First region competition:First round 1 - 9/9


さて。
少し時を遡って立海がまだS2の試合をしていた頃、逆側のコートの付近では可憐と千石が落とした書類探しに勤しんでいた。

「見つからない・・・見つからない・・・どうしよう見つからないっ・・・!」
「まあ落ち着いて、桐生さん。今日中になんとかすれば良いんだし、ほら!氷帝の試合が終わったら、手の空いた人が応援に来てくれるよ!ね?」

千石は可憐の背中をポンと叩いた。

「ほら、笑って笑って!困った時こそ、明るくポジティブに!それがラッキーの女神様に気に入られるコツだよ?」
「む、難しいっ!結構難しいよ千石君っ!」
「そこを頑張ってやってみるんだよ。そしたらきっと良い事がーーーー」


「可憐ちゃん!」


網代の声がした。
顔を上げると、忍足も一緒だ。

「良かった、居ったわ。」
「ふう、見つけたわ。可憐ちゃん?あのね、書類の事なんだけど落として無くなったって言ってたじゃない?」
「ううう、ごめんなさいっ!まだ探し中でーーー」
「あったわよ?」
「ーーーーえ?」

微笑む網代の右手には、ひらんと翻る紙が一枚。

「うふふっ!可憐ちゃん、忘れたの?」
「書き損じの訂正印を押すからいうて、いっぺん束から抜いたやろ?そのままテントに置きっぱなしになってたで。」
「・・・・・ああああー!」

そうだった。
忘れてた。

そうだそうだよ、これだけ抜いたんだ。
そういえば抜いてから戻した記憶がない。

「ご、ごめんなさいっ!私てっきり揃ってるものだと思ってっ!」
「まあまあ、誰でもようやるミスやさかい。」
「結果的に見つかったんだし、遅れもないわ。これで解決よ、ね?」
「うん・・・ああ良かった・・・!」

本当にどうしようかと思った。
焦ってた時間は1時間くらいでしかなかったが、まるで午前中ずっと焦ってたかのようなグッタリ感だ。

「うんうん!めでたしめでたしだね!ほら桐生さん、上手くいっただろう?」
「うんっ!千石君も有難うっ!ごめんね、時間取らせちゃってっ!」
「いやいや、大丈夫だよ!ほら、結局まだお昼にもなってないしね。」

全然問題なし!と言って優しく笑う千石に、可憐はそれこそラッキーだと思った。
良かった、親切な人が手を貸してくれて。
自分1人だったら余計パニックになって、もっとややこしい事態になっていたかもしれない。

「そういえば、自分・・・」
「あ!山吹中の千石だよ、よろしくね。いやあ、今日は間違って氷帝側のコートに行っちゃってね!それで、桐生さんが書類の提出がてら、向こうのコートの道を教えてくれるってことで、受付まで一緒に行ったんだ。」
「それで今迄一緒に探してくれてたの・・・本当にごめんね千石君っ!道を教えるどころか、私のドジに付き合わせちゃってっ!」
「ううん、何度も言うようだけど良いんだよ。思いがけず、2人目の可愛い子にも会えたしね!やっぱり俺ってラッキー♪」
「あら、可愛い子って私のこと?」
「勿論!桐生さんも可愛いけど、君もとっても可愛いよ!いや、どっちかっていうと君は綺麗な子って感じかな?」
「ふふっ、有難う。お上手ね♪」

(テンポの軽いやっちゃなあ。)

クラスに1人か2人は居るよね、こういうライトで明るいオーラの奴。
なんて忍足はぼんやり考えているが、隣で黙っている可憐は内心で焦っている。

(忍足君、ぼんやりしてちゃ駄目だよっ!忍足君も何かこう・・・何か言わないとっ!)

何かって何なのか、そんなの可憐自身にも分かりはしない。
でも兎に角、他の男子が網代を褒めているのに忍足が無言っていうのはまずいんじゃないかと気が急いてしまう。
でもだからと言って、それを今口に出しては言えないし。

「君は氷帝の選手だよね?羨ましいなあ、こんな可愛いマネージャーさん達が居れば練習に気合も入るでしょ?」
「まあ、サボったらあかんなとは思うわ。いつも頑張ってくれてるさかい。」
「だよね!あー、うちにもマネージャー欲しいなあ!伴爺にかけあってみようかな?あ、うちの顧問なんだけどね。」
「うーん、そんな理由で言い出して取り合って貰えるものかしら?」
「私も難しいと思うなあ・・・」
「ええ?そんな事ないよ、選手のモチベーションアップの為なんだから!可愛い女子マネージャーさんが応援とかしてくれてさあ・・・ああ良いなあ。

