「紀伊梨ちゃん。」
「うんー?」
紫希と紀伊梨、それから柳に仁王に棗と帰る、5人での帰路。
徐に紫希が言い出した。
「さっきは、有難う御座います。」
「んえ?何が?」
「嬉しかったです。メンバーなんだから、って言ってくれて。」
紀伊梨はキョトンとした顔をした。
「どーして?メンバーでしょ?」
「そうなんですけど、」
「変な紫希ぴょん!紫希ぴょんがメンバーなのなんて、当たり前じゃーん!」
「伝わっていない確率84.3%だな。」
「打っても響かん奴は苦労するのう。」
「打っても響かん「ってなあに、とお前は言う。」最後まで言わせてよー!」
「まーまーwこれが此奴の持ち味よw」
クスッと笑ってしまうが、紫希は本当に嬉しかった。
紫希も紫希なりに頑張っては居るが、それでもステージに立つ事は無い。
その事自体に異論は無いが、やっぱり自分はメンバーとは胸を張って言えないのではないだろうか・・・とは紫希の継続的な引っ掛かりでもあった。
だから紀伊梨が思うよりずっとずっと、紫希は紀伊梨の言葉が嬉しかった。
この天真爛漫な友人は、分かっていないだろうけど。
「・・・でも紀伊梨ちゃん。千百合ちゃんに言った事は、あれはいけませんよ。」
「う・・・」
「あれねえw」
千百合自身もう気にしていないだろうし、あの程度の言い合いなら紀伊梨と千百合の間には稀に起こる事なので、喧嘩とか仲直りとかそこまでいく話でもないのだが。
「お気持ちは嬉しいですけれど・・・千百合ちゃんが気にしてないとか、平気とか、そんなわけないんですから。」
「うん・・・分かってるよ、つい口を突いて・・・」
「ま、おまんの言う事も一理はあるきに。」
「そうだな。どちらの言い分も正しいからこそ、難しい問題だ。」
「一理あるってどういう意味ー?」
「ええと、一理と言うのはですね。1つの理、つまり少しの言い分とか理由という意味で、それがあるという事で・・・」
「これほど分かりやすく説明されているのに、何故あんなに話がしにくいんだ?」
「馬鹿だからだよw」
紀伊梨は自分を勘定に入れるのを忘れているのだった。
紫希にステージを見て貰えないという事にばかり目が行ってしまうが、千百合からしてみたら紀伊梨も紫希も等しくメンバーなのだ。
紫希をスタッフと同じに扱いたくない。
それと同じくらい、紀伊梨の為にライブを最高の形でやらせてやりたい。
あの場で一番難しい立場だったのは、恐らく千百合だった。
「まあ今回は理由が理由だからアレだけど、紀伊梨はもう少し考えてから発言するようにしなwその内千百合のより早く幸村の地雷を踏み抜くぞw」
「ひいいいい!やめて!怖い事言わないで!」
「いえ、でも本当に気を付けませんと・・・幸村君は優しいですけれど、テニスの事と千百合ちゃんの事については別ですから。」
「・・・序に聞きたいんじゃが。」
皆が仁王の方を向いた。
「幸村と黒崎の妹は、あれは付き合うとるんじゃな?」
「え、ええと・・・」
紫希当たりはここで、本人がこの場に居ないのにとか、あまりそういう事を周りに言いたがらない千百合のスタンスとか、そういうのが頭にちらついて言葉に詰まる。
しかしそんなの全く意に介さないのがこの2人。
「はい、今年で4年目になりますw」
「そーそー!もー、ラブラブなんだよ!」
「ほう。」
「気にするな。人の口に戸は立てられないものだ。」
「はい、有難うございます柳君・・・」
とはいえ、いずれは分かる事だ。
幸村に聞かれたらその時点で分かる事だし、今だって2人で帰っているし。
「あれでまだ付き合うとらん、とかだったら面白かったんじゃが。」
「面白いのー?何が?」
「面白がらないで下さい・・・」
「千百合は置いといて幸村を面白がるかw命知らずめw」
「そうは言うが、あの「神の子」を突く機会なんぞ、滅多と落ちとらんぜよ。」
「悪い事は言わない、止めた方が良い。」
「止めろと言われるとやりたくなるナリ。」
「分かるけどさw」
「・・・・・・」
紀伊梨はじっ・・・と仁王を見つめた。
「なんじゃ。」
「会った時聞くの忘れてたんだけどー。」
「おう。」
「「神の子」とか、「マスター」って何?」
