立海の準決勝戦。
幸村の不戦勝が正式に決まった時点で、D2は不戦敗しているので2勝1敗。
その後の試合はS2に縺れ込むが、当然真田が負けたりするわけもなく。
斯くして立海は決勝進出を危なげなく決めた。
「あー、終わった終わった。」
「おしゃー!学校!学校!早くミーティング終わると良いなー!いっちーのお友達さんも早く帰れると良いねー!」
「ああ、まあ・・・」
試合を見終わった帰り道。
学校へ向かうべく、紀伊梨と千百合とーーーそれから郁は連れだって歩いていた。
「おい。」
かけられた声に振り向くと、そこには平川が立っていた。
「何。」
「いや。ちょっと・・・マジでちょっとで良いからお前に話があって。っつうか何か、朝と面子変わってないか?足りてねえし増えてるし。」
「まあ色々ね。」
「ちょっとちょっとー!」
紀伊梨が2人の間に割って入った。
「もー試合終わったでしょー!それなのにまだ誘おうなんて卑怯ですぞ!」
「「いや、そうじゃなくて。」」
「「え?」」
平川と千百合の声がシンクロした。
その後にシンクロしたのは紀伊梨と平川である。
「いや。なんていうか、紀伊梨。此奴そもそも、試合前の呼び出しでもそうだったけど、誘うっていうよりどっちかっていうとこっち来んな的な話だったから。だからそれは大丈夫。」
「お?え、そなの?」
「そ。だから何の話だかは知らないけど、勧誘とかそういう話じゃないよ。そうでしょ?」
「おお。それは、うん。」
「なーんだ!もー、びっくりしたなー!おどかすの止めてYO!」
(・・・なんだか、僕にはわからない話が進んでるな)
郁は完全に蚊帳の外状態である。
何か勧誘とか聞こえたけれど。
「・・・よくわからないが、話をするのかい?そこの彼と。」
「ああ、先行っといてよ。紀伊梨も。」
「えー!ちょっとちょっと、千百合っちが居ないと話になんないじゃーん!」
「いや、あんたはそうかもしれないけどそこの一条はマネジの友達と一緒に帰るのが目的でしょ。それこそぐずぐずしてて逆に待たせるみたいなのまずいじゃん。」
「・・・まあ。僕はそうだが。」
本当か。
顔を合わせたいのは本当に林なのかという自問自答は、心にそっとしまって見ないふり。
「えー・・・」
「もしなんなら、僕は一人で学校に行こうか。五十嵐さんは黒崎さんを待って一緒に来れば、」
「いや、もし遅くなるんならそれこそ紀伊梨は先学校行った方が良いわよ。私精市と話したいから、成り行きによっちゃあんた一人で帰ることになるし。寂しいの嫌なんでしょ?」
「む!うー・・・確かにそうかも・・・うーん・・・じゃあ紀伊梨ちゃんはいっちーと先行くけどー!絶対絶対誘っちゃ嫌だかんね!」
「分かってるって。」
「喧嘩もしちゃ駄目だよ!」
「しねえよ。」
「えー?ほんとー?もし千百合っちにひどいことしたら、紀伊梨ちゃん達が許しませんぞっ!ゆっきーだっておこになっちゃうし!」
「もう良いからさっさと先帰れ!一条、紀伊梨の事連れてって!」
「なんで僕が・・・まあ良いよ。ほら行こう五十嵐さん、どうやら僕らは外すべきらしい。」
「むー・・・はーい。」
そう言われたは良いものの、どうしても気になる紀伊梨はさっきからちら、ちら、と千百合と平川の方を伺いながら進むことになってしまう。
「五十嵐さん。」
「ん?何ですか!」
「言いたくないなら言わなくて良いが、さっきの話は結局なんだったんだい。」
「さっきの話?」
「ほら。なんだか勧誘とか言ってたが。」
「あー!あのねあのね、さっきの男の子城成湘南なんだけど、そこのセクシーなせんせーがさー!ゆっきーの事自分のがっこーに入れよーとして、めっちゃ色々こっちに言ってくるんですよー!」
「へえ、引き抜きというやつか。まあ確かに、強い子を引き入れて集めたら自然と強くはなるから、考え方としてはシンプルだが。でもまあそれにしたってやや強引・・・!」
「そーだよねー!無理やりは良くないよねー!いっちーもそー思う・・・いっちー?どったの?」
はた、と気が付く一条。
「・・・つかぬ事を聞くんだが五十嵐さん。」
「つかぬ事?なんだか分からないけど聞きたいの?いーよ!じゃんじゃん聞いてお!」
「その・・・引き抜きにあってると言うのは、幸村君だけかい?」
「お?」
「その、なんというか。つまり他の子は・・・あの・・・・・・丸井、とか・・・・」
「他の子?んー、それは知んない!」
「・・・!」
「あ、でもでもー!ゆっきーは連れてかれちゃったの見たけど、一緒に居たブンブンは連れてかれなかったから、ブンブンはっていうか他の皆はだいじょーぶと思うお!」
一番最初、幸村が呼び出しを食らった時、他の面々も同じ場に居た。
もしも丸井とか、他の誰かも同時に引き抜きする気なら、多分纏めて呼んだだろうと思う。でもそうはされなかったから、多分幸村以外興味はない。
だろう、多分。
郁はそれを聞いてホッと息を吐いた。
「そ、そうか・・・それなら良いんだ。」
「そーだよねー!誰か居なくなっちゃったら寂しーもんね!」
「寂しい!?い、いやいや!僕はそういうつもりで言ったんじゃじゃないんだよ!」
「およ?そなの?じゃーなんで?」
「いや、だからその・・・ほら!その、丸井がどうのと言うより、折角の部員が他所の学校に行ってしまうのは立海生として損失じゃないか!やっぱり、テニスに然程興味がなかったとしてもどうせなら良い成績を残して貰いたいーーー」
「えーーー!いっちーテニスにきょーみ無いのー!?」
(う・・・)
そうやってそうなんですか!?知らなかったです貴方はそうなんですね!
