「ゲームセットアンドマッチ!ウォンバイ立海!6-1!」
「ありゃりゃー。」
「1ゲーム落としてしまいましたね・・・千石君?どうしました?」
「・・・・・」
「あり?千ちゃん?千ちゃんってばー!」
千石は冷や汗をかいていた。
やばい。
これはやばいぞ。
「何がやばいのー?」
「え?あれ?俺今、声に出てたかい?」
「はい。」
「そっか・・・参ったなあ。」
「ねーってばー!やばいって何がー?」
「立海の強さだよ。正直ここまでのレベルとは思っていなかったんだ。」
今D2、それからD1を見ただけだが、それでも他校に行っても即レギュラーになれる程度には強い。
しかし、紫希と紀伊梨の言うところによると、これは正規のダブルスペアではない。上に1年生が3人入って、言わば繰り下がるような形で嵌った急造ダブルス。
嘘だろ。
今のを見て、誰がそんな事を信じる。
(これで繰り下がりだなんて・・・上からこの2人を押しのけて入った1年生3人はどれほどの実力だっていうのかなあ。)
おお怖い。
多分今の試合展開だとふっつーに3タテされて苗場は負けるだろうから、S1まで見られないと思うが。
「これは逆に、この方が良かったなあ・・・」
「にゃにがー?」
「いや、この対戦は悪いけどS3で決着だろうから。S2、S1が見られないだろうけど、却って良かったなって。」
「えー?なんでー?いっぱい見た方がお得じゃーん!」
「そっちの方が、勉強になると思うんですけど・・・」
「いやいや、あんまり圧倒的な試合ばっかり見るのも良いこととは言えないんだよ?レベルが違いすぎても勉強にはなりにくいし、それに・・・」
「「それに?」」
「・・・相手をよく知るっていうのは、実力の差を噛みしめることでもあるからね。軽い気持ちでそんな事をすると、勉強云々以前にメンタルをやられちゃうよ。」
それはもう始まっているD1の、苗場側の選手の顔を見ていてもわかる。
1ポイント取られるごとに濃くなっていく絶望の色。
苗場だって別に弱いわけじゃない。関東まで出てこれてるんだもの。
でも、それが今は逆に裏目。
なまじ実力があるせいで、相手がどんなに強いか必要以上にわかってしまう。
「それって、その・・・諦めてしまうっていうことですか?」
「諦めてしまうのとはちょっと違うかなあ。なんていうのかな、テニスって基本的には諦められないんだよね。」
「諦められない・・・?」
「そう。どんなに相手が強かったとしても、基本的には相手が打ったら打ち返そうとしなくちゃいけないだろう?見なきゃいけないし、走らなきゃいけないし、ラケットを振らなくちゃいけない。頑張ることを強いられてるっていうのかな、対人競技だから仕方がないんだけどね。」
「しいら・・・?たいじん・・・」
「そうさせられてる、っていう事です。対人っていうのは相手がいるという意味です。」
「ほうほう!えーとだからー・・・頑張らされてるんだね!えーと、相手が居るスポーツだから!」
「あはは!そうそう、その通りだよ。でも、頑張っても頑張っても勝ち目の糸さえ見えない、その上で最後まで頑張れっていうのは本当に難しいんだ。嫌になるというよりも、怖いんだよね。」
「へー!怖いのー?」
「そうだよ。人間誰しも、頑張っていればいるほど届かなかった時の苦しさは大きい。しかも勝つか!?負けるか!?みたいな良い勝負ならともかく、ここまでコテンパンにやられちゃうとね。」
進む先に負けしか待っていない苦しみ。
途中でリタイアも出来ない恐怖。
またあの立海の隙のなさがえげつなさに拍車をかける。
王者立海は決して油断しない。
どんなに相手が弱くても最善を尽くす。
そのせいで相手の心が折れても別に構わないというか、より勝利が近くなるのだからそれで良いと思っているくらいだ。
「ふーん・・・あ!ねーねー紫希ぴょん、そういえばさー!こないだもそんな感じだったよね!」
「え?」
「ほら、一回戦の時のゆっきーの試合のさー!相手の人、途中で辞めますーって言っちゃったっしょ?」
「あ、ああ・・・そうですね、確かに棄権してましたね。」
「え?そうだったの?」
「はい。なんだか顔色が悪くて・・・体調が優れなかったのかも、」
「えー?具合悪いとかじゃないよー!だって始まった時は元気だったじゃん!得意技も決めてたし!」
「それは確かに。」
「それよりそれより、もうお終い!って言った時、ゆっきーの方見てめちゃんこびびってたっしょ?あれは多分そうなんだよ!途中で怖くなって、いやになっちゃったんだよ!」
「・・・・確かにそうかもしれません。」
「ええ・・・」
ちょっと引く千石。
いや確かにメンタルにクルねって言ったのは自分なんだが、棄権まで縺れ込むとか相当だぞ。紫希と紀伊梨は知らないゆえにあり得るねといとも簡単に言ってるが、知ってる身からすると、本当に棄権に至るのは相当珍しいケース。
「・・・・凄いんですね。」
「え?」
「あ、いえ。なんていうか・・・私、今まであんまりテニスのこと知らなくて。単に皆上手で凄いなあって思ってたんです。でも今の千石君のお話や一回戦の試合を見て、こう・・・上手いだけじゃ駄目なんですね。勝ったり負けたりして続けていくには、勇気がないと・・・」
自分が丸井に教えてもらったテニスとは種類が違う。
プライドとプライドのぶつかり合いは、常に自分が折れる恐怖と隣り合わせだ。
(・・・やっぱり出来ません。アイドル扱いされたいからなんて、そんな気持ちだけでこんな厳しい勝負をずっとなんて・・・)
そりゃあもしかしたらそういう人も居るかもしれない。
でもそうだとしても、その気持ち「だけ」ではないはずだ。
そんな気持ちじゃ勝負の世界にずっと身を置くなんて出来ない。
(一条さんもわかってくれると良いんですけど・・・・)
「・・・あれ?」
「「ん?」」
「あ、いえ。ごめんなさい、今向こうに一条さんが・・・同級生の子が居た気がして。」
でも今はもう影も形も見えない。見間違いだっただろうか。
「おー!いっちー来てるのー?やりましたな!」
「あ、いえ!今もう居らっしゃらないので見間違いかも、」
「向こうに行っただけなんじゃないかな?同級生って、立海の子だよね?応援にきてくれたんじゃない?」
「そう、でしょうか・・・」
千石は知らないのだ。
郁はテニス部の応援に来たりしない。
だからこそ、今どうにか好いてもらえるように・・・少なくともプラスマイナス0に持っていこうと頑張っているところ。
(でも、もし来てくれていれば・・・)
後でちょっと、注意して周りを見ておこう。
そう思って紫希が試合に向き直った時、もうS3が始まる直前であった。