「あれ?今日あいつ等居ねえの?」
いつものように午前試合で勝利を納め、さあいつものメンバーで昼食にしましょうかいと思っていたら、ビードロズの姿が見えない。
「なんじゃ、来とらんのか。」
「いや、来ているよ。でも今日は、氷帝のマネージャーの子と食べるらしいね。」
「敵ではないか!」
「まあまあ真田君。スポーツの世界では、勝負時以外では敵も味方もノーサイドですよ。」
「氷帝って言えば・・・今日何か、トラブルがあったとか聞こえてこなかったか?」
「それは少し調べてきた。あれはどうやら、マネージャーから熱射病患者が出たらしい。」
「「「「「「ああ・・・」」」」」」
全員が曇ったようなうんざりしたような顔をする。
夏は兎に角これが、本当に鬱陶しい。
「これだけ注意喚起されてるのにそうなるのか・・・」
「こういった事は他人事と思っているケースも多い。自分だけは大丈夫とは考えない事だ。」
「たるんどる!自己管理を怠るからそういった事になるのだ!」
「ま、厳しいようじゃが事実じゃな。」
「防げる事故ですからね。マネージャーさんというと恐らく女性でしょうし、スタミナ面で弱い故に倒れやすいとはいえ。」
「スタミナ・・・」
丸井はスタミナと言われるとどうしても若干1名が頭を過る。
「気になるかい?」
「へ?」
丸井の思考を見透かしたようににっこり微笑む幸村。
柳はよく妖怪悟りと部内で言われるが、モノホンの悟りは幸村ではと丸井は実は思ってたりする。
「俺も多少は心配だけど、大丈夫だよ。今日の観客席は陰になってるし、午後からは少し風が吹くみたいだし。それに棗はこういう事によく気を付けてくれるしね。」
「寧ろそういった意味では、選手である幸村君達の方が気を付けるべきでしょうね。」
「心配は無用だ。俺達はこれしきのことで倒れるような軟弱な鍛え方はしとらん。」
「まあ真田は体力があるから大丈夫だろうけどな・・・」
「でも試合は別じゃねえ?やばいと思っても好きなように休めねえじゃん。」
「そうでなくてもパフォーマンスは落ちるぜよ。」
「ああ、用心に越したことはない。特に次の試合はな。」
次の試合。対城成湘南戦である。
事と次第に寄っては千百合が学校としてあっちの肩を持つかもしれない、その事は立海テニス部全員がもう知っている。
負けられない。
勿論ここで負けたら関東大会優勝も逃すことになるし、それは常勝を掲げる立海テニス部の名折れになるからそれでなくても負けられないのだけど。でもそれ以上に、幸村精市という人材を押さえておきたいのは立海も同じなのだ。
当の幸村は割と落ち着いた顔をしているが。
「・・・なあ、幸村。」
「うん?」
「その・・・なんというか、言いにくいんだが。あの、引き抜きの話はどのくらい考えてーーー」
「考えてはいるよ。」
やっぱり。
幸村以外の全員が思った。
きっぱり袖にしてくれたら安心できるが、事ここに至って尚も取り合わない幸村ではないことも皆知っていた。この男は土台真面目なのだ。
「実際のところ、具体的にどう考えているんだ。」
「ううん・・・そうだね、色々自分で考えてみたんだけれど。」
「けれど?」
「先ず、千百合がどうのという話を完全に抜きにするとすれば、俺が転校したいと思う理由が一つもない。」
ずばっと言い切る幸村。
きつい物言いだが、事実だ。
「無論だ。進路を決定する時点で、俺達は十分熟考を重ねた筈だからな。」
「ふふっ。そうだね、その通りだよ。そして、相手の方もそれをわかっているんだ。だから自ら理由を作ることにしたのさ。」
「それが黒崎ってこと?」
「そう。千百合を味方に付けたら俺が動くとあっちは思っているんだ。そしてそれはある意味では正しいと思う。」
「ある意味、と言いますと?」
「千百合があっち側につくなら、俺は少なくとも一度は必ず考え直しをしないといけない。千百合が関わっていることをいい加減な判断で決めるわけにはいかない。それは完全にあっちの推測通りさ。」
実際、幸村は千百合に目を付けた華村を賢いとは思う。
