「・・・・・・・」
「紀伊梨ちゃんが起きてる・・・だと・・・?」
「天変地異の前触れじゃね?」
「まあ、授業聞いてるとは思えないけどな。」
紀伊梨は一限が始まってもボーッと起きていた。
いや、頭の中ではこれまた珍しくも、考え事をしていたのだった。
反芻するのは、予鈴が鳴って棗と戻っているときの会話。
「ねーねーなっちん?」
「んー?」
「千百合っちと真田くんって、あんなに仲悪かったの?」
幸村のテニススクールメイトにして、今は同じ立海に通う生徒でもある男子、真田弦一郎。
その真田と千百合の折り合いがあまりよろしくないのは、紫希伝いに紀伊梨も聞いていた。
しかし今日見た光景は予想以上と言わざるを得なかった。
あの千百合があんなに噛み付いてるなんて。
答えを求めて見上げた棗の顔は、ちょっとだけ眉を下げて笑っていた。
「んー・・・仲悪い、ってのとはちょっと違うかねー、俺的には。」
「違うの!?」
「千百合はさー、なんちゅうか真田の事見てると羨ましいんだよ。そして悔しい。」
「うら・・・?」
羨ましい。
千百合が、真田を。
「羨ましいってどの辺がー?テニスとか?男子でテニス部だから、ゆっきーの近くに居られる、みたいな?」
「微妙に近いな。んー・・・紀伊梨はさ、音楽好き?」
「大好き!」
そんなの聞くまでもない。
世界で1番好きな物だ。
「じゃあ音楽を馬鹿にされたらムカつかない?」
「それは嫌!」
「だよね。じゃあその馬鹿にしてきた奴が、自分よりギター上手かったらどう?」
「ちょー悔しい!」
「それそれ。それと同じよ。」
「んお・・・?」
同じと言われても何処が同じなのかさっぱり分からないのだが。
「真田の生き方って言うのは楽なの。」
「楽ー!?何処が!?なんかいっつもピリピリピシーッ!てしてないといけないんっしょ!?」
「そうだけど、要は極端なの真田って奴は。自分に厳しく、他人に厳しく。いつでもそのスタンスを崩さないけど、それって逆に言うと他のやり方は考えてないんだよ。これが正しい、だから他のやり方は間違いなんだ、って決め打ちして生きてるから、悩まないし強いし。」
「うーん?」
それって楽なんだろうか。
真田と正反対のタイプの紀伊梨には、いまいちピンと来ない。
「・・・でもさー、それって千百合っちも、ちょっと似てるよね?」
「お、良いとこに気がついた。そうだよ、千百合もそういうとこあるよ。」
紫希は棗に、千百合と真田は似てるのでは?と零した事がある。
あれは当たっているのだ。
「・・・けど、千百合はそれじゃいけないと思ってるんだよ。」
「うん?」
「彼奴も実は常識とか正論とか好きだけど、でも何時如何なる時だって正論ばっかり言ってたって結局解決にならないって千百合は考えてて、ある程度柔軟になろうとしてるんだ彼奴は。
なのに真田は目の前で極端極端アンド極端な事しちゃうでしょw千百合はそれが鼻についてしょうがないってわけ。1人で楽して、目標を馬鹿にされてるみたいで、イラついて仕方ないんだよ。真田が悪いわけじゃないけどね。」
「・・・・・・・」
「しかもその真田が今、幸村の1番近くに居る人間だからね。私の努力って、何?ってなっちゃう気持ちも分かるよ。」
「・・・ねー、なっちん。」
「うん?」
「千百合っちは無理してるの?」
今の話を総合すると、千百合は要は真田の様な生き方が楽なのだ。でもそれはいけないと思うから自分を変えようとしているが、反面極端な姿勢のまま突っ走っている真田に羨みと苛つきを覚えているという事になる。
そうすると、紀伊梨としてはある考えが浮かばざるを得ない。
千百合が柔軟にならねばならないのは、自分の所為では無いか?
自分がルーズだから、それをある程度許容する為に千百合は無理をしているのでは無いだろうか。
「もしそうなら、」
「馬鹿がw」
「馬鹿あ!?」
「あのね、確かに性格を変えるのは大変よ?面倒だししんどいし。でも彼奴はやりたいからやってるの。」
「やりたいから?」
「そ。千百合はさー紀伊梨。お前の事見習いたいと思ってるんだよ。」
紀伊梨は目をまんまるにした。
「・・・私?」
「そう。」
「紫希ぴょんじゃなくて?」
「紫希の事もだけどね。でもお前の事も同じくらい思ってる。紀伊梨みたいに前向きだったら、希望でいっぱいで正直だったら、って。」
千百合の友人関係の中で、紀伊梨のような人間は少ない。
底抜けに明るくて、無邪気で、そんな紀伊梨を素敵な女の子だと千百合は思っている。
紀伊梨みたいな女の子にはなれない。
でも、良いところを真似する事ならきっと出来る。
千百合はずっと昔からそう考えて、そうあれるように努力していた。
入学式の日、幸村に「なんとかなる」と言う事が出来た千百合は、確実に成果を上げ始めているのだが、本人はまだ気がついていない。
キーン・・・コーン・・・
「やべえ本鈴鳴ったwじゃ、そういう事で!」
「あ!」
立ち去る棗の背を、紀伊梨は少し長く見送った。
(千百合っちが、私みたいに?)
