「・・・はあ。」
幸村と2人で歩く帰り道で、千百合は帰りがけ溜息を吐いた。
別に表情が沈んだりしているわけではないけれど。
「どうかしたのかい?」
「ううん、その・・・なんというか、拍子抜けしちゃって。色々あっさり決まったもんだなあ、って。」
あの後仁王はササっと全員に指示を出し、サクッと話を終了へ導いてしまった。
棗辺りは「昨日俺らあんなに頑張って話詰めたのなんだったのw」と言ってけらけら笑っていたが、本当になんだったのかと思う。
仁王は自分達が詰めていたからこそプランが早く立ったのだと言っていたが、本当かどうか。
「なんか、色々凄い奴ね。」
「そうだね。仁王があんな事も得意だとは、知らなかったよ。」
「彼奴、テニスも上手いの?」
「そうだね。考えが読めない性格ではあるけれど・・・1年の中でも、かなりセンスの良い方じゃないかな。このまま伸びれば今年は無理でも、いずれレギュラーが視野に入ると思う。」
「へえ・・・」
出会いはああでも、千百合は実際仁王がテニスしているのを見た事がないし、今日会って話した限りではどちらかと言うと頭脳派に見える。
真面目というよりは飄々としていて、どうも仁王が汗をかいてスポーツしている図、というのがイマイチピンと来ないのだが、幸村がなかなかと言うならそうなのだろう。
「なんか私、とんだ奴にジュースあげちゃったのね。」
ほんの気まぐれだったのに、よもやこんな形で関わる事になろうとは。
情けは人の為ならずとはこういう事か。
「・・・千百合。聞こう聞こうと思ってたんだけど。」
「ん?」
「仁王と知り合いだったのかい?」
怒っているとかそういうわけではないけれど、内心胸がざわついているのは確かだった。
自分の知らない所でというのも少しあるけれど、それより何より相手が仁王であるというのが、幸村には珍しくちょっと怖い。
悪い人間では無いと思うが、何を考えているのかさっぱり分からないからだ。
行動の基準も良く分からないし、人に手を貸すような奴じゃ無いと思っていたが、ジュースがどうのと言ってかなり協力してくれた。
もしかして千百合の事を気に入ってるんだろうか。
とか一度思うとなかなかその考えから離れられないのが人の性という奴である。
千百合を信じてないとかそういう話ではなくて、取り敢えず嫌だ。
友人が増えるのは喜ばしいけれど、自分の彼女にそっちの意味での好意を抱いている人間が近くに居続けるというのは好ましくない。
(千百合もなんだか、仁王の事は良く思ってるみたいだし・・・)
いや、別に悪く思って欲しいとか言うわけでは、というかさっきから何考えているんだろう、仁王に失礼じゃないか。
とか、非常に稀にも幸村がぐるぐる悩んでいる隣で、千百合はちょっとだけ目線を逸らした。
「・・・別に、知り合いってほどのもんでもないわよ。その・・・偶々、自販機で会ったから。」
「・・・会ったから?」
「・・・お茶買ったの。そしたらルーレットが当たって、でも私二本も要らなかったから上げちゃった。ってだけ。」
残念ながらと言おうかなんと言おうか、千百合は正直な性格だった。
人の事誤魔化すなんて嫌いだし、後悔するような行動もしてないつもりだ。
でもそういう性格が今みたいな所では裏目に出るのだった。
頼むからあんまり突っ込まないで。
そう顔に書いてあるのが、幸村に分からない筈は無い。
「・・・そう、だったんだ。」
「・・・そう。」
「・・・珍しいね。千百合がそういう事するのは。」
だって。あの時。仁王は。
「・・・ニ・・・から・・・」
「え?」
「・・・・」
「千百合・・・?」
「・・・ユニフォーム、来てたから。彼奴、が・・・」
幸村は目をまん丸にした。
ユニフォームを着ていた。
仁王が。
という事は部活中。
仁王は幾らか姿を消す事はあるが、流石にそう長い間は開けないから、行ける自販機なんて限られている。
「そんな遠くの自販機まで来てたのか。音楽室とは反対だし、校門も、遠い・・・」
言いながら気づいた。
音楽室とは反対。
校門も遠い。
でもテニス部は近い。
「・・・・・」
「・・・ちょっと、笑うのやめて。」
「俺、笑ってる?」
「笑ってるわよ!」
「仕方がないよ。千百合が俺を喜ばせるんだから。」
「私何も言ってないでしょ。自販機行ったってだけよ。」
「そうだね。俺が勝手に喜んでるだけだね。」
「・・・・・・もう!」
「ふふふ。」
単に偶々近くの自販機だったというだけならこんなに言いにくそうにはしないだろう。
「千百合。」
「・・・何よ。」
「実は、この前のお昼に言おうと思ってた事があるんだ。」
「え?」
「途中で五十嵐からメールが来て、それどころじゃなくなってしまったし。それに昨日今日と、ライブがどうなるか分からなかったから、言うに言えなかったんだけど。」
でも、それも目処が立った。
仁王のおかげだ。
落ち着いた途端、急に仁王のおかげという発想が出て来て、幸村は自分の現金さに又少し笑った。
千百合が絡むと、自分は本当に情けない。
「何?」
「週明けの水曜日、今年度のレギュラーを決めるんだ。部内で試合をして、上位の人から順に取られる。」
「そう、なの?」
「うん。学年に関係なく全員でやるんだ。チャンスを貰えるのは有難いと思う・・・絶対、結果を残してみせるよ。」
「・・・うん!」
「・・・それでね、千百合。」
「うん?」
「良かったら、見に来てくれないかな?」
今度は千百合が目を見開く番だった。
見に行く。
自分が。
部活を。
試合じゃなくて、部活を。
「無理にとは言わないけど、俺は千百合に見てて欲しい。」
「・・・・い、」
行く。
いや。
行って良いのだろうか、あの空間に。
正直、テニスをしている部員達ばかりの場にも、それを取り巻いて色めき立つ女子が沢山の場にも、どちらにも自分はそぐわない気がするのだが。
でも、幸村は来て欲しいと今言ってくれたし。
それに。
「・・・行く。」
「本当?」
「うん・・・行く。皆も連れて行くし、彼奴早めに行かせて場所取りでもさせるわ。」
「有難う。でも場所取りは・・・ふふ、お花見みたいだね。」
「・・・精市。」
「ん?」
「1番前で、見てる。」
千百合は行きたいと思った。
誰より近くで見てみたい。
さっき、学校でした話。
紫希に最前列で見ていて欲しいと思う気持ち。
同じように幸村が思っていてくれるなら。
自分に見て欲しいと言ってくれるなら、自分だって1番前迄行こう。
「千百合・・・」
「水曜日ね。覚えた。明日にでも、皆に言う。」
「・・・有難う。」
「何もしてないわよ。」
そう言って又向こうを向く千百合に、幸村はやっぱり可愛いと思うのだった。