Camp school:Moonlight night - 1/5



「この度は本当にすみませんでした。」

棗はホテルのロビーで土下座していた。



紀伊梨が見つかって松風に連絡を取った頃、時刻は丁度予定していた通りの、始めてから1時間後を回ったところだった。
延長もないし、定期連絡もちゃんと出来てた!流石だな!と新海に屈託のない笑顔で言われた一同はこっそり自分のスマホを見返したが、着信履歴は全て消えて、幸村達三強の携帯には送った覚えのない定期報告の送信履歴が残っていて、皆はそこで説明を一気に諦めた。

松風とはもっと話を聞きたいと全員が思っていたが、今夜はもう遅い。
質問なら後でメールでも電話でもくれたら何でも受け付けるから、今晩は帰りなさいと優しく諭され、疲れていた一同はそれなら良いかなと思い従うことにした。
でも、せめてお礼は出来る限り今言っておこうとした所、松風はにっこり笑って別に良いから一つだけ欲しいものがと言った。


『君達は、今晩のことをレポートに纏めるんでしたよね?それをコピーして、いつか見せて下さい。楽しみにしています。』


それで良いのだろうか。
まあ本人がそれが良いと言うのなら、菓子折りにでも添えて進呈しよう。

ほらホテルに戻るぞ、と促す新海の声に背を押されて、一同はホテルに戻ってサッと入浴し、レポートの話をしたいという名目でロビーに再集合したのだった。

そして今に至るわけだが。

「棗、顔を上げて。俺達の誰も、棗の所為だなんて思ってないから。」
「まさかこうなると予想できた人は居ないでしょう。我々も誰も止めなかったわけですし。」
「今回は先生の許可もあったし神主も問題ないと言っていた。備えという意味ではお前は十二分に周到だったのだから、あまり気に病むな。」

「おうおう、真剣にへこんどるの。珍しいこともあるもんじゃき。」
「そりゃそうだろ・・・」
「・・・・・・・」
「お前、こういう時は何も言わねえよな。」
「私、死体蹴りする趣味はないからね。」

「なんでなっちん謝ってんのー?」
「お前はもう少し被害者の意識を持たんか!」
「紀伊梨ちゃん、本当に大丈夫ですか?何もお変わりありませんか?」
「うん!紀伊梨ちゃん全然へーき!」

紀伊梨はある意味で今回の件、誰よりも何もわかっていなかった。

そもそも紀伊梨は真田の言う通り、被害者であるという意識がない。
自分が行方不明であったという自覚も無かったし、言われてもピンと来なかった。
他のメンバーに連絡取らなきゃ、って意識は無かったのかと言われても無かったとしか言えない。最も松風曰く、そういう方向に意識を向けないのもまやかしの一種なので紀伊梨の不注意とも言えないらしいのだが。

連れ回されたりしたのだって、他の全員からすると誘拐犯の所業にしか思えないのだが紀伊梨自身は全く怖いとも何とも思っていなかった。
別に何も酷い事されなかったし。
それに誘導されていたのは事実だが、紀伊梨の意識の上ではどうしても”自ら進んでそうした感”があるのだ。違うんだよ、それが相手の策略なんだよと言われても、紀伊梨自身の中でどうしてもしっくりこないというか、そうかなー?と思ってしまうのである。

結局紀伊梨としては、皆が騒ぐような大事になってしまったという感覚がどうしても持てないというか、棗が悪いんだ精霊が悪いんだと言われても別に棗も精霊も悪いと思えない。
何故自分が謝られているのかも良くわからないし、心配されてるのかも良くわからない。
まあこういう事は得てして当事者の方がケロッとしているものかもしれないが。

「いやでもさ。お前に自覚が無かったとしても、お前は間違いなく危ない目に遭ったんだって。マジで。」
「えー。」
「えーじゃないんだって、真面目な話なんだよ俺が悪いんだけどーー」
「だからなっちんは悪くないじゃーん!てゆーか、なっちんが悪いなんて誰も言ってないじゃん!だからなっちんは悪くないんだよ!」
「えー・・・いやお前、それは暴論というか、」
「ぼーろんってなーに?」
「乱暴な理論と書いて暴論です。簡単に言うと、無理やりな理屈とかそういう事です。」
「えー!だってだって、本当に悪くないじゃんかー!皆さんせーしてたし、それにほら!

