切原誕2020 - 3/4


「あ!」

思わず大きな声が出た。
いやそりゃあ出るだろ。

だって冷蔵庫にゼリーが鎮座しているんだもの。

「・・・・・・・」

今家に誰か居るかな。
居ないかな。
大丈夫かな。

人の気配が無いのを察知して、そ~っとゼリーを出した。

自分のじゃないなら冷蔵庫戻しとけよ。
とかそういう感覚は無い・・・というかこの家では無駄である事を、切原はよーく知っている。

幾ら自分が気を使ったって、あの姉は平気であれ?あんたのだったの?とか言って食べるのだ。そもそも自分が名前をよく書き忘れているということはこの際置いておくとして。

(名前、名前・・・おし!書いてねえ!よっしゃ!)

これで少なくとも、名前書いてなかっただろお前ー!の名目は立つわけである。
後はもう楽勝だ。

サッとゼリーをスポーツバッグにしまい込んで、スプーンを掠め取って部屋に引っ込むだけ。
何か発想とか行動が泥棒のようだが、ゼリーには変えられない。
スポーツ男子にとって食い物の捕獲は急務。特に家に敵が同居している場合は。

「ただいまー!」

(げ!)

しまった。
やばい。

切原はすぐにどたどたと二階に上がって自室に入った。

あれは間違いなく姉の声だ。ああ危ないところだった・・・が。

「くそ!スプーン取れなかったじゃねえかよ!」

あーあ、と呟いてずるずる部屋に座る切原。

しょうがない、また後で下に行こう。
姉だって帰ってきたばかりだし、ずっと台所に居座りはしないだろう。すぐ自室に来るはずだから、入れ違いに下へ下りれば良い。

(早く上がって来ねえかな・・・)

足音に耳を済ませながら、切原は知らぬ間に目を閉じた。






「あんた昨日何て言ってたっけ?」

目の前の黒崎先輩が訪ねて来る。
昨日言ってたこと。

・・・ああそうだ、思い出した。

「・・・明日の弁当は、母さんが小さいゼリー付けてくれるって言っててそれが楽しみって・・・」
「で、その弁当をどうしたって?」
「・・・家に忘れてきました!」
「うける。」

ふっと息を吐くように笑う先輩。
この人はいつもこう。
うけると言いつつ、大笑いはしない。「馬っ鹿でー。」と言いたげな態度を隠しもしないで、ふっと笑うのだ。
悔しい。でも言い返せない。

「で?それが何?」
「何かおかず下さい!」
「何で私が。」
「可愛い後輩の頼みじゃないっすかあ!」
「あんたテニス部の後輩でしょ?私の後輩じゃなくね。」
「立海生徒の後輩ですっ!」

会話は続けど、先輩が弁当箱を出してくれるとかそういう事をしそうな様子は無い。
ダメか。
まあ、元よりこの人相手は駄目そうとわかっていたが。

「はあ・・・分かりましたよ!もう良いっすよもう!」
「あれ。」
「あ?」
「あんた、私には頼んどいてモノホンの先輩には頼まないで引っ込むわけ。もうすぐ帰ってくるけど。」
「モノホンの・・・ああ、幸村部長っすか?」

そりゃ頼めるもんなら頼みたいよ。
あの部長はなんだかんだテニス以外のことじゃ優しいし、今回だって頼んだらウィンナーの一本くらいくれそうだし。

でもなあ、出来ないんだよ。

「部長にねだると副部長に怒られるんすよね~・・・」
「真田?真田が怒る義理とかなくね。」
「そうっすよねえ!?俺もそう思いますけど、違うんすよ!精市から食い物を取り上げるとは何事だ、たるんどるー!とかって言うんすよ!」
「あいつマジで、言うこともやる事も真田だな。」
「ぶっ!」

言う事もやる事も真田って、日本語おかしいけど本当にそうと思う。
この先輩のこういう所は好きだ。

「ただいま・・・あれ、赤也?」
「お帰り。」
「あ、部長!」

噂の部長は、一瞬俺を見て?な顔をしたが、友人から借りた弁当箱の蓋と乗せられてるおかずを見ておかしそうに笑った。

「赤也は本当に忘れ物が多いね。」
「うう・・・」
「柳が言ってたよ、赤也のお弁当を忘れるペースは月に1回だって。」
「忘れ過ぎじゃね?」
「だからわざとじゃないですってば!」
「学食行くって発想はないわけ?」
「だからあ!金がちゃんとある時は、学食行って自分でなんとかしてるんすよ!でもどーしても弁当も金も無い時っていうのがですね!」
「金がないのは買い食いするからじゃん。」
「・・・お腹空くんです!」

