First region competition:First round 2 - 6/7


あの、お手洗い借りて良いですか。

そう言うと、メイドさんがすっと一人前に進み出てきて、ご案内いたしますこちらへどうぞととても丁寧に付き添ってくれた。
でも、トイレの前でメイドさんが待つ素振りを見せた時。どうしても気恥ずかしさが先に立ち、一人で戻れるから大丈夫と言って下がらせてしまった。

やってしまった。
なんで見栄はってあんなこと言ったんだろう。

「どうしよう、どっちに行ったら良いのーっ!」

可憐は跡部邸で立ち往生していた。
もう、自分が家のどの辺の位置に居るのかもわからない。
人に聞こうにも、さっきから誰も通りがからない。人の多さを家の広さが上回っているのだ。

勝手に部屋に入ったりしてまずい事態になると困るから、部屋を開けて回るとかも出来ない。
メイドに気を取られて、スマホも食堂に置いてきてしまった。
ああもう自分のバカ、どうして待ってて貰わなかったんだろう。学校でも未だにちょくちょく迷うのに、初めて来る大豪邸で一度しか通ったことないルートをちゃんと戻れる自分じゃない。ちょっと考えれば分かることなのに。

「どうしよう、どうしようっ!誰か・・・」


「・・・桐生さん。」


「え?」

振り向くと、そこには救世主の姿が。

「・・・樺地君っ!」
「ウス。」

樺地は幼稚舎の制服で立っていた。
今日は土曜日だが幼稚舎は登校日だったので、今しがた帰ってきて荷物を置いたところだった。

「良かったーっ!樺地君、食堂ってどこかわかるっ?」
「・・・食堂、ですか。」
「そうなのっ!お昼にお呼ばれしてたんだけど、お手洗い借りたら帰れなくなっちゃってっ!」
「・・・・?食堂は、向こうです・・・。」
「うんっ!やっぱり知ってるんだねっ!」
「一番近いトイレは・・・あっちです・・・。」
「ん?うんっ?」
「此処は、この家の一番奥、です・・・。」
「・・・うん。」
「どうして、此処に・・・・?」
「・・・・・ごめん。」
「・・・・?」

樺地は悪くない。
彼に限って、まさか嫌味を言ってるなんてあり得ない。

樺地はただ、純粋に疑問なのである。
食堂からトイレに行ってと今言ってたけど、此処って食堂からもそのトイレからもかなり離れてるんだけど。例えるなら東京へ行きたいの、と言いながら大阪に来てる人を見てるような意味不明さを覚えているのだ。

「・・・と、兎に角っ!申し訳ないんだけど、食堂へ行きたくって、」
「ウス。こっち、です・・・」
「ああ良かったっ!ごめんね、樺地君は樺地君の用事があるのにっ!」
「いえ・・・自分も、向かう所でした・・・・」
「そうなのっ?良かった、じゃあ一緒に行こうっ!」
「ウス。」

こうして可憐は、トイレを出てから15分後にやっと戻る術を見つけたのだった。






(凄いなあ、樺地君は・・・)

そもそも樺地は慣れてよく知っているというのもあるだろうが、迷いのない足取りですたすた少し前を歩く樺地を、可憐は羨望の眼差しで見つめてしまう。

「樺地君は、跡部君のお家で迷ったことないのっ?」
「ウス。」
「あ、そうなんだ・・・」
「跡部様と・・・ずっと一緒に行動してましたから・・・」
「そっかっ!一人であんまりうろうろしたことないんだねっ!」
「ウス。」
「あっ!でもお手洗いの時なんかは?」
「そういう時は・・・道を覚えられるまで・・・使用人の方が、一緒に。」
「ああうん、そうだよねやっぱり普通そうするべきなんだよね・・・」

見栄や意地とは無縁の男、樺地。
人間何かと素直な方が結果的には生き易いという好例。

「樺地君は、今日は登校日だったのっ?制服着てるよねっ?」
「ウス。今日は・・・進路相談の日です・・・」
「そうだったんだっ!樺地君は、やっぱり氷帝っ?」
「ウス。」
「・・・あれっ?そういえば樺地君って、テニスはやるのっ?」
「ウス。部活も・・・テニス部にしようと。」
「そうなんだっ!樺地君って強いのっ?」
「・・・・自分では、よくわかりません・・・」
「あっ!そ、そっかそうだよねっ!ごめんねっ!」
「ただ・・・」
「?」
「跡部様から・・・筋が良いと・・・・」
「そうなのっ!?凄い凄いっ!凄いよ樺地君っ!跡部君がテニスで人を褒めるなんて、本当に上手い証拠だよっ!」
「・・・・・ウス。」

