坂之下呉服店は商店街では古株の一つである。
浴衣を買うとなるとこの辺の人は大体ここで買うし、振袖のレンタルや小物の購入も此処で行うことが多い。
「婆ちゃん、来たぜ!」
「おや岳人君いらっしゃい。まあまあ、今日はお友達も大勢で。」
「おう!なあ婆ちゃん、こいつら3人浴衣欲しがってるんだ、一式揃えてやってくれよ!」
「婆ちゃん?がっくんのおばーちゃん?」
「呼び名でしょ。あんただってすぐ人に兄ちゃんだの姉ちゃんだの言うじゃん。」
「本当に全部置いてあるんですね・・・」
「せやな。品揃えきっちりしてはるわ。」
浴衣そのものは勿論だが、着付け用の紐や帯や下駄や巾着、髪飾りやちょっとしたコスメまで置いてある徹底ぶり。
「紐ってまだあるよね。」
「ええ、あれは去年のが使えますから。浴衣と、それから帯・・・は微妙ですけど、」
「微妙なんやったら買ってもうてもええんとちゃう?」
「おう!駄目だったら買い直しだろ?面倒くせーじゃん。」
「まあ確かにね。」
4人がそんな会話をしている間に、紀伊梨はふらふらふらーっと店の奥へ進んで行った。
こうやってきょろきょろ見ているだけで楽しいのがショッピングの良い所だよねー、なんて思いながら視線を走らせていると。
パシン。と釘付けになる品が一つ。
「・・・・・」
「お嬢ちゃん、それが気に入ったかいね?」
「うん!」
「わあ、可愛いですね!」
紀伊梨が見つけたのは髪留めであった。
飾りの部分には赤い花があしらわれていて、それが5、6cm程垂れ下がって連なっているので、動くたびにゆらゆら揺れてきっと目を引くだろう。
「でもあんた、浴衣から選びなさいよ。先にアクセから入ってどうすんの。」
「だってー!」
「良いんだよ、良いんだよ。こういうのはふぃーりんぐが大事だからねえ。」
「だよねだよね!ほらー!」
「えー。」
「まあまあ、気に入った物は欲しいじゃないですか。ね?」
「姉貴の買い物のやり方と一緒・・・」
「女の子はこだわるさかいなあ。」
男子はファッションに殊更気遣うタイプでもない限りは、無難だったら別にある程度はなんでも良いよ、な所がある。でも女子は大抵違う。一個一個いちいちこだわる。これはもうしょうがないと思って諦めるしかないのだ。
「男子って服とかぱぱーって決めちゃうよねー!もっと悩んだら良いのにー!」
「別に、悩んでないわけやないけど。」
「そんな時間かけるような事にも思えねえんだよなー。」
「分かる。」
「千百合っちは分かっちゃ駄目でしょー!もー!」
「・・・あの、参考までにお聞きしたいんですけれど。」
「ん?」
「忍足君も向日君も、そんなに服を買う時は悩まれませんか?例えば、彼女が出来たりなんかしてデートにアパレルに誘われると、そんなに乗り気になれないでしょうか・・・」
「あ!それ・・・む!」
(良いから黙ってな。)
これは言うならばサンプル摂取の質問である。
先日の可憐の相談を受けて、「趣味がファッションな女子」に対する2人の応答を聞きたいのである。
増して忍足と向日は可憐の友達。
件の男子がこの2人のどちらかである可能性は十分ある・・・と思う紫希と千百合の読みは正にドンピシャリであった。
「偶になら良いけど?」
「あくまで偶に、なわけね。」
「いつもいつもは流石に無理だな!飽きるし、そもそも女子用のアパレルに長居するって辛いんだよ。」
「あー分かる分かる、そんな感じだわ。」
「だからなんで千百合っちが賛成してるんですかー!」
「まあまあ・・・忍足君は?どうですか?」
「俺も似たようなもんやわ。偶に行く分には寧ろ楽しいかもしらへんけど。」
「楽しいか?」
「楽しない?彼女とのデートやとして、ていう話やろ?着て欲しいのん勧めたりとか。」
「あー、分かる分かるー!それは分かるよー!」
「あれ?お前こっちはわかんのかよ?」
「うん!だってゆっきー、千百合っちによく、へぶっ!」
「紀伊梨ちゃん!」
「そーゆーもんか?」
「そういうもんやで。多分。」
向日はこういう所、忍足程想像力がちゃんと働かない。
「まあただ、岳人も言うとった通り偶にが一番ええわ。長丁場になりそうやし。」
「ながちょーば?て何?」
「ええと、長い時間がかかってしまうという事です。」
「ま、確かに1件で終わる事って少ないしね。」
「それもあるし、しょっちゅうアパレル行きたがるいう事はその子はファッション関係の事好きなんやろ?て言うたら、服の後はアクセサリーやとかコスメやとかネイルやとか行きたがるんとちゃう。」
「・・・・・」
「向日君?」
「あ、いや。何でもない・・・」
それさ。
ファッション好きな子って言うか、網代の事だろ。
と、言いかけたのを向日はすんでの所で飲み込んだのだった。