「おーーー!すごーい!キラキラだー!」
ガラス細工ミュージアムは、展示物がそもそもガラス細工なのであちこち光がキラキラと乱反射しており、室内はとても明るかった。
「わー!わー!」
「おーおー、元気だこと。まあ良かったわ、元気になって!」
「バスでいっぱい寝てたもんね。」
「ねーねー!あっちに何かあるよ、何か!」
「あー、待って五十嵐ちゃん!」
「何かって何よ?」
「分かんないけど、人がいっぱいだから何かすごいものだよ!ほらほら、行こう行こう!」
本当にすっかり元気になった紀伊梨に、井谷と青羽は苦笑しながら手を引かれるに身を任せた。
「はーい、押さないで!順に並んで下さい!2列で!」
「早く見たいなー!まだかなー!」
「本当にいっぱいだから、見れるかどうかと思ったけど。」
「並ばされるんだね、これ。賢いね。」
紀伊梨が向かったのは、人の群れが押しかけているスペースの真ん中に鎮座した何かであった。
あまり大きくないらしく近くまで行かないと見えないが、人が群がってる・・・と思いきや近づいてみると列に誘導されていて、待てばちゃんと見られるようになっていたので並び始めたのだった。
「でも、結局何が見られるのかは分かんないね。」
「シャンデリアとかかなー?」
「それじゃない事は確かだと思う。」
「あれ?五十嵐?」
「お?あ!桑ちゃん!」
列を誘導するロープの向こうに、桑原が居た。
パンフを片手に、さも意外という風に目を見開いている。
「こんな所に居るんだな、お前・・・」
「む!どーいう意味なのだそれわー!」
「いやだって・・・この列、あっちのケースを見る列だぞ?」
「そうだお!だからあれを見にーーーー」
「着物の幽霊のガラス皿だけど。」
「・・・・・・え?」
言われて隣に居た青羽がパンフレットを取り出した。
「・・・あー、ほんとだ。夏限定特別展示、巨匠小出光輝待望の新作『岩』、江の島グラスミュージアムにて初公開。だって。」
「夏だもんねー。心霊物でせめてくるわよね、世間は・・・何処行くの、紀伊梨。」
「紀伊梨ちゃんあっち見て来る。」
「えー!ちょっと、此処まで並んでおいて・・・っていうか、並ぶって言い出したのは紀伊梨でしょー!」
「怖い奴だとか思ってなかったもーん!」
「そんなに怖くはないと思うけどなあ。」
「まあ、幽霊っていうけどどっちかっていうと妖怪っぽいんだろ?ブン太が言ってたぜ。」
「あ、そうだねー。やっぱり柳の下の幽霊っていうと、ちょっと古めかしいっていうか。」
「別に怖くないってー。並んどこうよ、もうちょいなんだし。」
「怖いよ!何言ってんの、怖いよ!柳の下のお化けってあれじゃん!いちまい、にーまい、いちまい足りなーーーい、って奴じゃん!やだ!絶対嫌ーーー」
「やかましい!」
「え?ぎゃあっ!鬼!」
「ぎゃあではないわ、誰が鬼だ!美術館で騒ぐなど、どこのたわけかと思いきやーーーお前か五十嵐!」
正に鬼のような形相で、誘導のロープの外から紀伊梨を叱るのは真田。
その剣幕に、「いや、煩さはお前も良い勝負だよ・・・」と誰も言い出せない。
「もっと静かに並ばんか!そしてしっかり見ろ!己で並びだしたのなら、最後までやれ!」
「だってー!もし見ちゃって、夜に家に来てお家のお皿お化けが割り出しちゃったらどーしたら良いのさー!」
(そんなお化け居るか?)
(ある意味怖いかも・・・)
(迷惑度では普通の幽霊より上ね。)
逆にちょっと面白いなそのお化け、と思う桑原たちを他所に、真田は心底下らなさそうに鼻を鳴らした。
「そもそも、その展示の皿というのは『岩』という名だろう。」
「ああ、うん。そうだけど・・・」
「『岩』は四谷怪談の岩の事だ。皿に描かれた作品と言うだけで、皿を数えるわけではない。」
「四谷怪談・・・?」
「知らんのか。正しくは東海道四谷怪談という話で、歌舞伎の題目の一つだ。お前も日本に来たのであれば、こう言った事も覚えていくべきだろう。」
「そうか。」
(そう?)
(そうかなあ?)
真田は大真面目だが、中学生でこういう事を「一般常識の範囲内」としているのは割と稀有な例である。と、言って良い物かどうか。
「そして、さっきから五十嵐が言っている皿を数えるだのと言う話は、怪談話として全く別の物だ。」
「そーなの!?」
「お前は日本人だろうが!この位は知っておけ!皿の話は番長皿屋敷という怪談だ!幽霊の名前も岩ではなく、菊!」
「それも歌舞伎なのか?」
「いや。これは正真正銘の当時の怪談話だ。」
「本物じゃーん!」
「まあまあ、今から見る方は創作寄りだってわかったんだしさ!」
「それにお岩さんって、怪談ではあるけどなんか可哀想な話じゃなかったかな?」
「そうだ、それは正しい。民谷岩というのは話の中では元々ただの夫婦の妻でしかなかったが、そこから夫に父親を殺害され、そうと知らず実家を離れて移り住んだ先で夫が不倫をし、不倫相手の父親から毒を盛られ醜女になった上で殺害されて怨霊になって出てくる。そういう話だ。」
四谷怪談というのは何分古い話で色々諸説あるのは確かだが、共通しているのは民谷岩が割と踏んだり蹴ったりであるという点である。
怖い怖いと言われることは多いが、お岩さんって酷い女だねと言われることは意外に少ない。
「そんな話だったんだ。」
「いや、そりゃあ化けるし出てくるわ。」
「???つまりどゆ事?」
「ええと、だから・・・お岩さんっていうのはつまり、父親を殺されて夫に浮気されて、毒を盛られて最後に殺されて化けて出てくるっていう。まあ、可哀想な話なんだよ。」
「・・・あまりこういう言い方は好かんが。」
「お?」
「要は、化けて出るにも化けて出る側なりの事情があるということかもしれん。」
お岩さんや昨日の一件を鑑みるに、お化けにしろ祟りにしろ向こうにも言い分はあるんだなというのは真田も認めるところである。
それでもお岩さんとあの精霊を一緒にするのはお岩さんに失礼ではと思うけど。
「うん・・・」
「分かったら大人しく並べ。これも勉学のためだ。」
「う!ぐ、ぐ、ぐ・・・」
「まあまあ・・・モチーフが怪談だっていうだけだから、見た目はそんなに怖いわけじゃないかもしれないし。な?」
「言っちゃなんだけどお皿だしねー。」
「そうそう、ガラスアートなんだし見ると案外綺麗かもよ。ね、並んどこうよ五十嵐ちゃん。」
「むいー・・・わかった、頑張る・・・」
「そもそもお前はこういう事に関して意気地が足らんのだ!機会があればうちに来い、その根性を鍛えなおしてくれる!」
「いやー!」