ティータイムを終えて店を出た頃にはもう日暮れ時。
もう買う物は買ったし、後は帰るだけだ。
「ああ!遊んだ遊んだ、リフレッシュしたわ!」
「えへへっ!楽しかったねっ!」
「ええ!やっぱり偶にはこういう時間もなくっちゃ、ね。こうして偶の息抜きがあるからこそ、普段の活動にも身が入るってものなのよ。」
「そうだよね、あ・・・」
「可憐ちゃん?」
可憐が立ち止まったのはテニスショップ。
ディスプレイにプロ選手の使用ラケットと、本体・ガット・グリップ等がそれぞれアピールポイントとともに並べられている。
「ねえ茉奈花ちゃん、気になってたんだけどっ。」
「なあに?」
「このラケットって、此処のメーカーから出てる最新モデルより良いって聞いたんだけど、そうなのっ?」
「あ。そのコメント、さては言ってたのは滝君ね?」
「どうして分かるのっ!?」
「ふふっ!滝君の言いそうな事だわ。あのね、彼がそういうのには色々理由があるんだけれど、そうね・・・ちょっと中に入ろっか!もっと色々モデルがあった方が、説明し易いわ。」
自動ドアの開く音と共にクーラーで冷えた冷気に出迎えられて入ったテニスショップには、ラケットやウェアを始めとした各種グッズがずらり。
「わあ・・・ここ結構おっきいねっ!」
「そうね、案外奥行きがあるわ。」
「それに品揃えもちょっと変わってるねっ。このシューズメーカー初めて見るし、あっちで古いモデルのピックアップして・・・茉奈花ちゃんっ?」
「ふふふふっ!可憐ちゃん、すっかりテニス部のマネジ!って感じになったわね。初めて一緒に来た時が嘘みたいよ?」
「だ、だって私、スポーツの世界のことはよくわかんなかったんだもんっ!」
今まで自分も周りもスポーツにがっつり縁のある人が居なかったせいか、初めてスポーツショップとやらに訪れた時、可憐は本当に色々圧倒された。
こんなに色々要るものあるの、とか。道具の一つ一つ、いちいち種類多すぎじゃないか高すぎじゃないか、とか。どれがどう違うのかさっぱり分からないし、何買ったらいいのか見当もつかない、とか。
すっかり慣れたものだ。
「あのグリップテープの件は、私今でも思い出し笑いしちゃうのよ。可憐ちゃん可愛かったわ♪」
「もーっ!あの件はもう忘れてよっ!」
そう、可憐はグリップテープ買って来いとお使いに行かされて来たのが最初だった。
しかし良くわからなくなってしまった挙句、スタッフに「一番良い奴下さい」とか頓珍漢なことを言って、網代のツボを刺激したのも今は懐かしい。
「あ、ほら。このテープよ、あの時店員さんが私的にはこれですかね、って言ってお勧めしてくれ、た・・・」
「茉奈花ちゃん?」
静かに、のジェスチャーをする網代の視線は、隣の可憐を通り越してその向こうに注がれている。
「・・・あの人。」
「えっ?」
「テープをそのままカバンに入れたわ。万引きよ。」
「え・・・・!」
思わずそっちを見る可憐の視線の先には、確かに大学生くらいの年と思われる青年が。
マジでか。そんな馬鹿な。
本当に万引きなんてする人居るんだ。
色々信じられなさ過ぎて、可憐は思わず固まってしまう。
「ど、どうしようっ・・・お店の人に、」
「いえ、今は止めましょう。」
「どうしてっ?」
「後から払うつもりだった、間違って鞄に入った、とか今の時点で言い逃れは幾らでも出来るわ。おまけに向こうはもう大人よ。ちゃんと証拠を突き付けないと、逆恨みされて何をされるかわかったものじゃないもの。」
「そ・・・」
そうなのか。
確かにそうかも。
でも、一時的にとはいえ放っといて良いのか。
でも確かに暴力とかに走られるとひとたまりもないし。
こんな場面に立ち会ったことなどろくすっぽ無い可憐は(沢山立ち会ったことがある者等稀であろうが)、もうおろおろしてしまってどうしたら良いかわからない。
理由は違えど動けない可憐と網代。
2人の目の前を、スッと一人の人影が横切る。
「おい、貴様!」
こういう時は堂々と動けない者が大半であろうに、そこで尚も堂々とした制止の声。
真田弦一郎12才。
曲がった事が大嫌いを通り越して、曲がった事は断じて許さない男。
「あら。」
「真田君っ!」
何も知らない可憐達はつい、「おい簡単に近づくなよ危ないぞ」的な事を思ってしまうのだが、多分これを立海勢に言ったら大概笑われるだろう。誰が危ないって?とか言って。
「貴様?おい、誰に向かって物言ってんだよクソガキ。」
「ああっ!危ないよどうしようっ!」
「こうなったらもう仕方がないわね・・・お店の人を呼んでくるわ。可憐ちゃん一緒に、」
凄む男に狼狽えだす可憐と網代。
3人の誤算はなんといっても、真田を甘く見ていたことであろう。
「誰にだと?お前に決まっているだろう!」
