Camp school:Cowardly spirit 5 - 4/5


「よし・・・」

紀伊梨と青年は、もう山の中へ入っていた。

実は松風的にはその時点でもう8割方勝ったも同然なのだ。
出たところで袋小路だし、山に居座り続けるわけにも行かないし、神社に行けばこちらの張った「罠」が待ち構えている。どう転ぼうと手の中に入ってくるしかないのだから。

青年もそれは当たりがついてくる。
とはいえ、逆に言うと山に居る間は束の間考える時間が与えられる。
神社に行きさえしなければ良いのだし、山の中は千百合達の方が不利なのだから。

とはいえ、ずっと此処に居るわけにはいかないのは事実だ。
自分はともかくとして、紀伊梨が困る。
なんとかならないか。なんとか・・・・

「ねー、おにーさん!」
「!あ、な、何・・・」
「やっぱりしんどくなーい?さっきから全然お喋りしないお?」
「ああ、うん、そうだね・・・」

正直今、紀伊梨と喋るどころじゃないのである。
如何に松風達を躱すのかどうかに必死だ。

というか、こんなに追い込まなくても良いじゃないか。
別に紀伊梨を取って食べようとかそんな事考えてないって松風なら分かるだろうに、と自分のことを棚上げしまくっている事をつい考えてしまう。

「・・・僕はただ・・・・」
「お?」


「ただ、寂しかっただけなのに・・・・」


最初からそうだった。
最初からだ。

一人が寂しかったから神社に居ついた。
そこならきっと一人じゃない。神がずっと其処に居てくれると思ったから。


『居れば良い。私は来るものは追わないし去る者を引き留めもしない。好きにしろ。』


最初はそれだけで本当に嬉しかった。
でもすぐに気づいた。神は嘘を吐かない。
来るものは追わないし去る者は引き止めない、その言葉通り扱われるのも寂しいと思い始めるのは間もなくだった。
もし自分が神社を離れている間にどこかで死んだ所で、神はさして気にも留めやしないだろう。神主もしかり。
命ある物は必ず息絶える。その時が来たのだとただ思われるだけに過ぎない。

違うんだ。そうじゃないんだ。
それじゃ自分は嫌なんだ。

ああ、誰か自分を愛してくれ。
必要としてくれ。
有りのままの自分を見て、貴方の代わりは居ないと言って、別れを惜しんでくれ。

自分は神がその役目を負ってくれるものと無意識に期待していた。
友達というにはあまりに烏滸がましくても、一かけらの情でも抱いてくれはしないかと思っていた。

だが、その望みは叶えられなかった。

嘗て自分を愛してくれた人は。
その人は。

「・・・おにーさん。」
「紀伊梨ちゃん・・・」
「おにーさんは寂しいの?」
「・・・うん。寂しいよ。」
「おと-さんとかおかーさんは?」
「・・・もう居ないんだ。親も兄弟も。」
「お友達は・・・?」
「・・・居ないよ。」

昔は自分にも居た。
親。兄弟。友達。でも皆自分より先に死んだ。
ただの猫として死んでいったのだ。

残ったのは自分だけ。

昔は生きたかった。
ただ生きていくことだけを考えて考えて、一日でも長く生きていようとそればかり考えていたけれど、もう今は分からない。
猫のまま死ぬのと、こうして生き続けるのと、果たしてどちらが幸せなのか。

「・・・よし!分かった!」
「え?」


「紀伊梨ちゃんがお友達になってあげるよ!」

『これからは私が友達よ。』


リフレインする遠い日の記憶。
そうだ。
そうだった。


決めたじゃないか、あの日。


「紀伊梨ちゃんは湘南に住んでるから偶には会いに来れるしー、猫ちゃんにもまだ会ってないし!そーだおにーさん、スマホある?LINEの登録したら、毎日お喋りが出来ますお!だから、」
「良いんだ。」
「へ?」
「良いんだ、そんな事をしなくても。友達になってくれなくても・・・」
「え、なんで!?どーして!?寂しいんじゃないの!?」

