Camp school:Cowardly spirit 1 - 3/5



葉玖戸神社は小奇麗な神社だった。
中へどうぞと案内されて、何人かは凄いぼろっちさを覚悟したのだが、単に古めかしいだけでとても綺麗に整えられていた。

人数分の座布団とお茶、それから新海の持参した手土産を広げて車座になった一同。

「改めまして、皆さん初めまして。ようこそ葉玖戸神社へ。此処には僕しか・・・居ませんので、どうぞ寛いで。足など崩して貰って良いですから。」
「やた!」
「おい、五十嵐!すみません・・・」
「良いんですよ、先生。子供にずっと正座してろと言う方が無茶です。さて・・・今回の事は黒崎君から聞いています。逃げた精霊を捕まえようと。そういう話だったと思いますが。」

松風はざっと全員を見回して。
そして紫希に目を合わせた。

「そこのお嬢さん。春日紫希さんでしたね?貴方は難しい。」
「えっ?」

紫希は目を見開いた。

「なんでー?どーしてー?」
「春日さん、貴方の親族で・・・そうですね、例えばお祖母さん辺りでしょうか。信心深い方がいらっしゃいませんか。」
「あ・・・・」

居る。
母方の祖母、荻倉美玲である。

年寄りというのは総じて信心深い場合が多いが、それを差し引いても祖母のそれは人を上回っていると、紫希も思っていた。

「居るでしょう。」
「はい・・・」
「その影響でしょうね。貴方はとても強く守られています。そしてそれ故に遠ざけてしまう。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」
「はい先生、なんでしょう?」
「あの・・・えーと・・・その、春日は守られている?んですよね?」
「はい。ああ、ですから怖がらなくて大丈夫ですよ。悪いものではありません、守護してくれてるわけですから。逆に悪いものを遠ざけようと・・・」
「松風さん。春日を守っているものが居るとして、それが精霊を遠ざけるのだとしたら、つまり俺達が探そうとしている精霊というのは、悪いものということになるのではないですか?」
「ああそれそれ、真田有難う・・・」

松風はキョトンとした顔をした。

「・・・ああ!成程、そういう。すみません、言葉が足りませんでしたね失礼。そういうわけではないですよ。」
「ではどういう事です。」
「厳密に言うとですね、春日さんの方が弾いているわけではないんです。精霊が勝手に怖がって遠ざかってるんですよ。春日さん、貴方はお祖母さんが何を信仰しているかご存知ですか?」
「いえ、あまり良くは・・・」
「そうですか。おそらくですが、貴方のお祖母さんの信仰対象はおそらくお狐様でしょう。」
「それってお稲荷さんって奴?」
「丸井ー、お稲荷さんって狐の事じゃないんだぞー・・・」
「え、マジで?」
「そーなの!?」
「五十嵐まで・・・そーなの!違うの!」
「ははは!流石ですね先生、その通り。お稲荷さんというと狐のことだとお思いの方は大変多いですが、稲荷大神というのは漢字の通り豊作を司る神の事です。これは狐ではない神様ですが・・・実はこのお稲荷様の使いが狐なんです。」
「使い?」
「まあわかりやすく言うと部下のようなものですね。昔の人は皆豊作を願って稲荷大神を大切にしてきました。そしてその延長で、使いである狐のことも大事にしてきたんです。それが巡り巡って、稲荷とは狐のことだという勘違いが生まれたんですよ。」
「そのくらい知っておかんか!貴様らそれでも日本男児か!」
「んな事言ったってよー。」
「っていうか、紀伊梨ちゃん男子じゃないもーん!」
「あっはっはっはっは!」
「すいません、騒がしくて・・・」
「何を仰います先生。楽しいではないですか。」

松風は笑いながら茶を啜った。

「さて、話を戻しましょう。春日さんには狐のご加護があるわけです。稲荷大神と関係のない、正真正銘の狐がね。」
「成程。確かこの神社の神も狐ではありませんでしたか?」
「柳君でしたね、ご明察です。その通り、ここの神も狐です。精霊は狐を怖がっているんです、例え此処のお狐様ではなくても。狐だというだけでね。まあ怒られると思ってるんでしょうね、約束をすっぽかしたわけですから。」
「ん?」

湯呑を持ち上げた幸村の手が止まる。

「待ってください。」
「はい?」
「約束と言いますが、俺達の聞いた伝説では約束は神様が取り付けたのであって、精霊の方に非はないのでは?」
「そうですね。約束を勝手に取り付けた・・・というか、そもそも勝手にバラしたのが神の側なので、精霊がこそこそする謂れはありませんよ。」
「では何故?」
「それに関しては、精霊自身でない限り本当のところは分かりませんが。ただまあ・・・そうですね、皆さん自分の立場だったらと置き換えてみればわかるのではないでしょうかね。結果的に、一番悪くない者を一番傷つけてケツをまくって逃げたわけですから。」
「ああ、成程。」
「えー、何ー?どーいう事ー?」
「多分精霊は、自分が一番怖いんじゃないかな。」