自分を動かしたいなら千百合を動かすというのは、実際有効打だ。ただ、不愉快じゃないというと嘘になる手ではあるが。
「ただ、それとは別に千百合には千百合の考えがある。千百合を味方につけるなんて言うだけは簡単だけれど、やるとなるとかなり難しい。」
「まあそうだろうな・・・」
「実際彼奴も、あっちの誘いに乗るかどうかはこれから決めるような口ぶりじゃったな。」
「そう。おそらく千百合は、それを午後の試合で決めるつもりなんだ。」
「それって、勝った側に着くって話?」
「いや。千百合の事だから、午後の試合で俺たちが負けるパターンは殆ど考えていないと思うよ。」
油断は禁物とか慎重になるに越したことはないとか、千百合はそういう考えから遠い。
千百合は油断はしないが、徒に何かに怯えたりもしない。
客観的に見て、まあ立海が敗北することなんて先ずないと思っている。立海が勝つのは当たり前として、その過程ーーー城成湘南側の負け方を見たいのだ。
「負け方など見て何になる。過程はどうあれ、勝ちは勝ちで負けは負けではないか。負け方を見て成り行きによっては味方になるなど、俺には解せん。」
「ま、目的が引き抜きだし?勝つところは見せらんねえけどこっちに移って、って言われても誰が行くんだよって感じだろい。」
「向こうとしても、このくらいしか最早無理を通せる所が見つからないのでしょうね。」
「・・・・と、意見が出ているが。幸村。」
「うん?」
「本当に良いんだな。次の試合は、お前がS3で。」
幸村と柳、それから真田を除く4人の弁当を食べ進める手が止まった。
S3。幸村が。
それって。
「・・・おい、試合するのか!?」
「マジ?そこまですんのかよ?」
「確かに、S3は必ず回ってくるオーダーではありますが・・・」
「お前さんが出るまでもないじゃろ。出て行っても向こうに気を持たせるだけじゃ。」
わあわあ騒ぎ出す4人に、幸村は苦笑する。
オーダー提出の都合上真田と柳には一足早くこの旨を伝えていたが、その時も2人に似たようなことを言われた。
本気か。良いのか。向こうを調子づかせるだけなんじゃないのか。
「皆落ち着いて。大丈夫、俺は勝つから皆に迷惑はかけないよ。」
「いや、そういうことじゃなくて・・・」
「別に誰も幸村君が負けるかもとは思ってねえよ。」
「ええ、その心配は一切していません。」
「そうじゃのうて、わざわざのこのこ出て行ってやらんでもええじゃろっちゅう事を言いたいんじゃ。」
「それは違う。俺は千百合の為に出なくちゃいけない。」
これはもう前々から考えていた。
もしお互い勝ち進んで当たったら、その時は自分は何らかの形で必ず出ようと。
「千百合はテニス部でも何でもないのにこんな事に巻き込まれて、挙句俺のためにまともに取り合ってるんだ。なのに自分は試合にも出ないで適当に考えるなんて、そんな真似は出来ない。転校に値する学校かどうか、俺はちゃんと見極めなくちゃいけないんだ。その為には、やっぱり試合をする以上の事はない。皆、そうは思わないかい?」
「それはそうですが・・・」
「それに、もう一つの事もある。」
「もう一つって・・・」
「もし、城成湘南に移らないと結論が出たとしても俺は試合をどの道した方が良いんだ。これ以上食い下がられないために。」
幸村が、最終的にどっちの学校に所属するか。
その話は、どういう結論が出るにしろ、次の対戦でもうお終い。
これ以上もうその話はしません、と説得力を以て相手に見せるなら、やはりテニスで物を語るべきだと幸村は思っている。
自分だけじゃない。皆暇じゃない。
そういつまでもいつまでも、手を変え品を変え勧誘されても困るのだ。
それによって千百合がーーー愛しい恋人であると同時に、別にどっちのテニス部というわけでもない関係ない人が巻き込まれてしまったりするのなら尚更。
「・・・俺達も、わざわざお前が出るまでもないと言ったのだが。」
「話をこれ以上長引かせないため、と言われてしまってはな。誰にも何も言えない。」
暑い暑い。
それこそ、熱射病患者が出るような夏の暑い日。
決戦はもう目前。