切原誕2017 - 2/4


夢を見た。

紫希の背を照らす夕日を遮る、電車の影。
吹き抜ける風。
タタン、タタン、という電車の音に混じる音。

そう、此処は線路の近く。

其処に響くテニスボールの音。

(・・・どなたでしょう?)

知らない子だ。
知らない男の子。

紫希が背後に居るのに全く気づかず、一心不乱にラケットを振って、只管に壁打ちしている。

「はっ、はっ、はっ、はっ・・・でりゃあ!」

一際大きく叫ぶと同時に、彼はスマッシュを思い切り壁に叩き込んだ。

(凄い・・・)

こんな小さい体躯の何処に、あんなパワーがあるのだろうか。
単なる力とかではなく、何か言い知れぬエネルギーのような物を感じる。

「はあ・・・あ?」

「あっ。」

見つかった。

思わず後ずさると、彼は鋭い目つきで紫希を睨みつけた。

「あんた誰?」
「あ、いえ、そのう・・・」
「ああ・・・もしかして、あれ?」
「え?」
「かわいそー、とか、なんであんな酷い事するのー、とか、そういう事言いに来たの?」
「え、え、」

なんの話だ。
わけも分からずおろおろしてしまうが、彼はその態度を図星と受け取ったらしい。
フンっと鼻を鳴らすと、ニヤ、と笑ってみせた。

「彼奴らが悪いんだよ。弱いくせにキャンキャン吠えやがって、悔しかったら勝ってみろっての!」
「・・・・・・・」
「なんだよその顔。

・・・あんたも潰してやろうか?」

もし。
もしこれが現実に起こった事ならば、紫希はこんなに冷静では居られない。

なんだこの子は。
怖い。
此処に居ては怪我をさせられるかもしれない。
そういう思いでいっぱいになって、怯えきってしまうだろう。

でも、此処が夢だからだろうか。

何故か。

怖いとか、貴方は誰とか何の話とか、それより先に。

「・・・怒られてしまいますよ。」
「ああ?」
「きっと叱られます。みだりにそんな事をしては。」

そう思った。
誰にどうやってかは分からないけれど、反射的に「この子はこのままでは叱られる」と感じた。

なんだと!なんて逆上するかと思ったが、彼は意外にもだんまりになった。
少々所在なげに、彼の視線が斜め下を彷徨く。

「・・・居ねーよ、そんな奴。」
「居ると思うんですが。」
「居ねーの!俺にそんな事言えるような奴なんか!」
「そうでしょうか。」
「そーなんだよ!皆俺より弱いんだ、俺に言う事聞かせられる奴なんて・・・」

其処まで言って、彼は又下を見た。

その瞳には、強い意志と意地と鋭さと。
そしてそれと同時に、ほんの僅か恐怖の色が見えて、脅されている側なのに少し笑ってしまう。


きっと彼もそんな気がしているのだ。
いつかきっと、そうなると。


「何笑ってんだよ!」
「あ、ごめんなさい。」

凄み直しても、勢いの衰えは隠しきれない。
彼はクソ!と呟いて俯いた。

「あの。」
「・・・なんだよ。」
「上手く言えないんですけど・・・きっと、怖いばかりでは無いですよ。」
「はあ?」
「ふふ、すみません。本当に、自分でもめちゃくちゃな事言ってるな、って思うんですけれど。」

コロコロ、と足元に落ちてきたテニスボールを拾った。
紫希がそれを差し出すと、彼の目線がボールと自分とをうろうろして、尚更微笑ましくなってしまう。

「叱られるのは怖いですけれど、それだけじゃない気がするんです。」
「・・・どういう意味だよ。」
「貴方はこれからきっと、叱られたり、褒められたり、泣いたり笑ったり、喧嘩したり、認められたり・・・そういう毎日になるんです。」
「なんでそんな事分かんだよ。」
「なんとなくです。」
「なんとなくだあ?」
「うーん・・・じゃあ、私の希望という事で。」
「希望・・・?」

紫希は彼の手に、ボールを握らせる。
その両手に温度をお互い感じる事は無くて、だから。

だからこれは夢なのだ。

「・・・とっても素敵なものです。皆が居る日々というのは。」

だから、彼にも知って欲しい。
そういう毎日は、多分彼が想像しているより、もっと。

もっと、ずっとーーー




「ん・・・・?」

眩しい。
電気の光が目に沁みる。

しぱしぱさせていたら、部屋のドアが無遠慮に開けられた。

「赤也!ご飯だって言ってるの、聞いてなさいよね!」
「うわ、姉ちゃん!」
「あ、シーツに涎!あんた、又寝落ちてたんでしょ!」
「う・・・」

ジャージは着たまんま、鞄は放りっぱなし、布団すら被って居ない。
この状況で違いますと言って、誰が信じるだろうか。

「はあ!あのねー、寝るなとは言わないから、せめて寝る準備してから一眠りしなさいよ!」
「わ、分かってるよ!」

ぎゃーぎゃー言いながら、呼びに来た姉と共にダイニングに向かう切原。

そうして彼は、夢を見た事も間も無く忘れてしまった。

そうして、心の奥に思った事だけ仕舞い込むのだった。