せーれーさんにはほんとーに会えたっしょ?」

その言葉に、一同は顔を見合わせた。

そうなのだ。
実際に見たメンバーは限られるものの、実際問題本当に存在は確認したのである。
学習という意味では、結果的には大成功だ。

「ね!そーだよね!」
「まあ・・・そう言われるとそうなんだけどな。」
「正直、今でも信じられないような気持ちですが。」
「ああ。正に狐につままれたような・・・いや、この場合「ような」ではないのだったな。」
「ふふふっ!狐じゃなくて、猫だったけれどね。」

「黒猫さんだったんですよね?」
「ああ。精霊と伝説にはあったが、実際は猫又に近い生き物なのだろう。」
「そもそも、何回か猫を見た見たって騒いでたよな?彼奴だったんだろい?」
「目が一緒だって言ってたからそうなんでしょ。」
「つまり、今晩になる以前にもうマークされとったんじゃろ。」
「そう考えるのが自然だな。」

紀伊梨が頻りにあの猫は病気だと言っていた特徴。
それはオッドアイの事であった。

動物・人間を問わず片目づつ色の違う存在を紀伊梨は今まで見たことがなく、その所為で目の充血と似たような感じで目の色が変わっている=目の病に違いないと勘違いしたのだ。
病気ではなく体質であり、従って別に伝染したりするわけもなく、加えてありふれた特徴とは言い辛い事もあって、猫と青年は同一の存在であろう事は松風に確認を取るまでもなく皆が察した。
ある意味では、良い目印と言うか識別要素になったわけだが。

「まあ、もう会えないだろうけどね。」
「え!?なんで!?」
「ネタが割れてるからなw」
「今度同じ目の人間なり猫なりを見たら、先ず間違いなく自分だとバレる。それを分かっていてのこのこ出て来る猫又が居るわけもない。」
「えー!?なんでなんで!わけわかんないよー!今日会えたんだから、今度も会えるよ!今日と今度と何が違うっていうのさー!」

「俺達は兎も角・・・五十嵐は会えるんじゃないか?」
「ええ。その可能性は十分あると、私も思いますよ。」
「うむ。五十嵐は気に入られていたようだからな。」
「それもあるし、紀伊梨の場合は態度がね。」
「他意が無いのが丸わかりじゃからの。」

もしまたいつか会う日が来ても、紀伊梨は黙っておいてくれと言えば素直に従うだろう。
ただまた会いたいだけで、別に此奴は精霊なんだよ本物なんだよと誰かに言いふらしたいとかそういう事は考えないし、俗世に触れたくないと思っているならそう言えば紀伊梨はああそうなのと納得してくれる。
こういう部分がそもそも今回気に入られた要因の一つかもしれない。

「・・・・・・・」
「どした?」
「いえ。あの・・・私と丸井君がお会いした着物の女性って、あの方も・・・」
「ああ。その人は伝説に出てきた人間の人だそうだよ。」
「発想がえげつないよねw」

松風の考えとして、おそらく相手は十中八九神社に向かって引き分け狙いだろうと考えていた。しかしそれはそれとして、大人しくこっちが引き分けに付き合ってやる義理は無いとも思っていた。
これは棗が直接松風から聞いた話でもあるが、正直松風としては面倒なのである。
良い年どころではない年齢のくせして、いつまでもうじうじぐじぐじどっちつかずな態度ばっかり取りやがって。そんなんだから、今尚待ってくれてる存在が感知できないくらい退化しちゃうんだよ阿呆め、と本気で思っているのだ。

だから供え物として彼女の好物だった飴を持参させて呼出しさせたのである。
神社に来たら今度こそいい加減、その何年越しかもわからない年貢を納めさせようと思っての事だった。
結局辿りつかず、紀伊梨だけ届けて当事者は途中で帰ったので、松風の期待としては果たされなかったわけだが。

