一方、千百合は平川とちょっと移動した。
とは言っても、本当に僅か、人の邪魔にならない端まで移っただけだったが。
「人払いしなくていいわけ。」
「いや、良いんだ。マジで大した話じゃねえから。」
「あ、そ。で?」
「・・・・・・」
平川はふう、と溜息を吐いた。
「俺。」
「はあ。」
「城成湘南を辞めることにした。」
「・・・は?」
え。待って。
「ちょっと待って、あんた精市に負けたのがそこまでショックだったわけ?棄権しただけじゃなくて学校移るレベル?」
「あ、いや!そうじゃなくてその・・・なんつうか、ショックだったってわけじゃねえよ。そうじゃなくて・・・単純に思ったんだ。此処に居ても、俺はそれほど伸びねえんだろうなって。」
薄々わかってはいた。
もう自分は伸びないーーー華村は伸ばしてくれる気などないことを。
「でも、うちじゃ自主練は規制されてるんだ。」
「オーバーワークすんなってこと?」
「それより、勝手なことすんなって事だよ。コーディネーション理論とやらが崩れるらしいぜ。」
「あー、なんか言ってたわそう言えば。数字をもとにパラメ管理してるとかって。」
「そう、それ。伸ばしても貰えねえ、自主練も出来ねえ、って思ったら何か急にどうでもよくなっちまって。テニスがじゃなくて、城成湘南って学校が。」
「ほーん。」
思えばだが。
平川は自分の中に、「スカウトされたから来たのだ」というプライドがあったのだと思う。
自分は見込まれて来たんだぞという思い。
自分の選択が間違いだったなんて思いたくないという意地。
それをなんだか、木っ端微塵にされた気がするのだ。
あの幸村精市という男に。
お前、一体何やってんの。
何をどうしたいの。
どっちつかずな事ばっかりしてたら損をするのはお前なんだぞ。
そう言われた気がして。
「・・・だから、もう勧誘とかその辺の事は言わねえ。行けとも言わねえし、来んなとももう言わねえよ。好きにしたら良い。」
「元からそのつもりだけど、逆に聞いていい?」
「?」
「あんた、私にそれ言ってどうしたいの。」
好きにしろ、と言われても自分は元々お前の意見とか取り入れる気ねえからと言ってあった筈だが。
別に気にしなくていいよと言われても、元から気にしてないし。
寧ろ気にしなくて良いからね、なんてこんなことわざわざ言うほど律儀にも細かい性格にも見えないのだが。
平川はあー・・・と言いながらちょっと目をそらして頭をかいた。
「・・・まあ、別に聞いてもらってどうってわけでもねえんだけど。」
「けど?」
「・・・何か、聞いて欲しかったっつうか。」
「は?」
眉根を寄せて本気のは?が出てくる千百合。
ちょっと待ってくれ、何それ。
「わけわかんない。ちょっと、分かるように言ってよ。」
「・・・いやだから、そのままだよ。」
「そのままなわけがあるか、馬鹿にすんなよ。」
千百合からすると、華村が交渉してきた時のような打算たっぷりの話より、こういう意図が全然読めない話の方が警戒心を煽られる。
何だ何考えてるんだ此奴、どこかに裏はないかと探る千百合は、もう日が傾きかけてるせいもあって、平川の頬がちょっと染まってることに全然気づかない。
「・・・んじゃあまあ、そういう事だからーーー」
「ちょっと待てってば!他に何かあるだろ、言え!私まだお前が学校移ることくらいしか聞いてねえんだよ!」
「だからそれで全部なんだよ!」
「嘘つけ!」
「嘘じゃねえよ!」