「ゲームセットアンドマッチ!ウォンバイ立海大附属!6-1!よってD2は、立海大附属の勝利とします!」
「ゲームセットアンドマッチ!ウォンバイ立海大附属!6-3!よってD1は、立海大附属の勝利とします!」
「ゲームセットアンドマッチ!ウォンバイ立海大附属!6-0!よってS3は、立海大附属の勝利とします!」
「ゲームセットアンドマッチ!ウォンバイ立海大附属!6-0!よってS2は、立海大附属の勝利とします!」
もうこんなの晒し物だわ。
観客席に居た見知らぬ誰かがそう零したのが、観戦していた一同の耳にも入った。
「同意見なのね。此処まで来ると惨いのね。」
「うんうん!今日も絶好調ですなあ!」
「えげつないくらい勝ちよるw相手のトラウマになるぞw」
「3試合勝ってるんだし、もう勝利は確定だからS2とS1は本来棄権しても良いところなんだけれどね。」
「そういうのは、おそらくしないかと・・・・」
「あいつ等そういうの大嫌いだからね。」
嫌いだかなんなんだか知らないけれど、相手の気持ちもちょっとは考えてあげて。
思わず見てる側がそう言ってしまいたくなるような圧倒的な地力の差であった。
中薮谷だって、関東まで出てこれるような実力は持っているのである。
地区予選を抜け、県大会を抜けてここまで来たその強さは、決して運がいいとかたまたまとかではない。
それなのに、こんなにも歯が立たないなんて。
負けるにしたって、望む負け方と言うのがあるじゃないか。
「王者がこんなに遠いなんてな・・・」
「ああ・・・せめて一勝くらいはもぎ取りたかったが・・・」
「先輩。」
「沼津・・・」
意気消沈する中薮谷のベンチでは、気落ちしている部員たちの中で一人ひょうひょうとした態度を崩さない選手が居た。
沼津真澄。2年生のS1である。
「俺はどうしたら良いんですか。」
「分かってる。もうこの試合はこっちの負けだ。」
「ごめんな沼津。結果的にとはいえ、勝っても負けても変わらないような勝負させちまって。」
「なんだったら、棄権するか?どうせもう決着はついてるんだし・・・」
沼津はこの時ちょっと、「それでも良いかも」なんて思った。
だって面倒だし。
それに相手は1年生だ。弱い者いじめみたく思われるのも癪。
でも思い直した。
だって逃げたなんて思われるのも腹立たしいし。
それに1勝くらいはそれこそもぎ取りたい。
「やりますよ、当たり前でしょう。」
「そうか?」
「はい。」
この時にやりますと言ってしまった事を、沼津は間もなく後悔することになる。
「それではこれより、立海大附属対中薮谷、S1の試合を始めます!両校、礼!」
「お願いします。」
「お願いします。」
沼津は深呼吸をした。
「プレイ!」
「・・・はっ!」
自分のサーブから。
ドン!
「15-0!」
そこら中からおおお!と歓声が上がる。
すげえ!リターンエースだ!という声も。
沼津的には実況ご苦労様、というところ。
「・・・ふうん。」
(成程、なかなかのスピードだ。が・・・ついていけない、という程でもない。)
しかし逆に、余裕で追いつくなという程でもない。
単純にボールのスピードだけの話をするなら、まあまあギリギリの攻防になる。
(流石立海の1年と言うべきか。しかし、相手が悪かったな。)
沼津は幸村の事をよく調べていた。
そもそも立海という学校そのものがマークされている上に、地区予選と県大会のデータを見たところ幸村は大体オーダーでS1に据えられていた為、多分自分と当たるだろうなというのも予想がついていた。
試合も、今年が始まって公式試合3戦分だけだが見る事が出来た。
それで分かった事がある。
幸村精市。
この男は、決め技を持っていない。
「ふっ!」
「はっ!」
(・・・此処だ!)
続くラリーの中、沼津の挙動が急に変わった。
「・・・はあっ!」
「出たぞ!」
「沼津のダウンザラインだ!」
なんだと。と、テニスに見識の深い者は思い。
何それ。と、テニスのことよく知らない者は思う。
どちらにせよそれに対して何かコメントをするより先に、沼津のショットは幸村のコートに恐ろしい正確さで向かっていく。
(どうだ?これは予想してなかったはずだ。)
返せまい。
このショットは、仮に予測していても返すのが難しい。
2回目からは警戒されるかもしれないが、1発目はよほど運が悪くない限り入るのがこのショット。
(だが、1発で十分だ!これであっちに奇襲をかけーーーー)
「・・・・え?」
沼津は我が目を疑った。
何故だ。
何故そこに居るんだ。
さっき居なかっただろ?
