決めてんの。」
そうか、そう言えば今日って6月初めだっけ。
なんだろう家が給料日で弁当豪華とかそういうのかな、と一瞬思ったが、丸井は視線を一瞬鞄にーーー自分のじゃなくて、恋人のそれにやった。
(ああ!)
そうか。
そうなんだ、知らなかった。
確かにそりゃあ嫌だな。
どんなおかずでも絶対人にはやりたくないな。
自分が同じ立場でも多分そう思うわ。
ピンクのお弁当箱を出したままの方の春日先輩は、赤い顔になっておずおず言った。
「あの・・・私のは多少あげても、」
「いや、良いっすよ!」
「でも・・・」
「ほら!コロッケを2人から半分づつ貰ったって事にしますから!じゃ、有難うございました!」
そう言い残して廊下を走り出した。
くれようとするのは有り難いんだけど、どうもあの先輩ああいう所ちょっとずれている。
というか、男心をわかってないというか。
もしも逆の立場なら自分は我慢して譲るからそうしてるだけなんだろうけど、生憎あっちの先輩は基本我慢しない性格なのだ。
多分今頃、半分づつだから25円出します、いや良いよ要らないよの問答してるんだろうなあ、なんて考えた所で、はたと足が止まった。
「・・・あれ?購買のコロッケって60円じゃねえ!?」
「赤也・・・あーかーや!」
「・・・ん?」
「悪い悪い、遅くなって!」
「外行こうぜ、外!」
「おう!」
起こされて、ぐーんと伸びをする。
何か夢を見てた気もするけど。
「・・・何かコロッケ食いてー!」
「3つめだぞ、お前。」