「って事は、俺達幽霊見た事になるってわけね。」
「ゆーれい!?!?」
「大丈夫ですよ、紀伊梨ちゃん。確かにもうお亡くなりになってらっしゃるので、そういう意味では幽霊なんでしょうけど・・・そんな怖い感じじゃなかったですから。」
「そなの・・・?」
「ええ。寧ろなんというか、優しげで親しげで・・・」

まるであの満月のように、眩く柔らかな女性だった。
幽霊とは思えない程不思議に生気を感じられて、紫希も丸井も、あれが幽霊だったんだよと言われてもどうも信じ難い。
あの姿の消し方や言動や、ごっそり持って行かれた飴がなければとても納得出来なかっただろう。

「あ、そうそう!後、ちょっとお前に似てたぜ?」
「紀伊梨ちゃん!?」
「はい、私もそう思いました。」
「えええ!?どこが!?」
「いえ、あの!本当に、良くあるホラーに出て来るおどろおどろしい感じの幽霊さんではなかったですし、似てないと言えば似てないんですけれど・・・こう、笑った時の感じとか、空気感というか・・・」
「雰囲気似てるって感じだったよな。顔とか服がそっくりとかそういうわけじゃねえんだけどさ。」

パーツパーツを挙げ連ねると、別にそんなに似てるという程似てるわけでは無かったと思う。
ただ、それでもどこか似ていると思わせる何かが彼女にはあった。正に纏う空気としか呼べないようなものがだ。

「ま、好みのタイプなんだって事なんでしょ。」
「ある意味納得がいくと言うか、筋が通っているよね。」
「・・・それはそれで危うい響きだと思うのは俺だけか?」
「いや、真田の危惧は真っ当だろう。今回は本格的な誘拐になりきらなくて、運が良かったという所だ。」
「ごめんなさい・・・・」
「うあうあまたー!もーその話止めよーよー!なっちんが元に戻ってくんないよー!」

元に戻る、という表現に一同は苦笑する。
言い得て妙と言うか、確かに今の棗はかつてないくらい凹んでいて、なんだかこれから先このままずっと凹みっぱなしかもしれない・・・と思わず感じてしまうようなじめじめっぷりなのだ。

責任を感じてしまう気持ちは分かる。
棗の立場なら自分もそう思うだろうというのは皆わかっているけど。

「ねー!もー止め!止め止め!誰が悪いとか誰のせいとかそーゆーのはもー駄目!なしなし!紀伊梨ちゃんが禁止します!ほらなっちん!」
「そうは言うけどさー・・・」
「けどじゃなーい!紀伊梨ちゃんにごめんなさいって思ってるんだったら元に戻ってよー!いつものなっちんになって、また新しい遊び考えてくんないと困っちゃうじゃん!もーすぐ夏休みなのに!」

「本題はそこか・・・」
「ううん、でもこうでも言わないと納まらないかもしれませんから・・・」
「我々が許すと言っても説得力に欠けますからね。」
「五十嵐が言う方が早えだろうしな。」
「こういう時はあの勢いが役に立つの。」

「ね!もーお終い!はい、終わり!」
「・・・・・」
「もー!」
「ふふふ。じゃあ2人とも、こういうのはどうかな。」
「「?」」
「五十嵐、棗に何か我儘を言ってごらんよ。」
「ほ・・・?」
「何でもいいから、何か出来そうな事をね。それで今回の件はチャラという事にしよう。ただ許すとだけ言っても、言われた方はやっぱりああそうですかとは受け入れづらいから。」

この場合、別にお詫びがしたことに対して対等でなくても良い。
対等でなくていいから、「何かお詫びをした」という事実を作ることが大切なのである。罪悪感を持っている人間を手っ取り早く立ち直らせるには、許すから許すからと言い聞かせるより形式的に償いをさせた方が良いのだ。