予想してなかったんだろ?
ちゃんと居ないことを確認して打ったのに。
止めろよ。
返すにしても、せめてもっと必死に返せよ。
なんだよその、お手本のような綺麗なフォームは。
止めろ。
返すな。
返すな。
その位置。
そのフォームは。
ドン!
呆然とする沼津の足元に、ボールの跡。
「30-0!」
信じられない思いで審判のコールを聞いた沼津は、無意識にポツリと呟いた。
「・・・ダウン、ザ、ライン・・・・」
「ほう。あの男、意図してダウンザラインが打てるらしいな。」
「ああ。だが、気の毒だがあの程度のショットの処理は幸村には造作もない。」
「造作もない、ねえ・・・」
「ははっ!我が後輩達は優秀じゃないか。」
「ああ。一瞬ヒヤッとしたけど、流石だな。」
「おーーー!すごいすごい、今の何ー!?」
「何かダウンザラインとか言ってたけど。」
「あのう・・・ダウンザラインっていうのは、」
「「・・・・・・」」
「あのー、もしもしw」
「・・・!え、ああ。うん。ダウンザラインだね。」
「ダウンザラインっていうのは、今見たショットの事なのね。サイドラインぎりぎりの所に打たれた時のリターンショットの一種なのね。」
「通常あそこまでギリギリに入るショットは、返す時空いている逆サイドのクロスに打つのが主流なんだ。でもダウンザラインは、来た球をそのまま真っすぐ返す。文字通り、真っすぐ正面にね。」
「そして、真っすぐ打たれた球は今度は相手のサイドラインギリギリに入るのね。これがダウンザラインと呼ばれるショットなのね。」
「えー!でもでも、あの線からはみ出ちゃったらアウトっしょ?」
「そう。だからダウンザラインを意図して決めるのはとても難しいんだ。かなり正確なコントロールを要求されるからね。」
「彼奴、そんなショットそっくりそのまま返してんのかw」
「凄いです・・・!」
「まあ練習量増えてるって言ってたしね。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
佐伯と樹は思わず無言になってしまった。
ダウンザラインをダウンザラインで返す。
それを1年の段階で涼しい顔してやってのけることがどれだけレベルの高いことなのか、ビードロズはわかっていないのだ。
凄いとか言ってるが、凄いなんてもんじゃ片付かない。恐ろしいくらいだ。
(向こうの選手が可哀想なのね・・・)
(決め技をそっくり返されるなんて・・・心が折れてもおかしくはないな。)
佐伯の思った通りであった。
沼津はあまりの衝撃に、心が折れている事さえなかなか自覚出来なかった。
そこから先はもうガタガタである。
「15-0!」
「30-0!」
「40-0!」
「ゲーム立海!2-0!」
「3-0!」
「4-0!」
(こんな・・・こんな馬鹿な・・・・こんな・・・)
最初の一回だけならたまたまで片づけることも出来た。
たまたま返球のライン上に幸村がいて、たまたま幸村のリターンもダウンザラインになってしまったのだという奇跡的なまぐれ。
そんな事あり得ないなんて対峙している沼津が一番わかっているのに、そう思いたかった。そうであって欲しいというただの願望だ。
「沼津の奴、自棄になって・・・・」
「ああ。もう何度めかもわからないダウンザラインだが・・・」
「くそっ!また返された!」
そう、沼津はもう何度も何度もダウンザラインを打っている。
ダウンザラインで相手の意表を突き、相手がそれに気を取られてペースを崩した所で普通のショットでポイントを取る。
ずっとそうやって勝ってきたのに。
なのに。
(ダメだ・・・返される・・・あそこに打っても向こうに打っても・・・何をどこに打っても入らない・・・)
まるで練習用のそういう機械か何かを相手にしてるようだ。
ポイントが取れない。
こっちのショットが相手のコートにちゃんと入る気がしない。
あそこに打ったらこうやって返される。
こっちに打ってもああやって返される。
気持ちで負けてちゃダメだと思うのに、心が全然言うことを聞かない。
「・・・!」
あそこに幸村が居る。
何故だ、何故自分が打とうとしていた所に待ち構えてーーーー
(・・・いや、居ない!俺の見間違いだ!思い込みだ!)