とでかい声で言われると、「い、いやいや、そこまで言うほどでもないんだけど・・・」と否定したくなるのは何故だろうか。
「でもでも、いっちーこーやって見に来てるじゃーん!」
「い、いやだからそれはその、付き合いというか・・・鈴奈が来いって・・・」
「あ!じゃあじゃあ、楽しかった?凄いよね!紀伊梨ちゃん達バンドやってるからテニスは出来ないけど、いつも見てたらめーっちゃ凄くてめーっちゃ楽しいもんね!」
「・・・・・・・・・・・・・まあ。」
「でしょでしょ?」
このまあ、という一言の中に如何程の葛藤が隠れているのか、紀伊梨は全然気づかない。
「ちょーっと今回の試合はえーと、きけん?負け?勝ち?が多かったからそんなに打ってるとこは見らんなかったけどー!でも凄かったっしょ?」
「・・・・・・・まあ、勝って良かった、とは思う・・・・」
「あー!そだよねそだよね、やっぱ負ける試合は悔しーもんね!って、ゆっきーが負けたとこは見たことないんだけどー!」
「ああ、幸村君か。引き抜きにあっているという話もそうだが、やっぱり彼は強いんだな。」
「うん!めーっちゃ強いお!真田っちも強いしやなぎーも強いし、きっと皆負けないよねー!きっとこのままゆーしょーするよ!」
「そうか。」
「うん!あ!でもでも、新人戦はどーかなー!流石に負けるとこ見るかもだにゃー!」
「新人戦?」
「うん!あ、いっちー新人戦ってどんなのか知ってる?」
「いや、その辺りはあんまり良く・・・」
「そっかー!あのねー、紀伊梨ちゃんもそんなめっちゃ詳しーわけじゃないんだけどー、何か秋になったら2年生?えーと、今の3年の先輩達が居なくなっちゃって、3年生抜きで組み直したチームで出るのがあるんだって!そんでそんで、ゆっきー達っは何かけーけん?を積み重ねる為に?何か俺達は入ろーかどーしよーか迷ってるんだー、みたいな事言ってた!」
紀伊梨もスポーツちゃんとやったことはないので、いまいちこの辺はふわっとしかわかっていない。
それでも良いや、どうせ幸村はレギュラーなんだし、なんて入学前は思っていたのだが。
「今はテニス部に友達いーっぱい居るかんねっ!楽しみだなー!」
「・・・・・!そ、それって!」
「お?」
「その・・・あの、今のチームはさ。全部で7人は絶対必要だろう?きっと補欠も居るだろうし・・・幸村君達3人が引き続き出るとしても、その・・・4人は新しい人って事になると思うんだが。」
「え?7人・・・えーと・・・えー、1、2・・・あ、うんうん!そーそー、ダブルスに出てた先輩達居ないからそーだよね!」
「そうだろう?それで、その・・・あの、やっぱり、こう・・・普通は、2年生だよな?」
「え?」
「え?」
紀伊梨はかなり素でビックリしてしまった。
「えー?なんでなんでー?」
「いや、なんでって・・・なんでも何も、新チームなんだろう?ということは、強い順じゃないか。」
「うん。」
「普通は2年生の方が強いだろう。あの3人は特別としても。」
「えー!そんなー!皆が出ると思ったのにー!」
紀伊梨は元々さほど頭がよろしくないのと、加えて幸村の近くに居すぎるのとで、どうも「基本年の順に強い」という学生スポーツ界の傾向がよく分かっていないというか、ピンと来ていないのである。
「いや!でもでも、2年の先輩が強くても、まだ分かりませんお!」
「・・・そう、なの、かい?」
「2年の先輩だって強いと思うけどー!でも皆だって強いんだから、どっちが選ばれるかはわかんないよね!」
「・・・そうか、1年生でも強ければ・・・・」
「うんうん、そーそー!強ければ良いんだよ強ければ!そんでもって皆強いから、出るって思うんだけどなー?」
「・・・・・・あの。」
「うにゅ?」
「・・・・・その、実際、どれくらい出られそう、なの、かな。あの・・・・・あれ・・・・ま、るい、とか・・・・」
