「こんばんは!ねーねーおにーさん!猫ちゃん見なかったー?」
明るく話しかけてくる紀伊梨に、青年は尚も微笑んで言った。
「見たよ。・・・もう、行ってしまったが。」
「えー!どっか行っちゃったにょー!?どっちー?」
「さあ。あまりよく見えなかったんだ、ごめんね。」
「えー!そっかー、残念・・・・」
しょんぼりと肩を落とす紀伊梨に、青年は続けた。
「ただ、大体の方向なら分かる。」
「えっ!?ほんと!?」
「ああ。あっちだったかな。」
「おお!」
紀伊梨は後から思い返すと自分でも不思議なのだが、この時猫の事で頭がパンパンだった。
夜道が怖いというのは、目の前に人が居るし公園の街頭も点いてるしという事があったとしても、本来だったら幾らなんでも「後続を待たなくちゃいけない」「一人行動は危険」みたいな発想は出てくる。
紀伊梨は元々後先考えない性格だが、それを差し引いてもだ。せめて連絡くらいはするだろう。
ただ、実際問題この時の紀伊梨は無意下で何かがおかしかった。
だからこのまま、スマホをちらと取り出す気すらも起こらず、そのまま猫を追おうとした。
「ありがとおにーさん!じゃー紀伊梨ちゃん、」
「あ、待った。」
「ひえええええい!?吃驚した!吃驚した!おにーさんちべたい!お手手がちべたいお!」
紀伊梨を引き留めようと掴んでくる青年の手は、こんなに暑いのに氷のように冷たかった。
まさかこんなにひんやりしているとは思わず紀伊梨は飛び上がるが、青年はああごめんねと謝りながらも手を放そうとはしない。
「紀伊梨ちゃん、一人で行くつもりかい?」
「ほ?」
「夜道は危ないよ。僕は今暇しているから、良ければついていくけれど。」
そっちの方がかえって危ない気配がする。
というか、そもそも土台紀伊梨は一人じゃないのだ。グループ行動しているのだから、本来は。
ただ、重ねて言うがこの時紀伊梨はどこかが変だった。
自分でも変だったなと分かる程度には。
「・・・うん!じゃあじゃあ一緒に行こ!」
「ああ。よろしく。」
青年の目が月明かりの中で、瞬間光った。
あの黒猫と同じ色の目が。
紀伊梨はそれに気づかない。