Prologue Side R - 6/7


(帰りも結局こうなわけね。)

一通り飲み食いし、話も終わり、まあもう少しゆっくりしてなよと棗が言うと、まるで打ち合わせたかのように紫希と紀伊梨はそれに倣ってサッと帰っていった。

だもんで、千百合は今、幸村と2人での帰路についているわけだ。

でも、行きと違って今は有難い。
今は。

「・・・ねえ精市。」
「ん?」
「何か思ってる事無い?」

無いかと聞きつつ、あるんだろうなと踏んでいた。

カフェでの自分たちを見つめるあの眼差しは、確かに優しいものだったけれどそれと同時に、見た事の無い色を纏っていたから。

「・・・敵わないよ、千百合には。」
「って事はあるんだ。」
「小さなことだけどね。」
「言って。」

こういう時の千百合は頑として折れない。
なあなあで流してなどくれない。

良く知ってる。
幸村は千百合のこういう所も大好きだった。

「・・・柄じゃないんだけど、ふっとね。」
「・・・?」
「俺達は小さい頃から一緒だったよね。でも、ずっと今迄みたくお互いに時間を割けるわけじゃない。他にも同じくらい大切なものや、大切な人が出来て、俺達しか居なかった世界はどんどん広くなっていくんだ。俺は、それが・・・」
「・・・それが?」

「・・・それが、千百合達よりもちょっと早いんだろうな、って思ってしまったんだよ。」

それは仕方のない事。
寂しいことであると同時に、喜ばしい事でもあるから、そうなる事そのものに異議は無い。

ただ、他の4人がまだもう少し一緒に居られるのに比べて、
自分は一足先にその輪から少し離れようとしている。

それが少し。
少し。

「・・・そうだね。それはそうかも。」
「うん・・・」
「でも、精市。私達別に二度と会えなくなるわけじゃないよ。学校は同じだし、時間だってまだまだ融通効かせられるし。」
「うん、分かってるさ。」
「分かってない。こっち向いて精市。」

千百合はハッとするほど真っ直ぐな目で幸村を見ていた。

「・・・・」
「あのね、精市。学校が同じだから時間が作れるから、だから気にするなって言いたいんじゃないの。」
「・・・じゃあ何を、」

「呼んでよ、会いたい時に。私も、皆も、精市が呼ぶなら何時だってすっとんでいくんだから。」

分かってる。
5年後か10年後か、何時かそれも出来なくなる時がやってくる。

でも今は出来る。それがまだ許されている。

だからそれを幸村にも忘れないで欲しい。

「千百合・・・」
「精市は何でも深刻に考え過ぎなの。もうちょっと、どうにかなるさって思ってみたりとかしてさ。今迄のやり方がだめでも、他の方法だってきっとあるんだから。」
「・・・五十嵐を見習って?」
「いや、紀伊梨は見習わなくていい。」
「じゃあ、棗かな。」
「いや、あれも・・・どうせなら紫希を、あ、いや駄目だわ。紫希もどっちかというと精市寄りの考え方だわ。」

真田もダメだな・・・などと呟きながら、考え込む千百合。

真剣な恋人の様子に、悪いとは思いつつも幸村は喜びが体を満たしていくのを感じた。

「後誰が居たっ、け・・・!」

千百合の独り言が途切れた。

右手に暖かい感触。

自分の手が、幸村の少し大きな手に包まれている。

(ちょ、ちょっ、ちょっと待って、精市・・・・・)

思わず言葉を失って、右手首から先の事にしか意識が向かなくて、じっとしていると今度は指が絡まったものだから、千百合の肩が少し跳ねた。

「・・・精、」

「千百合。」

おそるおそる幸村を見やると、
幸村はとびきり幸せそうな笑顔で千百合を正面から見ていた。

「有難う。」

やっぱり幸村はずるい。
どうしてこんなタイミングでお礼なんて言うんだ。

お礼なんて良いよとか、もう考え過ぎないようにねとか、伝えたい事がいっぱいあるのに言えないじゃないか。

(なんて、思ってるんだろうな。千百合の事だから。)

愛おしい彼女。
何時だってこんな風に自分の心を軽くしてくれる女の子。

千百合が隣に居てくれて、本当に幸せだ。

「ねえ、千百合。」
「え、な、何、」
「千百合が好きだよ。」

もうこれ以上赤くなれないと言うほど真っ赤になる千百合。

限界なのか、千百合はとうとう手を解こうと頑張り始めたが。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・ちょ、」
「ん?」
「ちょっと、」
「ふふふっ。」

大して本気でもないのに、離してもらえると思ってるのだろうか。
自分の方が遥かに力は強いのだ。

(・・・・もう。)

諦めて手の力を抜くと、幸村は満足そうな顔で少しだけ握る力を強くした。

千百合はまた体温が上がった気がして、もう夕暮れで、世界が今オレンジ色に染まっている事を神様に感謝した。