一方、千百合と幸村は不審者になり果てていた。
勿論、別になりたくてなってるわけじゃない。そうせよと言われたからそうしてるだけ。
「意味わからない・・・」
「俺達にとってはね。ああ、そこだ。眼鏡屋の角。」
「はーあ・・・」
買い物を終えると、千百合達はそれぞれグループごとにポイントを教えられた。
主に十字路等の道の入り口だが、其処を練り歩く。
辿り着いたら。
「完全に迷惑な奴じゃん。」
「あはは。良いこととは絶対に言えないけど、今は人の命運がかかってるからね。見逃して貰おう。」
幸村はコンビニで買った1Lパックのレモンティーを開けて、そして言われたところに垂らして行く。
千百合はそれの上から塩を撒いていくのだ。
道端に砂糖撒いて塩撒いて、利用者にとっては迷惑でしかない。
やるしかないからやるけれど。
(通報されて補導されるパターンありそう・・・って、そうか。警察と接触は難しいんだった、目付けられるのも見ようによっちゃラッキーか。)
「さて。次はどこだったかな。」
「ええと・・・あ、待って。近いわ。あそこと、あそこと、あそこと、」
「・・・・・」
「精市?」
「ああいや、なんでもないよ。しかし、見える範囲ばっかりなのか。助かるね。」
「精市、あっちからやってよ。私あっちからやるから。レモンティーはもう1パックあるし。これ、塩ね。じゃーーー」
ぐん、と手が引っ張られる感覚。
「・・・何よ。」
「千百合、約束したよね?」
「目と鼻の先でしょ。」
「距離は関係ないよ。五十嵐の件でそれはわかったじゃないか。」
くそ。
やはりそう簡単にはいかないか。
しかし此処で引いてはいけない。
もし此処で、この距離とはいえ別行動が出来て問題なければ「ほーらやっぱりなんともなかったじゃないですかー!」と言う権利が出来る。
「それこそ紀伊梨とは状況が違うんだし大丈夫よ。別に特別注意しろとも言われなかったし。」
「でも、」
「時間が惜しいんだからしょうがないわよ。離れるって言ってもお互い見えるくらいなんだから、離れる内にも入らないでしょ。」
「・・・・・・」
「その気になったら走って1分の距離だから。平気よ。」
「・・・何かあったら、絶対に呼ぶんだよ。」
「わかった、分かったから。」
やっと手を離して貰えた千百合と離した幸村を、道行く人達はついと横目で見て歩く。まあそうだろうな、目立つよな。手を繋いで何やら喋ってるだけなら兎も角、2人とももう片方の手にレモンティーと塩持ってるんだから。
(さて、ええと・・・国道○号線の十字路の所・・・ここか。)
こうしてる間にも背中に視線を感じる。
そんな見張ってなくても別に大丈夫というか、子供じゃないんだからと思いつつ。
でもちょっとくすぐったかったり。
(・・・よし、で?次ーーー)
「ねえ、君。」
「ん。」
何だ、もしかしてまさかの警察か。
と思って振り向いたら、警察じゃなかった。
スーツを着たサラリーマンのお兄さん・・・いや、これはギリギリおじさんに入りだす年だろう。
なんだ。道でも聞きたいのか。生憎地元民じゃないから知らないぞ。
なんて考えていたら、徐に差し出される諭吉さん。
5枚。
「どうかな?」
「・・・・あー。」
そっちか。
そっちね。
そっちの人か。
これはあまりに予想外、と思う千百合だが、実は周りから見るとそう予想外でもない。
幸村等もそうだが千百合は年相応を遥かに超えて落ち着いている。そして特別身長が低いとか小柄なわけでもない。
だもんで、ちらっと見かけただけの通りすがりの人間なんかは結構な確率で千百合を高校生だと判断している事が多いのだ。紀伊梨辺りが居て騒いでいてくれればまだ緩和されるが、こうして夜にふらついて家出少女めいた事をしているともうダメ。勘違い待ったなし。
「時間はあるよね?暇そうだし。もしかして足りない?」
「いや、」
「俺の恋人に用ですか。」
あああやってしまった。
と千百合は思った。約束を破った的な意味で。
そして不思議なことに、このサラリーマンの男も反射的にそう感じた。
くそ厳しい職場の部長に何の前振りもなく呼び出された時に似ている。
何か分からないが、何かをやってしまったのだ。取返しをつかないことをしたから、今から自分は怒られるのだ。自分の生殺与奪を握っている人間から。
「精市。」
「あ、あのう・・・」
「用ですか。」
「あ、いや、あの・・・」
精々言葉に気を付けたほうが良いぞ、と千百合は変な話だが内心でこのサラリーマンにアドバイスを送った。
もし一言でも幸村の気に入らない事を言ったら、多分鮮やか且つ容赦の無い蹴りが股座に入って、男はこの場に倒れ伏すことになるだろう。
過剰防衛?違うよ、使われると困るから使い物にならなくするだけの事だよ。
「・・・・・・」
「あの・・・」
「・・・・・・」
「・・・・その・・・・」
「・・・・・・」
全身から滲み出る冷や汗。
荒くなる呼吸。
1秒ごとに早く大きくなる心臓の動悸。
「し・・・・」
「し?」
「・・・死んで詫びますから許して下さああああああい!」
言うが早いか、男は逃げて行った。
そりゃもう走って逃げた。えらいこと逃げた。全速力で逃げた。
振り向くな、振り向いてる暇があったらちょっとでも走って距離を稼ぐんだ。なんて、まるで手負いの羆にでも追いかけられてるかのような気持ちで逃げた。
そうしてもんどりうつようにして赤信号を駆け抜けていき、クラクションを鳴らされ、ばかやろー!死にてえのか!と罵倒されながら去っていく背中を、千百合と幸村は見送った。
「あっぶね。運転してる方が良い迷惑よ。」
「ああやって逃げるくらいなら、最初からしなければ良いのに。」
幸村はそう言うが。
それこそ偶々運悪くその場に警察が居合わせるとか、そのくらいの予想は相手も良い年をした大人なんだから持っていた。でもまさかいきなり頭に銃口突き付けられて、フリーズ手を挙げろ、みたいな命を張った事態になるのは流石に予想しろというほうが無茶。
「さて。」
「・・・ごめん。」
幸村はちょっと眉を下げて笑った。
「俺って、そんなにあてにならないかな。」
「いや、そういう意味じゃなくて。呼ぶほどでもないかなっていうか、普通に警察呼ぶぞみたいな事言ったら引っ込むタイプかなと思って。」
「引っ込まなかったら?」
「うん、ごめん。なさい。」
実際にやらかしてしまったから、今回は強気に出られない。
精霊的な云々に巻き込まれる可能性は低いと思っていたけど、生きた人間が敵に回る事態は確かにあんまり考えていなかった。
おまけに、5月の頭に既に自分達は一度犯罪未遂のごたごたに巻き込まれていた。なのにそれを束の間忘れて、大丈夫だと判断した結果がご覧の有様である。
これはもう全面的にこっちが悪い。
「じゃあ、はい。」
「・・・・・」
「よし、行こう。あっちはもう終わったけど、どうだい?」
「終わった。」
「なら移動できるね。ええと、次のエリアが・・・」
もうこの右手は、今夜が終わるまでずっと離して貰えないのだろう。
どうやってるんだろうか。
別に痛いくらいの渾身の力で握られてるとかそんなんじゃないのに、手の骨ごと捕まえられてるかのように不思議と振りほどけない。
「・・・別に良いんだけどさ。」
「うん?何が?」
「さあ。」