珍しく、ちょっと嬉しそうにする樺地。
彼のこういう姿は、仲良くなれた気がして可憐もちょっと嬉しい。

「じゃあ来年もテニス部は安心だねっ!他にも誰か強い子が入ってきてくれたら良いんだけどっ。」
「・・・隣のクラスに。」
「えっ?」
「テニス部に入ると・・・言ってる生徒が・・・居ます。」
「そうなのっ!?誰誰っ!?強いかなっ!?」
「・・・日吉、という名前だったと・・・」
「日吉君かあ・・・聞いた事ないなあっ。」
「大会の成績は・・・良いらしいです・・・」
「あっ、じゃあ強いんだっ!やったっ!」
「それから・・・」
「から?」
「その友人・・・鳳という生徒も・・・テニス部志望だと・・・」
「その子もなのっ!?やった!」

まあこんなに必死になって聞かなくても、あの王が居ればオーラに引き寄せられて人数は入ってくることが保証されてるようなものだが、それでも嬉しい。強いなら尚更だ。

「えへへっ!なんだか気が早いけど、今から来年が楽しみだなあっ!後輩ってきっと可愛、い・・・・」

そうだ。
そこまで言っておいて、自分で思い出した。

「ねえ樺地君っ!」
「・・・?」
「木崎千歳ちゃんっていう女の子知ってるかなっ?」

そうだ、樺地は幼稚舎なのだ。
所属は木崎と一緒。

「どうかなっ?」
「・・・・知ってます。」
「知ってるのっ?」
「ウス。・・・隣の、クラスです・・・」
「あっ、クラスメイトじゃないんだ。」
「ウス。」
「逆に隣のクラスでテニス部でもないのに知ってるんだねっ?」
「ウス。・・・偶に・・・」
「偶に話すのっ?」
「いえ・・・家庭科室に・・・来ます。」
「家庭科室っ?」

樺地はちょくちょく家庭科室に行く。
お茶にうるさい跡部の舌を満足させられる紅茶を入れるべく、空き時間に練習しているのだ。
そしてその家庭科室に、木崎は時折姿を見せる。

「何話すのっ?あっ、っていうか話したりするっ?」
「いえ・・・特に会話は・・・」
「ああ、まあそうだよね・・・」

聞いた後に思い出した。木崎はそもそも人嫌いなのだ。ただでさえ跡部以外に関心が薄い樺地と会話なんてある筈もなく。

「・・・・偶に。」
「えっ?」
「叫んでいます・・・」
「えっ!?!?千歳ちゃんがっ?」

樺地は頷いた。

「菓子作りに・・・失敗すると・・・叫んで・・・」
「あ、ああ・・・」
「オーブンを・・・蹴っています・・・」
「う、ううん・・・」

いかにもやりそうではある。
言っちゃ悪いけど。

「あの・・・なんて叫ぶのっ?」
「・・・・あまり・・・良くない事です・・・」
「ああうん、そうだろうね・・・」

樺地は眉をちょっと下げた。
自分に言われてるのではないと分かっていても、目の前で罪のない学校の設備をガンガン蹴りながらなんでよ!くそが!役立たず!と叫んでいるのを見ると、それなり以上に気にはなる。設備に罪はないのに。
樺地にとってはさしたる問題じゃないので言わないが、初めて怒鳴ってた時にそっちを見たら「何見てんのよ!」と八つ当たられたりもした。それ以降樺地はそっちだけは見ないようにしているが。

(本当に千歳ちゃんってどこで誰相手でもあの調子なんだなあ・・・)

そもそも木崎は好きな人がテニス部志望だからという理由で可憐達と知り合ったわけだが、多分中学に上がるとそれ繋がりでより関わることになるだろう。
それこそマネージャーを志望してきたりするかもしれない。

(でも千歳ちゃんってあんな感じで面接通るのかなあっ?あ、でも跡部君は案外あのくらいハッキリいうタイプの方が気に入るかも・・・ああでも・・・神宮さんはどうかなっ?茉奈花ちゃん達から聞いた話だと、神宮さんは普通に通りそう・・・あ!でも、神宮さんが通って千歳ちゃんが通らないみたいなことになったら千歳ちゃんまた荒れちゃうんじゃ、)

「・・・着きました。」
「えっ?あっ!本当だ、食堂のドアだっ!皆、ただいまっ!」
「あ、可憐ちゃん!良かったー、帰ってきたわ!あら、樺地君も。」
「ウス。」
「帰ってけえへんけど大丈夫か、いう話しとったとこやねん。」
「ご、ごめんっ!迷っちゃってっ!」
「お前、メイドを付けてやったのにわざわざ追い返したらしいじゃねえか。アーン?」
「ごめん、一人で戻れると思って・・・」
「出来るわけねえだろ、お前に限って。」
「跡部。」
「返す言葉もありません・・・!」

何はともあれ、可憐はまさかの「家の中で遭難」という展開を切り抜けたのだった。
来年の夏に思いを馳せられるような話と共に。