「ああ。良いんじゃないそれ。」
「紀伊梨ちゃん、何かありますか?棗君にお願いしたい事・・・」
「お願いかー!うーん、うーん・・・・」
「五十嵐。言っておくけれど、宿題関連はダメだよ。」
「えっ!?」
「当たり前だろう!貴様何を考えているのだ!」
「代わりにやっておいてもしくは写させて辺りを思いつく確率86%だが、それは黒崎がよしとしても俺達が却下する。他のにしろ。」
「えー!えー!うにゅ~・・・じゃー・・・じゃー・・・」

「こういう場合、何が妥当なんだろうな・・・」
「そりゃやっぱり奢って系だろい?ジュースとかコンビニのお菓子とかじゃなくてよ、もうちょっとグレード高い感じの・・・ほら、限定物のパフェとか!」
「もしくは、勉学関連以外での代役系統でしょうね。先日のプール掃除の当番であったり、ああいう事を代わりにやっておいてくれという。まあ五十嵐さんと黒崎君はクラスが違いますので、限界はありますが。」
「自分が満足するまで芸をやってみせろとか、そういうのは無いんか。」
「「「それは罰ゲーム。」」」
「プリッ。」

「うーん、うーん・・・・・・」

何だろう。何か要求したいこと。
意見が出れば出るほど迷いが増える一方でかなり決めかねる。
ぶっちゃけそんなの良いから、気に病まないで忘れて欲しいんだけど。

「・・・・あ!じゃあじゃあ、なっちんにめーれーです!」
「はい、なんなりと・・・」


「今年の夏・・・んにゃにゃ、来年も再来年も、夏じゃなくても春でも秋でも冬でも、ずーっとずーっと面白い遊びを考える事!」


まだまだこれから先の日々が自分達にはある。
まだ夏休みも始まってないのに、こんな所で棗に離脱されては紀伊梨は困るのだ。色んな意味で。

「あ!それとそれと、たのしー遊び考えてって言ったけど肝試しはナシで!」
「却下じゃ。」
「えー!」
「まあそれは求めすぎるというか。五十嵐がやりたくないのは分かるけど、逆に肝試しをやりたい人のことも考えてあげないと。」
「肝試しやりたい人なんて居んの!?ちょっと手ー挙げて!はい!」
「「「「「「はい。」」」」」」
「多いよ!なんで!?どして!?」
「ビビる人間を見るのは面白いじゃろ。」
「風物詩ですので。」
「ま、嫌いじゃねえし?」
「日本の肝試しって、見てたら面白くて・・・」
「良いデータが取れそうだ。」
「鍛錬にもなるぞ。肝を試す・・・良い響きではないか。」
「うっそー!ちょっと待って、皆そんなにやりたいの!?うあうあ、思ってたより味方が少ないんですけどー!」

「・・・俺はこれどうしたら良いの?」
「あはは・・・でも紀伊梨ちゃんのお願いが主目的ですから、今年は無しで・・・とかでどうでしょうか?」
「いやそっちじゃなくて、」
「そっちで良いじゃん面倒くせーなもう。」
「あのな、」
「棗。今回は自分が悪いんじゃなかったのかい?」
「そうだよだから、」
「だから、言われたことには大人しく従わないとね。」
「・・・・・・」
「ね?」

揃いも揃ってそんな甘いこと言ってて良いのか。
知らないぞ俺は。つけこまれるぞ悪いやつに。

なんて珍しく憎まれ口を心中で呟くのは、そうしてないと不覚にも泣きそうだからだ。

なんでそうやって簡単に許すんだよ。
それで良いのかお前達。

「良いんだよ、それでもう片付けとけよ。」

お前はエスパーか、と言いかけてやめた。
そうだ、エスパーじゃないけど双子だった。
そうだよな、自分に置き換えれば考えることはほぼ一緒。

「何か言ったー?良いって何がー?」
「お願いの話。紀伊梨はさっき言ってたので良いんでしょ?」
「うん、良いよ!

とゆーわけでなっちん!くれぐれもよろよろ!」

「・・・・わかった。」

漸く肯定の返事が返ってきたことに、一同はホッと微笑んだのだった。