ああ、ダメだ。
もうダメ。
「・・・・棄権、します・・・」
カララン、とラケットが手から滑り落ちた音がする。
情けない。
でももうダメだ、ダメなんだよ。
一瞬とはいえ自分で勝手に敵の幻覚を見て足を引っ張られるなんて、もうメンタルがコテンパンにやられてる何よりの証拠だ。
もう無理。
もう戦えない。
たとえポイントにはまだ猶予があっても。
中薮谷の部長は、思わずベンチから立って駆け寄った。
「沼津・・・」
「すいません部長、すいません・・・」
「・・・いや、いいんだ。お前は頑張った。」
あの偉そうな所のある後輩が、こんなに憔悴してるなんて。
今の沼津を前に諦めるな頑張れなどと自分は言えないし、他に言える者も居なかろう。
「・・・幸村君。こっちの都合で本当に申し訳ないが、こういう事だから。」
「いえ、お気になさらず。それより・・・」
幸村としては別に、勝ちは勝ちだから一向に構わない。
それよりも気になるのは、棄権のしかただ。
「体調が悪いんですか?」
「あ、いや。そういうわけじゃ・・・」
「ひ!」
ビク!と肩を揺らす沼津。
「・・・・?」
なんだ。
なにをそんなにびくびくおどおどしてるんだ。
さっきまで普通だったのに何故。
「君達。どうするんだい?中薮谷の棄権ということで構わないのかな?」
「あ、はい!そうしてください、こっちの不戦敗ということで・・・」
「分かった。それでは、中薮谷中学の棄権により、S1は立海大附属の勝利とします!」
(ううん・・・)
勝ったけど何か今一つ釈然としない幸村。
何だろう。
怯えられていたようだったけど、何かしたかな。
特に危ないプレイとかしなかったし、煽り合いとかも今回なかったし、怖がられる覚えがないのだが。
(まあ一先ずは置いておこう。後で弦一郎と柳に相談だな。もしかしたら、外から見ていないと分からない何かがあったのかもしれないし。)
取りあえず今は整列だ。
「・・・・・・・」
「棄権か。些か不可解な成り行きだが・・・柳、どうかしたか。」
「・・・いや。少し考えていることがあるんだ。部長。後であちらの沼津選手に話を聞きに行きたいのですが。」
「え?ああ、俺は構わないけれど。ただ、あっちがどうかな。様子が変だったし、都合が悪いって言われたら食い下がらないで帰って来いよ。」
「はい。」
「え?お?ええー?試合はー?これで終わりになっちゃうのー?」
「そりゃまあ、棄権だからねw」
「相手の方、お具合悪いんでしょうか?」
「かもね。顔色悪かったし。」
「サエ・・・」
「ああ・・・すごいものを見たな。」
王者だ王者だなんて言われているのは知ってても、まだ1年生の自分達はその実力の程をまだ分かってなかったんだ。
その事を佐伯と樹は、思いがけず肌で実感する羽目になったのである。
「あーん、勿体ないー!折角ゆっきーの出番だったのになー!」
「まあまあ、もう関東大会ですから。S1まで勝負が縺れ込むことも・・・勿論もっとスムーズに勝てた方が良いんでしょうけど、これから先そういう事もきっとありますよ。」
「いや、疑わしいぞw言っちゃ悪いけどw」
「何にせよもう終わりでしょ。良かったじゃん、ちゃっちゃっと終わって。」
「この後はもう午後試合なのね。」
「こっちの出番だな。」
「2人とも、有難うございます。本当に助かりました。」
「本当それよwお前らが助けてくれなかったら絶対遅れてたもんw」
「あんたらはこれから試合なんでしょ?」
「そうなのね。俺達はまだ出られないけれど、あっちのコートでやるのね。」
「今日はお昼ご飯お家にあるから駄目だけどー。でも今度試合見れたら、サエちん達の事も応援しちゃうかんねっ!」
「はははっ!有難う、嬉しいよ。」
(それまで立海に当たらないと良いんだが・・・・)
正直言って、全国に出られるとか出られないとかと同じくらい立海に当たる事そのものが重い。
あんな心を折られるような負け方したら、全国に出られたとしても引きずってしまって碌な結果にならないだろう。
ビードロズ達に畏怖の念をひた隠しにして、佐伯は笑った。