何聞いてるんだろう自分、という気持ちがどうしても出てくる。
いや、どうしても出てくるって何。正に何聞いてるんだろう自分、じゃないかよ。
別に出るにしたって出ないにしたってどうでも良いじゃないか。
(・・・・・いや、これはあれだよ・・・ほら、なんだか最近丸井は僕に絡んでくるし、敵のことを知るのは良いことだから・・・ほら、敵を知り己を知らば、百戦危うからずだ・・・)
「ブンブン?うーん、でもブンブンはゆっきーに見込みがあるって言われてたから出るんじゃないかなー?」
「あ、ああ・・・そう、なのか・・・」
(・・・出るのか。)
郁はまだ丸井が試合してるのを見たことがない。
それこそ部活の練習の一環としての試合も含めて、1回も。
どんなのかな。
ダブルスかな、シングルスかな。
かっこいい、だろうな。
「ねー、いっちー!」
「・・・!」
紀伊梨の呼びかけに、郁は急速に現実に引き戻された。
「な、何!なんだい、すまない少しぼーっと・・・」
「いっちーってさー。」
「ああ、うん。」
「ブンブンの事好きだよね?」
心臓をストレートでぶん殴られたような感じがした。
「・・・・え、な、な、な、なん、」
「え、そーだよね?」
「ば・・・・馬鹿言わないでくれ!好きじゃないよあんな奴!」
「うお!」
好きだって?冗談じゃない、好きなもんかあんな奴。
そもそもあの手の人種は自分の天敵なのだ。
馴れ馴れしくて、図々しくて。
こっちの心にずかずかと、無遠慮に土足で入ってくるような真似ばっかりして。
やたらにこっちに近づいてくるくせに、自分のステータスには構わないもんだからいつも振り回されているのはこっち側なんだ。あれだけ危ないから近づくなって言ってるし態度にも出してるのに、めげずに話しかけてくるし。近寄ってくるし。
・・・・時には助けてくれるけど、さ。
「えー!いっちーはもーブンブンとお友達だと思ったのになー!」
「え?」
「え?」
「・・・とも、だち?」
「え?うん!もーお友達なのかなーって!紀伊梨ちゃんはブンブンの事もいっちーの事も好きですよっ!」
「あ、ああ・・・・そういう、好き・・・・」
「?そーゆー?」
「いや、ごめん!独り言だ、何でもない・・・」
てっきり違う方の好きだと思った。
ああ焦った。
いや焦ったってなんだよ。別に焦らなくて良くないか。
いやこれはあれだよ、ほら誤解されるとまずいというか、これは本当に誤解されるとわが身が危ない。丸井の親衛隊(居るかどうかは未確認だけど)に殺されるから。
「でもいっちーはまだブンブンと仲良くないのかー!」
「え、あ、いや・・・」
「どーしてー?ブンブン良い奴だよー?たまにちょーっと意地悪なとこもあるけどー。あ!もしかしてブンブンがお菓子くれないから!?だからいっちーブンブンの事嫌いなの?」
「へ?お菓子・・・?」
「うん!ブンブンって食べ物くれないよねー!いーっつもじゃんけんなー、とか言って自分が勝って全部持ってっちゃうんだからー!」
「・・・そう、か?」
「え?」
「いや、僕は自販機の缶コーヒーを貰ったことがあるが・・・」
「えーーー!?」
「そ、そんなに驚かなくとも・・・」
「びっくりするよー!えー、ブンブンいっちーの事めっちゃ好きじゃーん!」
その言葉に、さっき殴られた心臓がこんどはぎゅううう・・・と絞られる。
好きって。丸井が、自分を。
「・・・べ、つに好かれても迷惑なんだよこっちは!」
「なんでー!?」
「なんでもだ!兎に角僕はあっちを好きじゃないんだよ!そりゃ・・・あっちが僕のことを気に入るのはその・・・勝手だとは思うが・・・」
「ふーん?そっかー、そーなのかー。」
好きじゃないのか、残念だなー。
と、本心からそう言う紀伊梨に、郁は心底救われた。