仁王は音楽室に来た時、幸村と柳に向かって確かに、「神の子」「マスター」と言った。
紀伊梨はそれがずっと気になって仕方がなかった。
「綽名・・・みたいなものですか?私、ちらっとは聞いた事がありますけれど。」
「俺もちらっとしか聞いた事無いなー。」
「綽名と言うよりは二つ名じゃな。」
「二つ名ってなーに、紫希ぴょん?」
「えっと、二つ目のお名前で、綽名とは違うんですけど・・・」
「二つ名とは仰々しいねw」
棗はなんの気なしにそう言ったが、仁王はそれを聞いて少し目を眇めた。
「仰々しくもないと言ったらどうする?」
「ん?」
「確かに、テニスの事をあまり深く知らないのであれば、「神の子」などと言う響きは、少々聞こえが大きいと思うかもしれない。」
「じゃが、彼奴は本物じゃき。幸村精市・・・「神の子」と呼ばれるに値するプレイヤーが居るとしたら、それは彼奴以外にはあり得んぜよ。」
真剣にそう話す柳と仁王。
その表情が、声音が、2人が大真面目である事を物語っていた。
「ゆっきーって、そんな凄かったんだー!」
「強いんだろうなとは思ってたけどね。そんなレベルか。マジか。」
「これは本人から聞いた話だが、幸村は此処数年テニスをプレイしてきて、1ゲームも落とした事が無い。」
「「負けたゲームが0!?」」
「ゲームってなーに?」
目を剥く紫希と棗。
紀伊梨だけはなんのこっちゃという顔をしていて、仁王は思わず吹き出してしまう。
「あー!ニオニオ笑ったなー!罰として紀伊梨ちゃんに、ゆっきーがどのくらい凄いのか、紫希ぴょんと同じくらいの分かりやすさで解説したまえ!」
「待ちんしゃい、ニオニオっちゅうんは俺の事か。」
「そう。」
「止めんしゃい。」
「えー!」
「それから俺に、春日と同レベルの親切を期待するのは無駄っちゅうもんぜよ。」
「意地悪―!」
「プリッ。」
「試合じゃないんですよね?ゲーム、ですよね・・・?」
「信じられないのも無理はないが、本当だ。」
「確かにストレート勝ちしてる所しか見た事無いけど、今迄に1ゲームもって、なー・・・」
それは確かに「神の子」と呼ばれてもおかしくは無いかもしれない。
紫希と棗とてもそう思った。
「ま、それに並んどる柳も大概じゃがの。」
「「えええ!?」」
「そーなの!?やなぎー凄い!」
「仁王、それは言い過ぎだ。1年生の中では比較的出来ると言うだけで、幸村や真田には遠く及ばないさ。」
「あ、そうだ。真田君も、お上手なんでしたよね?」
「彼奴もなんか名前あったっしょ。なんだっけ、えー、」
「「皇帝」」
柳と仁王が声を揃えて言った。
「真田って見た事あるよ!あれっしょ、何時見てもこう、此処にグーッと皺寄せて怖い顔してる男子!」
「ほう、良く知っとるの。」
「お、お二人とも・・・」
「しっかし皇帝とはねー。」
「それも又無理ない話だ。真田に勝てるのは幸村だけだからな。」
「2年生とか、3年生の先輩たちはー?」
「此奴ら3人には軒並み敵わんぜよ。」
「凄いー!」
「マジか・・・」
真田と柳はまあ分かるが、幸村は小学生の頃からずっとーーー紀伊梨に至っては幼稚園に通う年の頃からの付き合いである。
そんな気の置けない親友が、いつの間にやら神の子になっていたと知った時の衝撃。
「今年のレギュラー決めも、此奴ら3人は恐らく勝ち残るからの。」
「本当っ!?おーえん!おーえん行かないと!」
「そうですね。何日ですか?」
「来週の水曜日だ。」
「んじゃ、授業終わったらダッシュして最前列を陣取りますかw」
「おー!頑張れなっちん!場所取りは任せた!」
「任せっぱなしかw」
「わ、私も走ります!」
「そんな苦労せんでも良か。」
「「「え?」」」
どういう事だろうか。
幸村がどうとかを差し引いても、立海中等部男子テニス部は学校でも有名である。
何時もフェンスの周りは多数の女子と若干の男子が居るのに、レギュラー決めの日なんて尚更いっぱいではないだろうか。
「どういう事だ仁王。」
「ケロ。折角こうして知り合いになったんじゃ。友人のよしみって奴で、ちいっとばかし教えてやるぜよ。」
「何を?」
「楽してテニス部に見学に来る方法じゃ。」
仁王はニッと笑った。