約束を吹っかけたのが神様側で、バラしたのが神様側で、それで一番割を食ったのは人間なのだ。精霊は神様云々を置いておいて、神社に来た人間のその愛に報いねばならなかったのに、臆病風に吹かれて出来なかった。
何の事は無い、精霊はただ自分の罪悪感にこそ一番怯えているのだった。
狐に怯えているのなんて、自分への誤魔化しの一端に過ぎないのだ。

「常々思ってはいましたが・・・なんとも人間臭い精霊ですね?」
「柳生君は、精霊をどういうものだと思っていましたか?」
「どういう・・・」
「もっと高尚で?高潔で?人間離れした思考を持っている?まさか。精霊の多くは我々と同じですよ。同じ国に住んで、日々物を考えて生きているんですから。」

(・・・っていうか思ってたけどさ。)
(この人・・・悪い人じゃないんだろうけど、さっきから言ってる事が・・・)

「なんだか、精霊が本当に居る体でしか話をせんの。」

千百合と桑原が・・・いや、他の者も含めて思っていた事を、仁王が遂に切り出した。

「馬鹿、仁王・・・!」
「なんじゃ、先生はそう思わんか?」
「あのな!お前な!」

居ないと思うのなら、土台こんな事頼むべきじゃないんだよ。
信じるとか信じないとか以前に失礼な事言わないで頼むから、とそれこそ神に縋りたくなる新海を他所に、松風は仁王の方を見てにっこり笑った。

「突然ですが、皆さん。私の趣味は何だと思いますか?」
「趣味?」
「はいはーい!おそーじ!」
「なんで掃除なのよ。」
「えー、だってこーいう神社の人ってさー、何かいっつも掃除してないー?」
「それは趣味じゃなくて仕事なんだよw」
「ふふふ、ハズレ。正解は・・・パチンコです。」
「「「「「「「え?」」」」」」」

松風は事もなげに言った。

「他にもありますよ?煙草と、競馬と、最近体が辛くなってきましたがDDRも好きですね。若い頃は夜通し漫画喫茶で麻雀したり、カラオケしたりしたものです。」
「へー!それなのに神社のお仕事してるのー?」
「そうなんです。それは何故かと言うと、仕方がなかったから。」
「仕方にゃい?」
「そうですよ。私はね、本来性格的には神主なんてものには向いてないんです。まめな方じゃ無いし。殊勝でもないし。慎ましやかな生活とか好きじゃないですし、世間の俗っぽい所がこれで結構好きなのでね。ただ・・・そうですね、黒崎さん。」
「私?」
「はい。ペットはお好きですか?」
「そんなに。見てる分には可愛いけど、世話は面倒臭そう。」
「そうですか。では、ある日家に帰って来た時玄関に猫が捨てられて居たら、貴方は飼えないからと言って其処に放置しますか?」
「いや、それは・・・」
「では、保健所に連れて行きますか?それとも他の所に捨て直しますか?」
「そこまでは流石に。」
「そうでしょうね、普通はそうでしょう。例え自分で飼えないとしても、里親を探すなりなんなりするまで忽ちは家に上げるのが普通だと思いますよ。実際目の前に猫は居るわけですから、自分しか居ないとなればそう意固地になっても居られないでしょう。それと同じです。」
「同じってつまり・・・」


「僕もやりたいわけじゃないんですがね。実際『居る』んで、世話しない訳にいかないんですよ、現実問題。」


しん・・・と俄かに静まり返る部屋の空気。
松風が茶を啜る音だけが其処に零れて、又直ぐ消えた。

「・・・じゃーさー。」
「はい。」
「せーれーさんは居るんだよね?」
「居ますよ。私的には。」
「私的にはって、そんな取ってつけたように言われてもこっちも困るだろい。」
「神だの精霊だのの類はそう言うしかないんですよ。私は別に皆さんに信じさせるために話したんじゃありません。ただ、私にとって『居る』ものを『居ない』場合も想定して話せと言われても困るんです。そこだけご理解頂きたい。」
「ふーん・・・」
「・・・五十嵐、平気なのか?」
「およ?へーき?」
「五十嵐さんは、ホラーの類が苦手ではありませんでしたか?怖くないのであれば、それに越した事はありませんが・・・」

日頃あんなにホラーに弱いのに、松風の話はケロリンパと聞いている紀伊梨。
怖いのを頑張って聞いているのかと思いきや、どうもそういう風でもないし。

「別にー?」
「紀伊梨ちゃん、妖精さんとかそういうお話は大丈夫ですよね。」
「此奴が嫌いなのって、”ホラー”だから。”オカルト”は大丈夫よ。星座占いの話とか心理テストの話とかクラスでしてるでしょ?」
「ああ!そう言えばしてんな。そんで信じてるな。」
「俺としては、星座占いと神社の神を同列に信じていると言うのも違和感があるが・・・」
「真田はそうだろうなwまあ紀伊梨にとってはこの手の話は「幽霊」か「それ以外」か、怖いか怖くないかのどっちかしかないからw」

だから紀伊梨は、今はまだ怖くない。
怖いのはこの後。人数が減って、夜の屋外を出歩き出す時である。

「・・・そうですね。五十嵐さん。」
「お?はいはい!」

「おそらく、一番捕まえる可能性が高いのは五十嵐さんだと思いますよ。」