それでいいじゃん、その作戦で行こうよ、と元気を取り戻しだす(戻されてもこの場合迷惑だが)上級生グループは、ひとしきり気が済んだのか、のろのろと手洗い場から離れだした。
榎本はまだ聞けることがあるかもしれないと思い、引きずっていたラケットを手に持ってこっそり後について行ったのだが、二転三転する話題の中で、そのセリフは榎本の耳にスッと入ってきた。
『大体網代の奴さー、今度1年生の忍足とかいう子とデートするんでしょー?』
(えっ)
思わず榎本は足を止めた。
だがそれに合わせて会話が止まってくれる筈もない。
『マジ!?』
『はああ!?ふざけんなよ彼奴!』
『人の事追い出しといて自分は男子目当てかよ!』
『酷い・・・!』
『亜里沙、もう泣くの止めなって。もう少しの辛抱だからさ。』
『うん・・・』
『・・・・・』
遠ざかる上級生の背を見ながら、榎本は考え込んでいた。
そしてその内、その背は見えなくなった。
「・・・って感じで~。」
「・・・そりゃあまあ確かに?」
「網代さんにどうこうってよりはやっかむ理由の話だけどさー。」
「・・・・・・」
(あーあ。)
(この顔はあれだよ・・・)
「・・・許せない!」
可憐は怒った。
「茉奈花ちゃんにそんな失礼な事言うなんて!男子目当てだなんて、そんな事絶対無いよっ!あり得ないよっ!」
「だから落ち着きなさいって!」
そんな事言われたって落ち着いてなんて居られない。網代がどれだけ頑張っているか知りもしないのに、勝手な事を言われたくなかった。
勿論自分だって向こうの事は知らない。だから知りもしないのに勝手な事は言うまいと黙って聞いていたが。
「違うのに・・・!茉奈花ちゃんはそんな子じゃ、」
「分かってる、分かってるわよ!皆知ってる事だから!」
「粗探ししたくって仕方無いんだと思うけどね~。」
キーン・・・
コーン・・・
「お、1限シューリョー!」
「やば!流石に2限からは出ないと!」
「えー?だるーいー。」
「真美ってば、もう!」
「でも、相談したい事は全部言ったし~。」
「あ、あの、皆!」
「「「ん?」」」
「有難う!茉奈花ちゃんの事気にかけてくれて!」
網代は確かに人気者だが、誰もかれも網代の事を知っているわけではない。伊丹も内川も榎本も、網代と関わる事は無いし、話でしか聞いた事しかない。
それでもこうやって一緒になって考えてくれて、可憐はそれが本当に嬉しく、心強かった。
礼を言われた3人はキョトンとしていたが。
「・・・うーん?」
「ねえ?」
「まあ、良い気はしないっていうのもあるよね~。」
「でもさあ可憐?」
瑠璃はにっこり笑った。
「私達、網代さんが”可憐の”友達だから、こんなに一生懸命になれるのよ?」
網代が全然全くなんの関わりもない生徒だったら、心配はしつつも行動はしないだろう。でも、網代は可憐の友達だから。
大事な友達の、大事な友達だから。
「・・・?うん!そうだよね!でもありが、」
「分かってないなあ、可憐チャンはー!」
「それが可憐ちゃんの良い所だよ~。」
わいわい騒いで屋上を後にする3人。
その少し後ろを伊丹は歩く。
いや、後ろに居るのが伊丹というだけだ。
本当は今、内川も榎本も同じ事を思っている。
(・・・ねえ可憐、あんた、忍足君の事好きなんじゃない?)
忍足侑士。
彼の名前は、可憐と話をすると抜群の出現率で出てくる。
テニス部に所属する選手で、腕前はかなりのもの。京都の小学校から越してきており、関西弁で話す読書が好きな男子。
伊丹達の耳にはそんなことばかり聞こえてくるが、可憐はそんな事は話さない。
可憐が話すのは、忍足自身の事。
困った時にどうフォローしてくれるのか?
ドジを見た時はどんな風に笑って、どんな風に謝るのか?
話すときの話題の選び方、跡部や向日と居る時にこっそり微笑んでいる事、都合が悪くなると真顔になるから、仲良くなると逆にすぐ分かる事。
そう言う事を可憐が話す度、伊丹達は思っていた。
可憐は忍足が好きなんだと。
今はそんなはっきりした感情じゃないかもしれない。でもいずれ、きっとそうなるだろう。
だから榎本は切り出しを迷ったのだ。
可憐がショックを受けるのではないかと思っていたから。
だがさっきの可憐はその事よりも、網代を色眼鏡で見る事の方に意識が向いていた。
(思い違いなのかな。可憐、私達が考えてるより、忍足君の事は恋とか好きとかそういうのじゃないのかもしれない。)
でももし違ったら。
もし、自分で自分の気持ちに気づいていないだけだったら。
そうして、気づかないまま芽を見逃して、思いが育ってしまったら。
(ーーーー)
「アレ、瑠璃?」
「瑠璃、どうしたの?」
「瑠璃ちゃ~ん?」
「何でもない!」
伊丹は頭を振った。
考え過ぎだ。
もし、忍足は網代が好きなんだとしたら。
もし、デートというのが真実だったら。
もし、デートが忍足と網代の距離を縮めるような事になるなら。
もし、もし、その上で可憐が忍足に恋心を抱いたら。
(馬っ鹿みたい!もし、が多過ぎよ!)
そんな事にはならない。
きっと。
考えを振り払いながら、伊丹は3人の元に駆けだした。