先輩は運動部でもなければ男子でもないからわからないだろう。どんなにお腹空くか。
自分だってもっと低燃費で済むんならそうしたいさ。

「お願いしますよ、何でも良いっすから!」
「だってよ、先輩。」
「ふふ、はいはい。とは言ってもね、何かあげられるものがあるかな・・・」

見てくれ的にそうではなくても、幸村だって運動部で男子なんだからお腹は空く。
それはわかってる。申し訳ないとも思うけど、貰える人から貰っておかないとマジで持たない。

目の前で開けられるお弁当箱。
みっしり中に詰まっているごはんやおかずが心底羨ましい。
くそう。

「1、2・・・1、2・・・ああ、ミニトマトが奇数だ。はい、どうぞ。」
「・・・どうも。」

貰っておいてあれだが、あんまり嬉しくない。
そこに入ってる唐揚げとかベーコンアスパラ巻きとかそういうのが良いんだけど。
というか肉が欲しい。

と思っていたのがもろ顔に出ていたのか、優しくない方の先輩が怠そうにため息を吐いた。

「あんた、貰っといてその態度はいいわけ。」
「う!いや、感謝してます!ただほら、その・・・もうちょっとこう、良いのが欲しかったっつうか・・・」
「あはは。ごめんね、今日は偶々だけどおかずが大体偶数だったから。」
「っつうか、その偶数とか奇数とかって何すか?」
「「2で割れるのが偶数で割れないのが奇数。」」
「へー・・・って!そうじゃなくて、偶数だからくれないってどういう事かって聞いてるんすよ!」

本当は偶数って何だっけとも思っていたのはしれっと流して、わかっていたフリ。

「私ら弁当分けてるから。」
「は?」
「おかずを2で割ってるんだよ。毎日じゃなくて、時々だけどね。」
「へー・・・え、どうしてっすか?」
「はいはい、もうこれやるからどっか行けよ。」
「おわっ!」

いつの間にか弁当箱を取り出していた黒崎先輩が、ぽいっと何かを投げて寄越す。
咄嗟に手で受けた、何か紫に光るそれ。

「何すかこれ・・・あ!ゼリー!」

弁当にちょくちょく入れられる、ちっちゃいカップゼリー。葡萄味。
そうそう、これだよ。元はといえばこれが食べたかったんだよ。いやこれだけあれば良いわけでもないけど。

「あざっす!」
「はいはい、良いから行った行った。」

そんな邪険にしなくても、と言いかけたけど辞めた。

顔がほんのり赤くなってちょっといつもより早口の黒崎先輩。これはさっさと立ち去らないと、自分がただの空気読めない奴になる。

「じゃあ俺行きますね!」
「あ、赤也。それはそれとして、部室に忘れていった英語のプリントが「ちょっと他の所も回らないとなんで!マジで急ぐんで!じゃ!」

危ない、とんだ藪蛇だ。
駆け足で教室を遠ざかりつつ、貰ったゼリーが揺れる姿が嬉しくて、顔が綻んだ。








「赤也!」
「・・・んがっ!え?何!?何だよ!?」
「ご飯って言ってるの!あんたね、寝るなとは言わないけどアラームかけるなりなんなりしなさいよ!」

いつの間にか眠っていたらしい。
叩き起こされて目を開けると、目の前には鬼のような形相の姉。

まずいまずい。寝てた。

「全く・・・って、あー!」
「え?」
「私のゼリー!」
「げ!」

しまった、チャックを閉めるのを忘れてた。
無造作に突っ込まれて放っておかれて、すっかり温くなったメロンのゼリーはあっさり姉に見つかった。

「な、名前書いてなかったじゃねーかよ!」
「書いてなくても私のよ、私が買ったんだから!」
「しょーこがあんのか!」
「なんですって、生意気なあ!」

夢で食べ損ねて現実でもあわや、なゼリーを巡る口論は、結局母の一喝が入るまでずーっと続いたのだった。


「こら!あんた達、ご飯要らないの!?」


「「要ります!」」