全然考えてもみなかった。
(でも、私も2人って凄いなーって思うもんね。それと同じ?千百合っちも紫希ぴょんも、私みたいに思ってくれてるのかなあ?)
紀伊梨は2人の友人をとても魅力的な女の子だと思って止まない。
千百合はどんな時も落ち着いていて、大人びていて、何が相手でも怯まない姿は強くて凛としていて、憧れてしまう。
紫希は誰よりも優しく、丁寧で穏やかで、出来ない事に立ち向かう根気を持っていて、千百合とは違う種類の憧れがある。
取り立てて聞いた事は無いけれど、2人も自分以外の2人に関して思う所があるのだろうか。
もしそうなら嬉しい。
嬉しいけれど。
(でもそれで喧嘩になっちゃうのは困るよねー!なんか違うっていうか、なんて言うんだっけこれ?あれ?こないだ紫希ぴょんに教えて貰ったのに!えーと、えーと、ほ、ほん・・・ほん・・・あるぇー?)
「五十嵐!」
「ひゃい!」
机を丸まった教科書が叩いた。
「珍しく起きてると思えば・・・お前聞いてるのか?」
「き、聞いてるでやんす!そりゃもうばっちり!」
嘘です。
「ほおーお。じゃあ前に書いてある熟語、読み方は分かるな?」
「うええ!?えっと、えっと・・・あ!」
これだ。
正しくこれ。
「ほ、ほんまつてんとー!」
うおおおおお!?、と起こる歓声。
「五十嵐が正解しただと!?」
「ウソー!?」
「ほう、勉強したな五十嵐。」
「へへーん!ま、紀伊梨ちゃんだってやれば出来るんだからねっ!」
偶々なのに大威張りする紀伊梨。
この度胸は紫希にも千百合にも無いであろう。それで良いのかと言われると微妙だけど。
「今五十嵐が言ったとおり、これは『ほんまつてんとう』と読む。意味は・・・」
一安心して椅子に座りなおすと、後ろから肩を突かれる感触。
「おい。」
「ん?なーに、ブンブン?」
「お前なんか悪いもんでも食ったのかよい?」
「だからどういう意味!?」
どうして自分がちゃんと勉強する=何か変なもの食べたという発想になるのだろうか。
失礼だと思わないのかと思う紀伊梨だが、これは残念ながら丸井に分がある。
「食ってねえの?」
「ないよ!紫希ぴょんに前教えて貰ったから覚えてたの!」
「あ、なんだそれなら納得。」
「むー・・・」
その通りなのだが、何か釈然としない。
「そーだ、序でに聴いちゃお!」
「ん?」
「ブンブンはさー、イライラする人が居たらどうする?」
「イライラ?」
「そう。もー、言う事もやる事もちょームカつく!って人。」
「関わらなきゃ良いだろい?」
「それは駄目なのー!」
「んー・・・」
シンプルな思考の紀伊梨は、ムカつくというのならそれはそれでしょうがないと思っている。
だからイラつきの原因を除くのではなく、如何にして苛つきを流すか?それを考えた方が早いと思った。
「ムカつくって具体的にどうムカつくんだよ?」
「うーん、なんかこう、馬鹿にされてる?的な?」
「そんなもん、無視すりゃ良いだろい。」
「そーはいかないのー!」
「はー・・・あのな、五十嵐。」
「ん?」
「馬鹿にされてムカつくって事はな?それが図星だからムカつくんだよ。」
痛い所を突かれると人は皆立腹する。
その事を3人兄弟の長男である丸井は、兄弟喧嘩を通して知っていた。
「ずぼし・・・って何?」
「辞書引けよい。とにかく、相手の言う事も当たってんなと思うからムカついたりするんだよ。向こうが間違ってるって本気で思ってるなら、彼奴馬鹿だなって思う事はあっても、ある程度の事は流せるぜ?」
「はー!なるへそ!」
確かにそれはそうかもしれない、と紀伊梨は納得した。
が。
(・・・ん?でもそれって結局解決になってなくないすか?)
だってそもそも、千百合は真田と同じような考え方をしていたのであって、そして其処から色んな考え方が出来るようになるべく方向転換したのだから、真田が間違ってると決めつけるのは違う方向に極端になるのであって・・・
「・・・ああああ、分かんなくなってきちゃっーーーいたあ!」
「こら五十嵐!お前、真面目にやってると思ったらお喋りか!丸井、お前もだ!」
「げっ!」
国語の教師に怒られながら、紀伊梨は内心で、まだまだ間に入る日々が続くであろう紫希にエールを送るのだった。