「実に馬鹿だな。」
言いながら松風は包帯を精霊のーーーすっかり本来の黒猫の姿になって縮こまっている彼の手に包帯を巻いていた。
積んであった座布団の間に挟まって隠れて、怪我した右手だけちょんと出して。
普通の猫だったら可愛いで済むが、精霊である現状を踏まえるととんでもなく情けない光景になってしまうのだが、自覚はあるんだろうか。
「終りだ。」
「・・・・・・・」
「なんだその眼は。助けてやったのに恨みがましい。」
座布団の間から覗く目は、そもそもお前のせいで怪我したんですけど?という非難の色が見え隠れしている。
ああ鬱陶しい。松風はまた嘆息した。
「あのな。そもそもという話をするのなら、そもそもはそっちがあの女子生徒を連れていったせいだぞ。」
「・・・・・・」
「わかってるさ、お前は誰かに害を加える気も気概もないって事は。でもあの子達にそんな事は分からないだろう。幾ら大丈夫だからと言っても、大丈夫に見えないなら心配するさ。それに・・・」
「・・・・・?」
「・・・いや。まあ、これは良い。私事だ、忘れてくれ。」
松風は結局一同を助けてやった。
・・・・と、一同は思っているが、実際はそれは正確ではない。
本当はその気になれば、松風は山に行けとか買い物しろとか、そんな事させなくても解決してやれた。ダウジングで場所さえ分かれば、その場で無力化させて只の黒猫形態から一定時間何も出来なくなる位弱らせて。その位は出来た。別に一同が何をする必要もなかったのだ。
それでも松風が皆を動かしたのは、完全に松風の個人的な考え。
「精霊探し」に来たんだから、ある程度自分達の手で探させてやろうと言う手伝いの気持ち。折角なんだし、一晩だけこの世ならざる者と触れ合ってみても良いんじゃないの?という松風なりの親切。
後もう1つ。
もしかしたら、一同と追いかけっこする中でこの猫又の中の”何か”を変えられはしまいかという期待。
此処は神社である。
まして山奥、まして小規模。
今夜の立海生達のような客は本当に珍しい、だからこそ。
「強かったろう、彼らは。」
「・・・・・・」
「はあ。」
例え何年も年が上でも、人間に持ちえない能力を持っていたとしても。
それでもこの猫とあの子供達を比較したら、持っている勇気の分だけ、燃やしている命の分だけあっちの方がずっとずっと強くて偉い存在なのだ。
普通の精霊であったら、それでも人間には負けないのに。
「お前は普通じゃないからな、悪い意味で。」
「・・・・・・」
「凹むくらいなら強くなれよ。・・・おい、こら。」
私、聞きとうありませぬ。
そう言わんばかりに彼はさっと座布団の間から飛び出し、開けていた障子から外へ出て闇へと消えていった。
だから。
そういう所なんだって。
はああああと盛大な溜息を吐くと、不意に肩が少し軽くなった。
ああ、居る。
社の主が。
労わってくれるのか有難うよ、という気持ちと、労わられてると逆に精神的に疲労感増すなあという気持ちと。
「・・・質の悪い年寄りと言うのは、兎に角頑固で長生き故に自分の性格を直せないというが。」
松風はさっきまで猫の居た座布団を捲った。
飴が一粒。林檎味。
紀伊梨が山で与えたあれである。
「人間も人間以外も同じだな。考えなしに年だけ無暗に取ると、終いに自分の首を絞める。」
彼がかつて逃げたのには色々な理由がある。
それは松風もわかるし、全面的にお前が悪いなんて言うつもりはない。
でもな。
もう大きな戦争を2度も終えて、この国がこんな社会になるまでの時間を経て尚事態が進まないのは、間違いなく自業自得入っているぞ。
もうクセになってるんだろう。
嫌な事から逃げるクセ。痛い事から逃げるクセ。
寿命が長いのを良い事に、嵐が起きたら治まるまで待てば良いとそんな態度を取り続けて、いまやすっかり何かに向き合う力を失ってしまった。
最愛の存在に対してさえも。
あの子供達が、そんな彼の心に何か一石を投じてくれはしないだろうかと、松風は淡い期待をかけたのだ。
かけたのだけれども。
「・・・救世主とはならなかったか。やはり、人生は飴程甘くない。」
小皿にさっき拾ったそれを供えて、松風は諦念と共に溜息を吐きだし、障子を閉めた。
1年後。
果たして救世主はこの社に迷い込む事を、松風はまだ知らない。