切原誕2018 - 2/4


「・・・っ、あーー!しんどいっつーか、やってらんねーよこんなの!くそ!」

机の上のテキストと睨めっこしていた切原がぷっつんした。
ペシ!
と腹いせに定規を部屋の壁に叩きつけたら、ドン!と隣の部屋に居る姉に叩き返された。

一瞬やべ!と思いつつ、でも見逃してくれと思う。

だって勉強進まないもん。

「姉ちゃんも教えてくれても良いじゃねーかよー・・・」

折角上の兄弟が居るのに、あの姉は基本そういう情けを自分に持たない。
特に今日は、間違って姉のプリンを食べてしまった事を未だに引きずって怒っているようだ。ケチめ。

「あーあー!誰か勉強教えてくれねーかなー!優しくって、分かりやすくって、分かんねーって言っても嫌な顔しないで、何処が分かんないのってにこにこ聞き返してくれるようなさー・・・」

言いながらうとうと・・・とし出した切原の耳に、居るわけないだろ!と隣室からの翠の声が聞こえた気がした。






学校。
廊下。

沢山の生徒の間を、自分は歩いていた。

どうして歩いているのか分からない。
何処に行くのか、何を目指しているのかも分からない。
ただ、そっちの方に用事がある気がして、足の向くままに歩いて行った先。

「・・・春日先輩!」

その人は人混みの中、切原の声に反応してくるりと振り返った。

「切原君、こんにちは。」
「はい!」

不思議な感覚。

さっきまで、あんた誰、なんて思ってたのに、今は「春日先輩じゃないか、何言ってるんだ俺?」に変わっている。
それが夢というもの。

「あのー、ちょっと良いっすか?」
「はい?何でしょうか?」
「すんませんっ!俺ここ分かんなくて!今度のテスト、出来なきゃ又雷落とされるんすよ!」
「あ、あら、それは・・・」

雷って誰に?
と一瞬思ったけど、一瞬だけ。
直ぐに、まあ良いかと思い直した。

「何処が分からないんですか?」
「此処とか、後此処も!」
「これは・・・ううんそうですね。先ず、一次関数のコツですけれど、問題を読むのは後回しにしましょう。」
「えっ!?問題先に読まないんすか!?」
「はい。先ずグラフを見て、分かるところを前以て書き込んでしまうんです。例えば此のグラフ、此処と此処を見ると、これだけで式が導き出せます。方程式は覚えていますか?」
「・・・・」
「・・・切原君?」
「・・・すんません!覚えてません!」

怒られるかなあ・・・と思いながら、そろ~っと下げた頭を上げると、目の前の先輩はおかしそうに微笑んでいた。

「分かりました。なら、そこからやりましょう。」
「良いんすか!?」
「勿論ですよ。それに、どの道基本を押さえなければ応用は難しくなります。テニスもそうでしょう・・・って、」
「?」
「そうでしたね。切原君はテニスがお得意で、いきなり応用が出来ちゃうんでしたね。」
「え?」
「聞いていますよ、皆から。見所のある後輩が入って来た、って。とってもセンスが良いとか。」

それなのにごめんなさい、失礼を。
そう言ってその人は、又優しく笑った。

「・・・春日先輩ってすげえ良い人っすね!」
「えっ!?ど、どうなさったんですか、急に!?というか、私は別にそんなに良い人では、」
「何言ってんすか!俺の周りで、ダントツ良い人っすよ!」

まるで天使とお母さんと先生を足して3で割ったような人ではないか。
自分を大真面目に褒めてくれるし、出来なくても怒らないし、嫌な顔一つしないでにこにこ応対してくれて。

「そ、そんな事無いですから!」
「ありますって!もう先輩の優しさの半分、いや半分の半分で良いっすから、あの鬼みてえに怖い副武将に・・・」

「まさかとは思うが、それは俺の事ではないだろうな?」

噂をすれば影。

「ふ・・・副ぶしょ、違う!副部長!」
「今更遅いわ!誰が鬼のようだ、好き放題言いおって!」

なんてこった、雷回避の為に聞きに来たのにもう雷を食らってる。

「今度という今度は許さん!大体、」
「ま、まあまあ、そんなに怒らなくても・・・」
「いいや、そうはいかん!大体、此奴は普段から、」
「でも、切原君は次のテストを頑張ろうと思ってここまで聞きに来たんです。そこは褒めてあげても良いと思いませんか?ね?」
「だが、」
「切原君だって、怒らせたいと思っているわけではないですよ。寧ろ怒らせたくないと思っているから、こうやって先手を打って動いているじゃないですか。それは普段からこうして、叱っている効果の表れだと思います。」
「む・・・」
「鬼のよう、っていうのは切原君が言い過ぎですけれど、武将っていうのは別に馬鹿にしようと思って言ってるわけではないですよ。武士のように、真面目で厳格だと言いたいんです。私だってそういう意味では、まるで武士のよう、とは時たま思いますから。」
「・・・そうか。」

(すげえ!副部長が大人しくなった!)

「切原君だって、自分の為に怒ってくれてる事とか、言葉選びがちょっと不正確だった事は分かっていますよ。ね?そうですよね?」
「え?あ、はい!そりゃもう!」
「・・・はあ。仕方ない、今回は春日に免じて許すが、次はもう少し口に気をつける事だ。」
「はい!」
「それから、聞きに来ずとも良いよう、自分で勉強しろ!」
「はい!」

そう言うと踵を返して去っていく背中が見えなくなると、ほうっと思わず溜息が出た。

「助かった・・・有難う御座います!マジ命拾いしたっす!」
「ふふっ。でも切原君、私別に、庇おうとしてでまかせを言ったわけではありませんからね?」
「え?」
「皆、切原君を虐めようと思っているわけではないですよ。切原君が後々困らないようにと思って、ああやって叱るんです・・・それは分かってあげて下さい。」

お願いします、と言ってこっちを伺ってくる様子は、本当に親か何かのようだった。
ある意味、本物の母より母っぽいかもしれない。

「・・・はい。」
「ふふっ。では改めまして、勉強の話に戻りましょうか!この公式はー・・・




「・・・・・はっ!」

がば!と上体を起こした。
寝てた。
完全に寝てた。

「・・・あれ?俺今夢見てたよな?どんなんだっけ?」

なんだかとても気分の良い夢だった気がするのに、全然思い返せない。

「???まあ、良いや!なんか苛々も飛んでったし、もうちょっとやるか!」



(ああっ、聖母様っ!頼れるって事は素敵だねっ!)



(赤也!ご飯だって何度言わせんの!)
(げっ、鬼姉!)
(はあ!?)
(あ、やべ!)