紫希は川べりの石にハンカチを敷いて、足だけ水に浸けて座っていた。
手に持ったノートは本当は水に近づけないほうが良いと分かっているけれど、必要だから仕方がない。
紫希のテーマは詩の練習である。
川を材料にして、擬音、センテンス、ちょっとした短編などを考察したい。
これも練習である。
「む、春日は何をしている?瞑想中か?」
「あ、真田君。」
瞑想ってなんだよお前と一緒にすんな。と、もし千百合が居れば間違いなく言ったであろう。ここで発想が真田らしいなあと穏やかに思えるかどうかが真田とぶつかる者とぶつからない者の差である。
「私のテーマが、川のイメージを元にした詩なんです。なのでちょっと川を見ながら考えていたんです。」
「ほう、風流だな。」
「真田君は?」
「俺は何か、川を使って出来る修業が無いかと考えていた所だ。」
「しゅ、修行・・・そうなんですか・・・」
人間、ちょっとした苦労の事を「これも修業だよw」なんて軽く言う事はあるけれど、多分真田の言う修業はそうじゃない。ガチの修業だ。
「・・・真田君って、どんな修行(?)をしてらっしゃるんですか?」
「そうだな、殆どの鍛錬は半分以上習慣の様なものだ。それ以外の修行と言うと、個人的に山に赴いた時には滝で打たれるなどしているな。」
(あれって本当に出来るんですね・・・いえ、元々実際に人間に出来る事だからこそ修行のイメージに採用されてるんでしょうけど・・・)
「ただ、お前には進めん。体力の無い者や気が緩んだ者が行うと、滝壺に呑まれて命を落とす事もある。」
「はい、私も自分に出来るとはとても思えません。」
普通の事だって人並みよりも下の出来なのに、滝に打たれるとか絶対出来ない。間違いなく死ぬ。
「あの滝の修業って、具体的に何が鍛えられるんですか?」
「それは個人によって様々だな。忍耐力であったり体力であったり、まあ最終的には色々な物が身に着くわけだが目的は個人によって違っていて良い。俺は主に集中力に重きを置いているが。」
「集中力・・・」
こんな事言っているが、忍耐力というものがもし気の長さという意味合いを持っていた場合、実は真田のそれはあまり鍛えられているとは言えないのかもしれない。紫希は気が付かないが。
「集中力の鍛錬は必要だ。俺は今言った物の他にも豆を箸で移す修行でも養っているが、集中力が鍛えられているかどうかで日々の生活は大きく変わる。」
「そうなんですか・・・」
「俺の場合はテニスの試合で発揮される、と思われがちだが実はそうと限らない。」
「勉強のお話ですか?」
「それも含まれるが、そもそも普段の練習に対する集中力が変わってくる。最終的には、日々の部活の効果の底上げに繋がるわけだ。」
(日々の効果の底上げ・・・)
「?どうかしたのか?」
「あ、いえ!何でもありません、続きをお願いします。」
「そうか。兎に角、試合であったり勉学のテストであったりというものは突き詰めると日々の己の鍛錬の成果だ。従って、勝負の時のみ集中していても然程意味は無い。やはり日頃から集中して物事を成していなければな。」
「成程・・・」
頷きながら紫希の脳裏に巡るのはキーボードの事である。
キーボード。
舞台に立つと決めてから紫希は毎日家で練習しているが、実際の所お世辞にも捗っているとは言い難い。
それは真田が今言ったように、日々の練習に思っていたほど集中していないから、なのかもしれない。紫希はそう思った。自分ではやってるつもりでも、結果が出ないという事は出来てない事の証拠なのか。
こう、自分を苛める方向に考えが固いのが紫希と真田の相性の良い所であり。ある意味2人して突っ走りがちなところでもあり。
「どうした?お前も集中力を鍛えたいのか?」
「はい。」
「そうか。ならば滝を使うもの以外の方法を教えよう。一先ずお前の家でも出来そうなものがーーー」
ビシ!
と音がしたのを紫希は聞いた。
真田の後頭部に紀伊梨の水鉄砲が直撃した音である。
あ。と重なる紀伊梨と仁王の声。
「・・・・・・」
「さ、真田君、大丈夫ですか・・・」
「あ、あのー・・・・違うお?わざとじゃないお?」
「俺は関係ないき。」
「関係あるっしょー!大体紀伊梨ちゃんはニオニオを狙ったんですよっ!なのにニオニオが避けるから、」
「五十嵐貴様・・・一度ならず二度までも!」
「ちょっとーーーー!だから紀伊梨ちゃんのせいじゃな・・・いや紀伊梨ちゃんのせいなんだけど!でも紀伊梨ちゃんのせいじゃ、」
「問答無用だ!」
「だから紀伊梨ちゃんの・・・紀伊梨ちゃんのせいなのにいいいい!」
(紀伊梨ちゃん、紀伊梨ちゃんのせいになってますよ。)
つい先日もプールで似たような光景を見たばかり。
既視感につい微笑みを零しながら、紫希はノートを置きに立ち上がった。
あれじゃ当分終わらないだろう。
ノートを仕舞って戻ったら、自分も混ぜてもらおう。