切原誕2020 - 4/4


「はあ・・・」

どさっと音がしそうな疲れた態度で、切原はバスの後部座席に座る。
疲れた。お腹空いた。

今はテニススクールの帰りである。
今から腹ペコ状態で帰って、夕飯までは普通は持たないから大体帰りにコンビニで皆で何か買い食いして帰る。

今日もそのつもりだったのに。

「くそ・・・どこ行ったんだよ俺の財布!」

そう、なんと今日は買う直前に鞄を見ると財布がなかったのであった。
今日一日出した記憶なんてないのに。ここに絶対ある筈なのに。

とは言ったものの、ないものはない。金が無いなら当然何も買えず。

皆ちょっぴりづつ色々分けてはくれたものの、皆だってお腹空いてるし。
それよりもチームメイト達は皆盗難を疑って騒めいていたが、切原本人はそれは割とどうでも良い。いや良くないけど。
どうせ1000円とかそこらしか入ってないし。犯人が誰であれ、見つけたら一発良いのをくれてやれば良いだけの話だし。(本当はそれも良くないが)

兎に角切原自身にとって何より問題なのは、今。
今この瞬間、この空きっ腹をどうしてくれようかという事であった。

まあ、どうもこうも家まで我慢するしかないのだが。

(はー・・・駄目だ、寝ちまお!どーせ起きてたって腹減るだけなんだから!)

遠慮なく窓に頭を凭せ掛けて、切原が目を閉じたころバスは出発した。










「あざっした!」

タッパを持って廊下を走る。
中にはお弁当のおかず。

皆からの「またですかあ?」な目線を受けつつ、まあ目線で腹は膨れないので無視しつつ、今日もおかず下さいの行脚である。
いい加減何か対処取った方がと自分でも思うのだが、結局良い方法が思いつかず今に至る。

「で?えーと、後まだ今日行ってない所・・・おおっ!?」
「ん?あー!切原君だー!」

紀伊梨先輩。

まずい、見つかった。

さっとタッパを後ろ手に回して隠す。

「こ、こんちは!」
「こんちはー!切原君どったの?ここ3年のとこだよ?」
「えー・・・あー・・・そ、そう、です、ねー・・・」

どうしよう。やばい。
言い訳の一つも考えてくれば良かった。
それかカモフラ用の教科書持ってくるとか。いやそれはやりすぎか?コンビニでエロ本買う時のカモフラ用にジャンプを重ねるガキでもあるまいし。

「ねー!」
「え!?あ、はいっ!」

いかんいかん、思考を飛ばしてる場合じゃなかった。
兎に角ここから離れないと。

「あ、あの!俺急ぐんで、そのーーー」


「あ!赤也、どうだー!弁当貰えてるかー?」


廊下の向こうから響くクラスメイトの声。

いや、分かってる。彼は悪くない。
弁当忘れたおかず分けてーと言って回る切原を教室で見て、今この廊下でも見かけたから調子はどうですかと声をかけてくれただけ。
だけ。

でも何で今言うんだ今。

クラスメイトにひらっと手を力なく振って、取りあえず追い払ってはみたものの。

「・・・・」
「・・・ええと。」
「切原君お弁当にゃいの?」
「えーと、まあ・・・」

ああ嫌だ嫌だ早くここから抜け出したい。
くっそ、どうしてこんな事に。
こうならないように先輩方には絶対言わないでよと必死こいて頼んでおいたのに。皆微笑んだり苦笑したり、指さして大笑いしたりしながらも良いよって言ってくれたのに、まさかのほぼ自爆でバレるなんて。

「・・・じゃ!そういう事なんで、俺ーーー」

はし。
と右腕を掴まれて、足を止めた。

ああああもうこうなるから嫌だったんだよ。

なんで!?なんで私にはお弁当頂戴って頼んでくんないの!?それ皆から貰ったやつっしょ!?ねえ!」
「え、いや、なんでも何もーーー」
「だって今からゆっきーとかに頼みに行くんでしょー!?」
「だってーーー」
「はっ!もしかして、私そんなに何もあげない先輩みたいに思われてるの!?そんなことないもん、あげるもん!ほんとだもん!ケチじゃないもん!」
「いやあの、そうじゃなくってえ!」
「じゃあなんで!?」
「なんでっていうか・・・つうか!紀伊梨先輩こそなんでそんなにーーー」

言葉を切ったのは、目の前の紀伊梨先輩が涙目でこっちを睨んでいるからだった。

「え、えええ!?な、何も泣かなくてもーー」
「だって皆おかずあげてるんでしょ!?知ってるもん!あげてるの見たよーってクラスの子から言われるもん!」
「う・・・」
「どーしてそーやって仲間外れにするのさー!ねー!そんなに紀伊梨ちゃんの事嫌いなのーー」

「違います!」

大きな声に束の間涙も引っ込む先輩。

違うんだ。
そうじゃないんだ、絶対そんなわけない。
ハブにしてるわけじゃないし、嫌いだなんてあり得ない。

もう言うしかないのか。
すごい嫌なんだけど。

「・・・だって。」
「・・・だって?」
「・・・だってかっこ悪いじゃないっすか!」
「へ?」
「考えて下さいよ!弁当忘れて、しかもおかず下さいってねだりに行くんですよ!かっこ悪いっしょそんなん!」

言うなれば甘えに出向いていくのだ。
まあまあほらほら、可愛い後輩が困ってるんだから~みたいな事を先輩’sには言って回ってるわけだが、同じことをこの人にしろってか。

無理。
絶対出来ない。
絶対やりたくない。

「・・・えー、そんな事思わないよ?」
「先輩が思うかどうかじゃなくて、俺が自分でかっこ悪いって思うんです!」

少なくともカッコいいこととは言えない。絶対。
そしてこの人にだけはかっこ悪いとかって思われたくないのだ。
他の誰に思われても・・・いやまあ良くはないけど。でも、やれやれ全く手のかかる後輩だぜとか思われるくらいならいい。


この人は嫌だ。
かっこ悪いと思われたくないし、手がかかる面倒見てやらないといけない後輩とか思われるのも嫌。


そんな事になるくらいなら、精一杯やせ我慢してやる。
例え、無い飯食ったフリしてでもだ。

「・・・ってわけで!じゃあ俺は行きますんで、そういう事で!」
「あーっ!」

走って逃げる。
最早かっこ悪さでは正直におかず貰うのとどっこいどっこいじゃないか、とか先輩の誰かに言われそうだけど、でも他にやり方思いつかないんだよ。自分は馬鹿だもん。

兎に角遠ざかる事だけを考えて、足早に駆けていった。

どこまでも。







「!」

バチン!
と珍しく終点前に目が覚めた。

携帯鳴ってる。

「誰だよ・・・母さん?あっ!俺の!」

母から来たLINE。
そこには、自分の財布の写真があった。

下に続くメッセージには、財布家にあるよ、との事。
どうやら昨日サプライズのつもりで、父親がこっそりテニススクール用の小遣い財布に多めにお金を入れておいてくれていた。らしい。
ところが、それを鞄に戻すのを忘れたのだ。

「はあ・・・何だよ、もう。」

結局盗難でもなんでもなかった。ただの父親の親切というか、ドジというか。
まあ、良かった。それなら今日だけ我慢すれば良い話だし、明日は貰ったお金でもうちょっと良いもの食べよう。

『え~、次は○○、○○です。お降りのお客様・・・居ません?』

「え?ああ!居ます居ます!次降ります!」