川遊びして良いよと言われたら、中学生の大半は中に入って遊びだす。
ただし、一部例外はある。どんな事にもだ。
「・・・・・・・」
「・・・黒崎?どうした?」
川のほとりで棒立ち状態の千百合に柳が声をかけた。
生来面倒がりなのはもう知っているが、これはだらけてるとかそっちじゃないような気がする。
「気分が悪いのか?」
「ああ、うん。ある意味。」
「?」
「ねえ柳、この場合一番虫の居ない所ってどこ?」
「ああ。」
虫嫌いにとって、そもそも山と言うやつは天敵に等しい。
あっちを見てもこっちを見ても何かしら居る。目に見えてなくても絶対居る。
「単純に個体の総数を考えるならば水中だろうが。」
「少ないだけで居るんでしょ?」
「居る。」
「あー、イヤ。帰る。」
心底嫌そうにする千百合に、柳はふっと笑ってしまった。
そんなに嫌か。いや、嫌なんだろう。
「嫌なら大人しく水中に居た方が良い。」
「嫌よ。」
「大抵の水生昆虫は、昆虫の方で避けてくれる。進んで居そうな所を探したりしない限り、目に触れる事は少ない。」
「アメンボとか居るじゃん。」
「アメンボだって、これだけ子供が跳ねまわっている所からは逃げていく。今はもう、逃げられる虫は人の気配を察して粗方逃げた後だろう。頃合いだ。」
「えー・・・」
「因みに、お前のテーマはなんだ?」
「水質。PH調べるやつ。」
「成程、水を採取すれば終わるわけだ。」
「そう。紫希とか真田とか真面目に考えてたみたいだけど、私面倒だし。」
水質を調べるというのは妥当といえば妥当だが、見ようによっては誰もが真っ先に思いつくテーマであり非常に安直とも言える。
実際、柳調べのデータの中で「水質調査」「川辺の生物」のどちらかを選んだ生徒は全体の凡そ7割。その7割の中に千百合はきっちり入っているのだった。
「まあ、レポートに支障が無いのなら無理に川に入る必要も無いだろうが。」
「川に入るとか入らないとかじゃなくて、バスに引っ込んでちゃ駄目かな。」
「ただでは不可能だな。仮病でも使えば話は別だが。」
「仮病は駄目。」
「ほう?何故だ、お前なら使ってもおかしくない手段だが。」
「・・・とにかく駄目。」
何故駄目か。
それは仮病というやつの性質に由来する。
仮病というのはこういう時、相手に対して体が辛いフリをせねばならないのである。頭が重いんですーとか、眩暈がするんですーとか、ちょっと吐き気がーとか言って。
ただそれをすると先生より過剰に反応して、仮病だと言っても本当か無理してるんじゃないかと頻りに疑って心配してくる者が居るのである。
紫希とか。幸村とか。あと幸村とか。それから幸村とか。他には幸村とか。
小学校の頃は度々仮病を使っていた千百合だが、混じり気のない純粋な心配の眼差しに段々耐えられなくなって、結果的にだがサボる癖はなりを潜めたのだった。
こういう時千百合は棗が少し羨ましい。
紫希は分け隔てなく心配するが、幸村は棗が仮病を使っても割と放っておく。
差別じゃないかと昔言ったら、大真面目な顔で区別だよ、と返されたっけ。
「黒崎?」
「いや、何でもない。」
「そうか。まあ何にせよ、そこでじっと立っているとそれこそ気分が悪いのかと勘違いされる。多少は川に入った方が良い。色んな観点からな。」
「あーあ・・・」
「気が進まないか。」
「まあそもそも此処に居ることに気が進んでない。」
「・・・水中の虫を全て取り除く事は出来ない。」
「分かってるってb「ただ、限りなくそれに近づける事は出来る。しようと思えばだが。」え?」
「要は、気にならなければ良い。足元の蟻が小さすぎて見えないから気にならないとの同じで、意識を虫から完全に逸らせば入れるはずだ。」
「いやまあ、アレルギーとかじゃないからそりゃあそうかもだけど。でもそんな事言ったってどうするつもりよ。」
「幸村に手を引いて貰え。」
「私あんたが冗談言うの初めて見た気がする。」
バレたか、と言って笑う柳に千百合は水に入りたくなった。
入って、足元にでも冷たい水を引っかけてやりたい。そのくらいは良いだろう、どうせこの夏海かプールに行くんだから。予行練習だ。
「ただ計算上、実際有効な手段ではあるが。」
「しないから。」
「そうか。まあ選択肢の一つとして・・・黒崎、もう2歩後ろか前に動け。」
「は?」
意味が分からないと思いつつ言われた通り後ろに2歩下がると、その直後、自分が立っていた所にビシャ、と水が飛んできた。
「あー!千百合っちごめーん、ってうおおお!ちょっと、人に謝ってる時は攻撃止めようよー!今のどっちー!?なっちん!?ニオニオ!?」
「「此奴。」」
「もーーー!」
「賑やかだな。」
「つうか、こないだもやったじゃない。同じ事を。」
「何度やっても良い物というのはある。」
「そんな良い事?」
あれが?
と思いながらわあわあ騒ぐ友人達。
最初紀伊梨と仁王から始まったじゃれ合いは、今やどんどん人数が膨らんで大変な事になっている。
もう一月したら場所が海に変わるのだろう。
「8月になったらもっと暑いかな。」
「此処よりは確実に暑いだろうな。今はなんだかんだ言ってもまだ7月で、おまけに山の中だ。」
「そっか。」
「待ち遠しいか?」
夏休みは7月からある。
とは言っても予定の多くは8月に詰め込まれているので、生活が充実した夏休みらしくなるのはやっぱり8月になるだろう。
待ち遠しいか。
「・・・まあね。」
「そうか。まあそうだろうな、俺も夏は待ち遠しい。」
「そーでしょうね。」
自分さえ思うのだから、他の人間はもっと待ち遠しかろう。
「入るか。」
「入る気になったか。」
「かけられる前にかけてやろうと思って。」
どうせ言ってる間にとばっちりが来るのだ。
なら奇襲をかけてやるとしよう。
・・・にゃあ。
「ん?」
「どうした?」
「・・・いや。」
紀伊梨も見た見たとしきりに言っていた。
つくづく猫が多いな此処は、と千百合は聞こえた鳴き声に思うのだった。