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(ああ緊張する・・・)

紫希は嫌なドキドキを抱えながら、早朝の学校で仁王を待っていた。

昨日の晩、寝る直前に仁王からLINEが入っていた。
「聞きたい事があるから明日学校で」と言われ、続きに「何時でも良いが誰も居ない時に聞かれた方がお前さんの為ぜよ」とあった為、紫希は即「朝練の前でお願いします」と返した。

テニス部の朝練は早朝6時からなので、じゃあ5:20分に待ち合わせで、と話が纏まった。
逆算して紫希は4時起きになったわけだが、眠いとかそんな事は良い。それより何を聞かれるのかという不安と、人見知りが発動してのドキドキの方が紫希には大きな問題である。

(落ち着いて下さい、大丈夫大丈夫、仁王君は良い人、仁王君は良い人・・・)

微妙に間違っているような呪文を心の中で唱えていると、その仁王の足音が教室に聞こえてきた。

「プリッ。早いの、まだ10分前じゃぞ。」
「おはようございます。待たせるのは申し訳ないですから・・・」

仁王はスタスタと紫希の隣、真田の席に座り椅子ごと横を向いた。

「昨日のライブの話じゃが。」
「はい・・・」
「本題に入る前に一つ聞きたいんじゃが、お前さんは何をどうしたい?」
「どう・・・・?」
「可能とか不可能とかはこの際棚上げしんしゃい。お前さんはどういうライブが理想的なんじゃ。」

昨日仁王が作戦を詰める上で気になったのが、紫希は結局最後迄ああしたいこうしたいと希望を述べなかった事であった。それを聞いてからでなければ、作戦は絞れない。

「どういう、ライブかと言われると・・・」

可能、不可能は棚上げ。

それなら、紫希の意思は決まっている。




「・・・私、最初のプランのライブが良いです。」




紫希は膝の上でギュッと手を握った。

「最初っちゅうと、あの企画書のか。」
「はい。あれは皆で考えた演出ですから、他の人に足されたり削られたりしたくありません。」
「他には?」
「なるべく沢山の人に見て欲しいです。段取りで手こずって、もたもたして、「なんでも良いから早くやってくれないかな」なんて思われたくないです。ビードロズは、紀伊梨ちゃんと千百合ちゃんと棗君は、本当に凄い実力があるんです。どんなに凄いか、皆に分かって欲しくて、楽しんで欲しくて・・・」

言葉に強い紫希が、捲したててしまっている。必死になればなるほど言い募る事しか出来ない。

でも、この気持ちは本物。

「・・・ですから、私、それが出来るならなんでもやります。どんな事でもです。だから、だから、」
「分かった、分かった。もう良い、十分じゃき。」

手を軽く上げて制止する仁王。

(・・・しっかし、此の期に及んでまだ嘘を吐くとは、見上げた根性じゃ。)




本当は。
1番前で見たいくせに。




「お前さんも強情ナリ。」
「す、すみません・・・?」
「まあそういう奴は嫌いじゃないダニ、別に気にせんで良いぜよ。」
「そうなんですか・・・?」

ともあれ、これで作戦は固まった。
後は細部。

「よし、じゃあ今日の本題に入るぜよ。」
「はい。」
「遠回しにしてもしょうがないきに、はっきり聞くが。」
「はい。」

「お前さん、好いとる男子は居らんのか?」

例えば、此処に一杯のブラックコーヒーがあったとしよう。
飲んでみたら実はカップに入っているのはめんつゆでした。

今が紫希感じている、思いがけないしょっぱさはそういう感じである。

「どうした?居らんのか。」
「居ません。」

即答も即答である。

「本当か?誰にも言わんぞ。」
「本当に居ません・・・申し訳無いんですが、居ない人の事はお話出来ません・・・」
「ふうむ・・・じゃあ逆じゃ。」
「逆?」
「お前さんの事を好いとる男子は居らんか?」
「居るわけないじゃ無いですか・・・」

何考えて居るのだろうか。やはり分からない、仁王雅治という男。

「駄目か。どうせならと思ったんじゃが・・・」
「どうせなら?」
「いやまあこっちの話じゃ。となると・・・1番仲の良い男子ならどうじゃ。」
「仲の良い?それなら・・・」
「あ、待て。なっちんは省いてくれ。」

となると1人に絞られる。

「幸村君です。」
「避けたい展開じゃな。」
「な、何か駄目でしたか?」
「駄目っちゅう事もないが、要らんリスクは進んで背負うもんでもないきに。」

(リスク?)