それにもしかしたら、彼女になってくれちゃったりするかもしれないしね!」

千石的には実に何気ない発言である。
部活に可愛いマネージャーが居て、その子が彼女だったりしたらもう言うことないじゃない?くらいの軽い話題のタネ。

でも可憐からすると、この話題は実にタイムリーなのだ。
さあ、行け。頑張れ。今だぞ。

なんて思うのに。

「どう?そういうの良いと思わない?」
「然程。」
「ええ?そうかなあ、分かってくれると思ったんだけど。」
「失敗出来へんくなるやん?」
「あー、成程ね!それは確かに同じ男として分からなくもないね、うんうん。好きな子に負け試合とか見られたくないよねえ。」
「分かって貰うて。」
「ねえちょっと、貴方達。そういう会話は、女子マネージャーが見てる前でするものじゃないんじゃないの?」
「おっと、失礼!それはもっともーーー」

ブ、ブ、ブ、ブ、ブ。
ブ、ブ、ブ、ブ、ブ。

「あ、南だ・・・ごめんね、ちょっと呼ばれちゃってるみたいだから俺はこの辺で!」
「ああっ!ごめんね千石君引き止めちゃってっ!」
「いや、良いんだよ!それより書類の件、解決して良かったじゃないか。これで心置きなく試合出来るって事で、当たった時はよろしくね!」
「うんっ、よろしくねっ!」

そう言って最初から最後まで明るい態度を崩すことなく、千石は軽やかに去っていった。

「・・・良い人だったわね、千石君!」
「うんっ!良い人だったよ、助かっちゃったっ!」
「可憐ちゃんはええ人に遭遇する事が多いなあ。」
「えへへっ。そうだね、私ってそういう運は良いのかもっ!」
「それこそ千石もさっき、自分はラッキーやみたいな事言うてたな。」
「あっ、そうそうっ!千石君ってラッキーなんだってっ!自分は幸運の女神さまに、人よりちょっと気に入られてるんだって言ってたよっ!」
「ああ、分かるわ。居るのよね、不幸が似合わないタイプの人って。」

網代の言うことは可憐も分かる気がした。
例えば紀伊梨なんかもそうだが、不幸の方が避けていくタイプの人間というのは実際居ると思う。
千石は困った時こそ明るくポジティブにしているのがコツだと言っていたが、成程。紀伊梨は得意そうだ。同時に自分はちょっと頑張らないと出来なさそう。

「侑士君は逆、ね?」
「ん?」
「不幸が似合うタイプっていうの?ラッキーを頻発するタイプではないじゃない?」
「ええっ!?そうかなあ、そんな事・・・ないよ、ねっ?」
「いや。自分でも要領はええけど、幸運に恵まれてる方やとは思うてへんで。まあまあ人並みやわ。」
「ふふふっ!気を付けないと、それこそ良いなと思ってる女の子に負け試合を見られる事になるわ、ね。」


「分かってるんやったらあんまり見んといて。」


そう言って忍足が網代の肩を軽く叩く光景に、心臓が跳ねた。

なんだかんだ、可憐は忍足がアプローチしている場面にまともに遭遇したことが今まで無かったのだ。
そうか。
こうやって距離を詰めるんだ、忍足は。

「・・・どうしようかしら。見るなって言われると見たくなっちゃうのよ、ね?」
「そういうのを天邪鬼て言うんやで。」
「そんな事ないわよ。ねえ可憐ちゃん、侑士君ったら今朝からなんだか私に当たりがキツイと思わな・・・可憐ちゃん?」
「・・・?どないしたん?」
「えっ、あ、ううんっ。なんでもないよっ!」
「本当に?今日は暑いし、熱射病とかでくらっと来てたりしていない?」
「見た感じそういうわけやなさそうやけど・・・」
「ううんっ!ううんっ!本当になんでもないのっ!なんでも・・・」
「・・・まあ、そうやとしても今日は暑いんはほんまやから。」
「そう、ね。早めにテントに引き上げましょ。」
「うん・・・」

どうしてなんだろうか。
ついさっきまで、いけいけと内心で忍足を促していたのに。
なのにいざ思い通りになったら急になんだか気分が沈む。
喜ぶ場面なのに。

釈然としない思いを振り払えないまま、可憐は心なしか重くなる足を無理矢理いつものペースで動かすのだった。