「「「勝ったーーー!」」」
向日、宍戸と一緒に可憐は歓声を上げた。
やった。勝った。
良かった、本当に良かった。色んな意味で。
喜びにきゃっきゃする一同の所に、流石に少々疲れた風な忍足が歩いてくる。
「お疲れ様、侑士君♪勝利ね、おめでとう。」
「ああ、おおきに・・・なんや、其処の3人は俺より嬉しそうやな。」
「だって勝ったんだよっ!勝ったんだよっ!」
「寧ろ侑士はもっと喜べよ!言い方悪いけど、返り討ちにしてやったんだぜっ!どうやってか知らねーけど。」
「おう。なあ、結局なんであんな風に勝てたんだ?何かしたんだろ?」
言っちゃなんだけど、僅差で勝ったとはとても言い難い。明らかに差がついていた。相手の方が練習していたのにも関わらず、だ。
「そ~ね~。メンタルに攻撃してたのは知ってるけど。」
「えっ!?そうなのっ!?」
「ああ、まあ。そんな大袈裟なもんやあらへんけど、受ける時に素っ気ない顔してみたりとか、スイミングは未経験って聞かせてみたりとかやな。」
「それ何か意味あんのか?」
「威圧された後に油断させられると、人間調子狂うてまうもんやで。」
「そうなんだ・・・」
余裕綽々な顔であっさり勝負を受け、条件を詰めてきた忍足に向こうは多分戸惑いながら多少の怯えを感じただろう。その後にスイミングやった事無いだとか聞いたり、のろのろ練習する忍足を見て、相手の精神の針はニュートラルを超えて逆側に振りきれてしまったのである。
でも大事な勝負に於いて一番やってはいけないのは、途中で精神的なスタンスを変えてしまう事。怯えていたならそのままで居ればよかったし、舐めてかかるのなら最初から最後まで侮って居た方が、幾らかマシな結果になっただろう。忍足はその辺の駆け引きをよく分かていた。
「でもよ。それってこう、あくまで心理的な話だろ?あの差はそれだけじゃ開かねえだろ。」
「まあ、元々コツは知っとったから。」
「コツ?」
「クロールのコツ。可憐ちゃんと勉強してん。」
「へっ!?」
「スポーツ科学の話や。ここ最近、ずっとやっとったやろ?」
「・・・あああ!」
テニスの事が分からないからテニスの事を知ろうとして、勉強し続けたここ数週間。
2人は本当に沢山の資料に目を通した。テニスの専門書は勿論、筋トレの基礎の話から生物学的な人体の話まで。
忍足は可憐の勉強を見ながら、いつかどこかで役に立つかもとテニス以外の話題についても逐一目を通していたのである。
勿論その中には水泳の話題もあり、忍足は記憶の引き出しから今日それを全部引っ張り出してきた。
「じゃあイメトレイメトレってあんなに煩かったのは?」
「こうした方が良い、みたいなコツは知っとっても実際やった事はあらへんかったし。頭の中で前以てイメージしといた方が良いやろと思うて。」
「練習の時のろのろ泳いでたのもか?」
「早泳ぎの方法は試したかったんやけど、相手に泳ぐん速いて思われるのも嫌やろ?せやから、知ってる事と逆の事してみよかと思て。」
本と逆の事をして動きが遅くなるという事は、転じて本の言う事を忠実に聞ければちゃんと速くなるという実証になる。これで然程の成果が上がらなかったらどうしようかと思ったが、ちゃんと遅くなった。可憐との勉強はしっかり役に立ったのだ。
「お前、そんな事が出来るんだったら普段からもうちょっと本気で泳げよ。部活の時とか。」
「部活で早泳ぎする意味はあらへんやろ。」
「まあ、部長様的には水泳を上手くやって欲しいんじゃなくてあくまで筋トレが目的だから、ね。・・・で?」
「「「で?」」」
「あら。皆何か忘れてない?条件よ、条件。自分が勝ったら何してくれる、って話もしてたでしょ?あれは一体どうなったのかしら、って聞いてるのよ。」
そうだった。
可憐も負けられない事に必死になっていたが、勝ったら勝ったでお終いじゃなかった。忍足側も条件を出していた事をすっかり忘れていた。
ギャラリーの前で勝負を受ける、と言った時は此方にもメリットが欲しいとは言っていたが、具体的に何とまでは後でと言っていた。そして同時に勝負の前までには決めるからとも言っていたから、今はもう決定してるわけだ。
どうなったの?と聞きたげな視線を一身に浴びながら、忍足はちょっと得意げに微笑んで言った。
「・・・内緒。」