寂しいさ。
だから今こんな情けない事態になっているんだ。

神社に戻れず、町も離れられず、恋をして約束を破って、そして今はよく似た子を寂しいからと騙して引きずり回して。

でも思い出した。
これで良いんだ、だって。


「君は、人間だからね。」


生きているから。
家族がいて友達が居る人間だから、あの夜自分はあそこに行けなかった。
会ってしまったが最後、自分のためにその全てを捨てて来いと要求してしまうに違いなかった。
でも、それも出来ないことを分かっていた。
自分の愛した彼女の朗らかな笑顔は、自分と同じ世界に住まわせてしまったら永久に失われてしまう。

出来ない。
自分と彼女、両方守る自信が無いから、自分は結局約束の日に行けなかった。

その方が彼女の為だ。
そして今、紀伊梨の為に自分はもう一度同じ選択をしよう。

・・・本当は、つかの間でも友達になりたかったけど。

「え?え?うえ?紀伊梨ちゃんは人間だけど、おにーさんも人間でしょ・・・?」
「僕は普通と少し違うんだよ。」
「えー!でもそれじゃ友達になんない理由にはなってないじゃん!」
「なってるんだよ、紀伊梨ちゃんにはわからないかもしれないけれど・・・」
「結局紀伊梨ちゃんにはわかんないんじゃんかー!紀伊梨ちゃんのわかんない事で「ダメでーす!」とか言われても知らないよそんなの!それに!確かにおにーさんの言うこと、ちょいちょい紀伊梨ちゃんにはよくわかんない時があるけど!


でもおにーさんが寂しいって思ってるのが本当だっていうのは紀伊梨ちゃんにも分かるよ!」


「ーーーーー」
「ふふん!紀伊梨ちゃんの目は誤魔化せませんお!紀伊梨ちゃんも寂しんぼで友達居ないの嫌なタイプだかんね!」
「・・・・・」
「ね!だからおにーさんもそんな事言わないでさー!紀伊梨ちゃんが友達になるから、だから・・・」
「・・・駄目だ。」
「え?」

今わかった。
はっきりと。

やっぱり駄目だ。
自分に此処まで心を割いてくれる紀伊梨に、自分と一緒に居てくれとは言えない。
あの子にも。
一緒に居てと言ったら、良いよときっと言ってくれる人達だからこそ。

「有難う紀伊梨ちゃん。」
「何が!?っていうか友達の話はーーー」
「良いんだ、本当に有難う。有難う。これでこれから先・・・少なくとも暫くは、きっと僕は大丈夫だ。」

結局関わりを断つ事を選んだあの日の自分に、ちょっと自信が戻った。

やっぱり、これで良かった。
・・・これで良かったのだ。
そしてこれから先も、きっと。

きっと。

と、すっかり悟りモードの青年だが、紀伊梨はそんな事許さない。

「駄目だよそんなの!何がだいじょーぶなのか全然わかんないよ!」
「だから、」
「おにーさん寂しいんっしょ!?それは駄目な事だよ!寂しい方が良いなんて、そんな事絶対あるわけないよ!家族も友達も居た方が毎日楽しいじゃんか!」

分かってる。
そんなこと青年だってわかってる、そりゃ居ないより居るほうが寂しくない。優しい友達と優しい家族なら尚更だ。

でもそんな未練たらたらな事いつまでも言ってられないんだ、それは生きてるものの特権だから。

自分はもうこの世の理から片足を外してしまってるから。
だから人間と同じ事を・・・生き物と同じことを望んじゃいけない。

ああ、こういう所まで紀伊梨は彼女にそっくりだ。
心の奥底にある願いを、良かれと思って掬い上げて抉ってくるこういう所。

それは彼女らの優しさと強さ。
そして自分にはその真っ直ぐな気持ちが眩しくて眩しくて、眩しすぎて挙句に目が潰れそうで、最後にはいつも見ていられなくなるのだ。


自分がもう少し強ければ。
何も諦めないで傍に居られただろうか。


「・・・出来なさそうだ。」
「出来るよ!家族はえーと・・・ほら!お嫁さんと結婚してさ、子供を作ったら良いよ!友達は幾つになっても何人作っても良いし、だからーーー」

だからそんな事言わないで。
そんな顔でそんな事だけ言い残してどこかへ行かないでよ。

そう言いたかったのに。