「ノットレディ!」
審判がストップをかける。
幸村のスーパープレイに、コールが聞こえなくなる可能性を考慮した審判が静かになるまで始めるなと言ってるのだ。
ポン、ポン、と落ち着いた様子でボールを時折コートに落とす幸村は、浮足立っている様子など微塵もない。
「・・・・・・」
打ち返された。
スパークを、いともあっさりと。
まだ1ゲームも取れてない。
ポイントを1球分稼いだだけ、それだけ。
たったそれだけなのだ、この男の前では。
自分があんなに苦労して会得して、葛藤して打った渾身の決め球はそれっぽっちの価値しかない。
(・・・先生は、)
斜め後方のベンチに座っているはずの華村は、今どんな顔をしているのだろうか。
失望か。諦念か。
いや。
今更か。
「プレイ!」
「はっ!」
「ッ!」
平川は振り向かない。
華村がどんな顔をしているかなんて、簡単に想像がつく。
きっと華村は、いつもと同じ顔で居るだろう。
失望も諦念もしていない顔で。
そりゃあそうだ。
だって。
自分が勝つなんて華村は多分端から思っていないんだから。
「チャンスボールだ!」
「また来るぞ、スパークだ!」
「・・・・・フッ、」
「・・・?はあっ!」
「あ、あれ?」
「打たないのかよ?」
だって、打ったら自分のレギュラー落ちはその分近づいてくるんだろ。
「ふっ!」
「・・・タアッ!」
「え?え?」
「今度は打つのかよ?」
だって、打たなかったらわずかな勝ちの目が消えるんだろ。
「くっ・・・・はあ!」
「30-15!」
「きゃあ、また返した!」
「入った!すごーい!」
「もうこれは立海側には通じないな!」
「スパーク破れたり、だぜ!」
再び観客が涌く中、幸村はネット越しにこちらに近づいてきた。
「あの。」
「・・・俺か?何だよ。」
「打つのか打たないのか、どちらかにした方が良いと思うんですが。」
「ーーーーー」
「こういうのも失礼ですが、中途半端なプレイをされていると怪我に繋がります。既に一度転倒されていますし、俺も相手に怪我をさせたくはありませんから。」
勿論、打つ・・・と思いきや止めたりとか、そういうブラフはプレーの内である。
ただ幸村は平川が打たない理由が、駆け引きではなく、単純に平川の中の迷いからであることを感じ取っていた。
更に言うと。
これは親切から言ったわけではない。
平川からすると、内心の迷いに切り込まれた事になるわけだ。
俺はお前が半端な姿勢でプレイしてるの、分かってるんですよと敢えて言うことで心を折りにかかる、そういう精神攻撃。
勝つ可能性がどんなに高くても、攻撃する隙があるのなら絶対に攻撃する。より確実に勝つために。
幸村精市とはそういう男なのだ。
平川はこの瞬間、それが分かったのである。
「・・・・・・」
ああ。
あーあ。
もういやだ。
何もかもが。
「・・・・?レディー!」
「・・・・・・」
「レディー!平川選手!」
レディというのはつまり、早くプレイの準備してということ。
だらんとラケットを持った右手を下げたままの平川を、審判は怪訝な目で見つめているが、幸村の視線は平川の更に向こう。
華村に向けられている。
額に手を当てて天を仰ぐ華村に。
(こんなにぽっきりと折れるのは予想外だったんだろうね。)
しかし。
確かにそう仕向けたふしはあるが、それでもちょっと脆すぎやしないかと思うのだが。
というかそもそも、土台プレイそのものに迷いがあったわけだし、それは幸村が仕掛けたことではないし。
まあいい。
ここまでくれば、棄権にしろ続行にしろもう自分の勝ちだ。
その考えを裏付けるかのように、平川と二、三言話した審判が試合終了を告げる。
「城成湘南、棄権です!よってこの試合、立海大附属の不戦勝とします!」