「はあ?」
「開き直っているようだが、俺はしかと見ていたぞ!グリップテープを、棚から直接自分の鞄に入れただろう!品を戻して店の者に謝らんか、万引きめ!」
「え?何?何?」
「何かトラブル?」
「おい、万引きらしいぜ。」
「え、ウソー!」
「あ、お店の人!ちょっとあっちで万引き?とか・・・」
万引き青年の最大の誤算は、なんと言っても真田の態度だ。
超堂々としている。
冤罪だったら謝ればいいし、犯人だったら容赦しなくていいと本気で思っている真田は、兎に角声がでかいし縮こまった態度を取らない。
おかげで周りの客が俄かにざわめき始め、注目し始めた。
こうなると脅しにせよ誤魔化しにせよ数段やりにくくなってしまう。
「お、おい・・・おい!何大声で人聞きの悪いこと言ってくれてんだよ、殺すぞ!」
「やってみろ!万引きごときにやられる程軟弱ではない!」
「さ、真田君っ!駄目だよそんな事言っちゃ、」
「いえ、逆にこれは良いのかもしれないわ。」
「ええっ!?」
「此処まで言われると、向こうも逆に適当には逃げられないわよ。相手は中学生ですもの。ほら、あの人困ってるわ。」
犯人は大学生。そして敵は中学生。数か月前までランドセル背負ってた中1である。
中1相手に衆目に晒されながら言い逃れとか脅しとか、真田には勝てたとしても社会的に多分死んでしまう。
「しょ・・・証拠があんのかよ・・・」
「鞄を開けろ!ある筈だ!レジを通したと言うのならレシートを見せろ!捨てたというならどこに捨てたか言え!」
「ぐ・・・・」
流石にこんな状況になると逃げられない。
今は真田が詰め寄ってきているわけだが、ぐずぐずしていると直に真田どころか店員やら警察やらが本当に来てしまう。
そうなると本格的にまずい。
逃げないと。
「くそ!」
「む!」
青年は走り出す。
この場さえ切り抜ければどうにかなるかもしれない、と思ってのことである。
正直、大人の相手より子供の相手の方がこの場合よっぽど難しかろう。
というか、もっというと単純に真田の相手が難しい。
「おい、どけよ!」
「えっ・・・!?」
「可憐ちゃん、危ない!」
可憐の不幸は、立っている場所が偶然出入り口を背にしている位置であった事だった。
青年が逃げるにはどうしたって可憐にどいて貰わなければならず、すいませんが通してくださいとか言ってちんたら丁寧に頼むような状況でもなく。
そして青年の不幸。
それは真田に間に入られたことであった。
「むん!」
「さ、真田君っ!有難う・・・」
「でも危ないわよ真田君!無理しないで大人の人・・・に・・・?」
「ぐ・・・・」
「・・・・・」
「お、おい・・・」
可憐をつき飛ばそうとした右手を掴まれ、振りほどこうと左手を振り上げる青年。
しかしその左手も掴まれてしまう。
とどのつまり両腕を掴まれているわけだが、実(げ)に恐ろしきは真田の筋力である。
互角・・・というより可憐達の目から見ても青年の方が負けている。
「・・・ふっ!」
「いだ!いででででででで!ちょ、ちょ、ちょっと待て!待ってください!」
「ああ・・・」
「い、痛そうっ・・・」
腕を捻りあげられて、青年はとうとう居丈高な態度を取れなくなってしまった。
真面目に痛いので離して欲しいのだが、離してくれと言って離してくれる真田でもなく。
「待って待って待って待って!たんまたんま、痛い痛い痛い!」
「この期に及んで何を待つというのだ!往生際の悪い奴を待ってやる道理などない!」
「いや、痛いんだって!本当に痛い、いだだだだだ!」
「当たり前だ!罪を犯しておいて痛い目を見ずに済ませようなど片腹痛いわ!」
「いたたたた!いたたたたた!」
「こっちです、こっち!」
「お客さん!お客さんちょっと!一旦離れましょう、ね?子供に暴力は・・・あれ?」
駆け付けた店員はポカンとした。
万引き騒ぎが起こっていると知らせを受けて。
大学生が万引きして、中学生が見つけて、とそこまで聞いて向かったところ、棚の向こうでなんだか痛い痛いと悲痛な声が聞こえるから、すわいたいけな中学生が暴力の餌食にと思い馳せ参じたのに。
「俺だって!暴力振るわれてんのは!」
「取り押さえているだけだろう、軟弱者めが。」
「えーと・・・あれ?」
「お店の人困ってるね・・・」
「まあ無理もないわ、ね。でも大人が来てくれたから、これで一件落着よ。」
網代はそっと店員に近づいて言った。
「あのう。」
「え?」
「私も見てました。あのお兄さん、万引きしてました。それは確かです。」
「あ、そう。ええと、なら・・・と、兎に角離れなさい!君は事務室だ!君も一応残って!」
取りあえず悪いやつを捕まえないと。
入ったばかりの新人バイト君は、網代の証言でやっと動き出せたのだった。