何の話をしているのか、紫希にはさっぱりだ。

「その次となると、順当に考えて柳か?」
「柳君・・・」

いや。
柳も男子では比較的話す方だが、それよりも。

「・・・いえ。」
「違うんか。」
「テニス部の、丸井ブン太君、です。多分・・・」

仁王は少し目を見開いた。
予想外の名前だ。

「丸井の名前がこんな所で出るとはのう。」
「な、何かいけなかったでしょうか・・・」
「いや、そういうわけじゃない。」

丸井と、紫希。
なかなか面白い取り合わせだ。

「なら、暫定的に丸井で行くか。」
「あの、何を、」
「まあまあ、後で教えちゃるきに。」
「えええ・・・」

何故今教えてくれないのだろうか。

「も一つ聞くが、五十嵐はどうじゃ?」
「紀伊梨ちゃん、ですか?」
「おう。好いたり好かれたり。」
「ううん・・・」

紫希は記憶をちょっと反芻するが。

「・・・好かれたり、は分かりませんけど、好きな人は今居ないんじゃないかと・・・」
「ほう。居そうなもんじゃが。」
「聞いた事無いです。好きとか、かっこいいとか・・・男の子を褒める時は、「凄い」って言いますし。」

紀伊梨は「惚れっぽそう」とか「ミーハー」とか思われる事が希にあるが、実際は別にそんな事は無い。

「そうか、意外じゃな。」
「・・・私達。」
「?」
「小学生の頃から、千百合ちゃんと幸村君がお付き合いしてきたの近くで見て居ますから。だから、考えちゃう事も多いんです。好きってなんだろう、とか。恋人って、どんな存在なんだろう、とか。この歳で、生意気ですけれど。」

紀伊梨があまり男子に向かって好きだのかっこいいだの言わないのは、そういう理由があると紫希は踏んでいるし、実際にその通りであった。

誰かを好きになるとは。
恋に落ちるという事は。

異性の誰かをかっこいいな、と思う事は無いでは無いけれど、この疑問が頭を過る度に紫希も紀伊梨もその子の事をそういう目で見られなくなる。




そんな事考える余裕がある時点で、恋じゃない。
紫希も紀伊梨も、千百合と幸村にその事をよくよく教えて貰っていた。




「すみません、話が逸れました。ええと、ですから、紀伊梨ちゃんも特に今居らっしゃらないと思います。」
「・・・そうか。分かった、それだけ聞ければ十分ぜよ。悪かったのう、時間を取らせて。」
「もう質問は終わりですか?」
「ああ。聞きたい事は大体聞いたきに、後は臨機応変にっちゅう所じゃな。」
「あの、先程からリスクとか臨機応変とか、よく分からないんですが。」
「プリッ。」

紫希はちょっと分かってきた。
何かを聞いてこう返してくる時は、今は答える気あんまりありません、の意だ。

「そうじゃ。これは質問とは違うんじゃが。」
「はい?」
「今日の昼は一緒出来るか?」
「はい、構いませんけど・・・」
「よし。そんなら又連絡するき、空けときんしゃい。」
「はい。」
「それからもう一つ。」
「はい。」
「今話した事は、当日が終わるまで誰にも言わん事じゃ。良いな。」

誰にも。

「誰にもというと、紀伊梨ちゃんにも千百合ちゃんにも・・・」
「誰にもじゃ。言って良い人間は俺が指示するが、他の奴には絶対言うな、絶対じゃ。漏れたら終わりぜよ?」
「わ、分かりました!頑張ります!」
「良し、良い子ナリ。」

仁王は笑った。

これで良い。
敵を騙すには、先ず味方を騙さねばならないのだから。