「つっかれた・・・」
公園のベンチで千百合はぐったり溜息を吐いた。
松風から次々とあそこに行け、終わったかじゃあ次はこっちな、という風に矢継ぎ早に指示を出され、買ったレモンティーが底をついた頃、松風はやっと「一旦待機」と言ったのだった。
紀伊梨の為とはいえ、結構きつい。
単なる移動ではなくて、都度都度止まって周りを伺いながら地面に何かを撒くというのが倦怠感を大幅に釣り上げる。
「はい、お疲れさま。」
「え?ああ、ありがと。」
幸村が、そこの自販機で買ってきたのであろうお茶を手渡してくれた。
「レモンティーじゃなくて良かったかな?」
「冗談。」
「ふふ。」
「・・・・」
「うん?」
「いや、なんか。精市は冗談いう余裕があんのね。」
紀伊梨は依然見つけたという連絡がないままだが、幸村は然程強く焦った様子もない。今だって、ベンチの隣に座りながら右手で空いている千百合の左手をしっかり捕まえる始末。いや、それは忘れてくれて良いんだけど。
「松風さんが言ってただろう?助けてというなら助けるけれど、土台助けなければいけないような事でもない、って。」
「そりゃそうかもしれないけどさ。」
「それから、言ってなかったけど。」
「?」
「俺は俺なりに、推測があるからね。五十嵐はどうして消えたのか。」
「は?」
何それ初耳。
「どうしてというより、五十嵐が気に入られてる理由というかな。俺の推測が当たっていれば、そうそう酷い目にあっているわけではないと思うから。」
「え、何。言ってよ。」
「俺が思うにだけど、多分五十嵐は好かれてるんだよ。」
好かれてる。
って、この場合。
「・・・親しみやすそう、的な?」
「違う方。恋愛という意味でね。まあ片思いは言い過ぎだけれど、ちょっと良いなと思われてるんだろうね。」
「は・・・・」
「相手は何年も生きてはいるけれど、年寄りじゃないんだ。生物とは違うとするとね。ただ、その好きだった人間というのは年寄りに順当になって、もう亡くなってるだろう。だから代わりを探してるんじゃないか、とは思ってたよ。」
マジで。
そっちか。
いや、待て。
幸村は推測だ推測だと言うが、基本この男の推測は外れないのだ。
つまり、紀伊梨は実際そういう意味で気に入られて連れていかれた可能性が高い。
だとすると。
「酷い目にあってないっていうか、相当危なくない、それ。」
「そう?」
「いや、憎まれてるとかってわけじゃないから、暴力的なあれこれはないかもだけどさ。捕まえられて離してもらえないとか、無理矢理・・・とか。」
「ないね。」
「なんで。」
幸村はふっと余裕のある笑みを浮かべた。
「そんな度胸があるんだったら、約束を破って逃げたりしないさ。」
「・・・・」
「そもそも松風さんの話を聞いた時から思っていたけれど、中途半端なんだよ。自分で取り付けた約束じゃないとはいえ、最愛の人が迷惑を被っているのに、我が身可愛さに逃げ出しているんだ。そうかと思えば徹底して逃げるわけでもなく、好きだった人の近くから離れられずにうろうろしている。大事な決断が出来ないタイプだ。」
精霊という肩書こそあるものの、ある意味人間よりも人間くさい情けなさ。
土壇場のところで必ず二の足を踏み、結論を先延ばしに先延ばしにするその姿勢を見ると幸村は、悪いがどうしても怖いと思えない。畏れられない。紀伊梨に危害を加えそうにはとても思えない。
流石に風当り強いなと思いつつ、千百合はお茶を一口飲んだ。
まあ幸村が好かないタイプの精霊なのは分かっていた。精霊だから人間だからとかそういう話じゃなくて、幸村は土台日和見主義が然程好きではないのだ。そういう所が真田と気の合うところであり。立海テニス部に向いている所であり。
「逆に怖いのは、俺たちの方さ。」
「?」
「五十嵐には危害を加えないと思うよ。でもそれは、五十嵐が大事だからだ。俺達は別に大事に扱われる理由なんてどこにもない。」
「・・・確かにね。」
「それこそその気になれば、俺達をどうこうする事なんて造作もないからね。松風さんは大丈夫という風な事を言っていたけれど・・・」
でも、やっぱり怖い。
自分がどうのというんじゃなくて、千百合に何かあるのが怖い。
まあかと言って、千百合の事が気に入ったから優しくするねと精霊に思われてもそれはそれで強烈に面白くないけど。
それは自分がやるんだ。他の誰の役でもない。
「他の奴ら大丈夫かな。真田と桑原って1人なんじゃなかったっけ?」
「それから柳生だね。丸井は春日の所に行ってくれてるから。でも今のところ連絡は取れてるし、妙なことも起きてないみたいだし。」
「待って。丸井が紫希の所に居るって?」
「・・・うん。」
引っかかるかなと思ったけどやっぱり引っかかったか。
でも嘘を吐きたくはないし。いずれはばれるし。
ごめんね丸井、と心中で呟く声は、勿論本人の耳には届かない。