「それじゃあ、聞かせてもらおうかな。」
帰り道。
オレンジに染まった近所の公園は、もう18時を大きく過ぎて、子供も皆帰っているのにまだ暗く成りきらない。
ああ。
夏だ。
「んー・・・って言っても、私もまだちゃんと纏めきれてないけど。」
「あはは。良いよ。ゆっくり話してくれれば。」
「時間かかるわよ。」
「じゃあその分一緒に居よう。」
ね?と言って笑う幸村の笑顔は、何故だろうか、いつもの通り綺麗で優しげなのだが。
「・・・何か変じゃない?」
「え?俺が?」
「そう。」
「・・・気のせいじゃないかな?俺は普通だけど。」
「えー。」
「疑わしいかい?」
「あのクソもそう言って終いに倒れたからね。精市も何か疲れてたりするんじゃないの、大会の後だし。」
「大丈夫だよ。確かに多少は疲れてるけど、別に倒れたりしないから。」
「そう?」
実際のところ。
今言ったことは一応本当で、確かに疲れちゃいるけどくらくらするとかいつもより格段にしんどいとか、そんな事はない。
ただ、正直さっき聞いた平川の呼び出しの件で気が散ってる事はどうしても否めない。自覚してる。
男の嫉妬はみっともないから気にしないふりしているが、やっぱり千百合には何か感づかれているらしい。
流石俺の彼女は鋭いな、素敵だなと思うけどそれに比例して平川に対する苛立ちが募りやすくなるこの悪循環。
いけない、しっかりしろ。
「・・・本題に入ろうか。」
「ああ、うん。えーと理由の方だけど。まあ幾つかあるんだけど・・・そうね、先ずあのチームがどうかと思うわ。」
「それは、方針がという事?」
「いや。単純に選手側にいけ好かない奴揃ってんなって事。ストレス溜まりそう。」
元々そうなのか華村に感化されているのか、はたまた華村がわざとそういう選手を集めているのか。
いずれなのかは定かではないが、兎に角ナチュラルに相手を見下している雰囲気があるのが千百合にはすんごく鼻につく。
しかも、現在在籍しているのが暫定で関東の最強チームなので、単に偉そうなやつらを通り越して弱いくせに妙に上から目線な奴らとしか思えないのである。
嫌だ、そんなチーム。強弱じゃなくてかっこ悪い。
「後、シンプルに弱いよね。全体見たら上位校なのかもしんないけどさ。」
「まあ、うちよりは弱いだろうね。それは今日目で見ることになって、お互い確認したというところかな。」
テニスというのは相性がある、AがBに勝ててBがCに勝てるからってAはCに勝てるのかといわれると、そうでもない。
とは言いつつ、今日の試合ではそういう相性が云々の話より遥か以前、明らかな地力の差を見た。おそらく相手側としては「見せつけられた」になると思う。
「私よく知らないままだったけどさ。精市は最初に真田と相談して立海に決めた時、やっぱある程度は学校のレベル見てたんじゃないかと思って。」
「うん、その通りだよ。勿論全部ではないけれど、何校か見て回って思ったのは、やっぱり強いところには強いなりの理由があるって事だったから。」
そう、強い学校には強い理由がちゃんとある。
そしてその逆、弱い学校には弱い理由もちゃんとある。
基本的に今年の氷帝みたいなよほどのことがない限り、学校のレベルというやつはそう飛躍的に伸びたりはしない。
だからレベルの高い学校が良いと思うなら、最初からそこに入る以外基本的に道は無いのだ。後から自分が底上げしてやる!とかって息巻いても、実際現実はそう甘くない。
まあ、幸村達3人は強豪に入った上で更に底上げしてやろうとか考えてるわけだが。
「それと、最初と今日と精市の試合見て思ったんだけど。」
「うん。」
「精市があの先生の手に負えるとは思えない。」
これは、華村の顧問としての力量への不信である。
私が強くしてあげるわ!と鼻息荒くしてるわけだが、実際出来るの?無理じゃない?という考えが振り払えない。
少なくとも千百合には無理だ。
「私テニスそんなに詳しいわけじゃないけど、精市が化け物じみて強いことはなんとなくわかるのね。」
「あははっ!褒め言葉として受け取っておくよ。」
「いや、褒めてるつもりよ。でさ、それっていうのはさ、精市が頑張ったからっていうか・・・自己管理した結果っていうか、自分で自分を鍛えてきたからってわけでしょ。今までコーチらしいコーチみたいなの居なかったじゃん。知らないけどさ。」
「確かにそうだね。今まで俺は誰かに重点的に習うって事はほぼなかったから。テニススクールに通い始めた時くらいだったかな、先生に教わっていたのは。」
でも、それも間もなく辞めた。
辞めたというか、幸村側も先生側も取り立てて辞めようとしたわけではなかったが、幸村が真田と競うように2人してぐんぐん伸びていくせいで、結果的に先生は他の生徒にかかりきりになってしまった。要は、手がかからなさ過ぎたのである。
「ま、だからさ。今更誰かに伸ばして貰わなくてもこれだけ強いんだしって感じ。寧ろ一人でやれてるんだから、下手な事しない方が良いんじゃないかと思って。あの・・・コーディネーション理論?とやらも何かいまいちピンとこないし。」
「ああ、千百合も聞いたんだね。まあ確かに、コーディネーション理論は要は華村先生に成長の全てを管理してもらう方法なわけだから、土台の信頼がないとどの道上手くはいかないだろうね。」
「うん。まあ大体理由としてはそんな感じで・・・あ。後、エクストラ。」
「?」
「あのさ、ほら。今日の試合で精市が戦ったS3の平川。」
うん、と返事をにこやかにしつつ、やっぱりちょっと内心がざわつく。
「彼奴がさ。今朝絡んできたんだけど、」
「え?」
「え?」
「・・・試合の後に呼び出しをされてたんじゃなかったのかい?一条さんがそう言ってたけれど。」
「あー、うん。いや、それはそうなんだけど、考えの材料になったのは今朝の方だったんだよね。」
つまり二回呼び出しされてるわけだ、今日の間だけで。
やってくれる。
どうも試合の時も、強さと別のところで何か気になるなと思っていたが、あれは自分の第六感がアラートを鳴らしていたわけである。
「・・・大丈夫だった?怪我させられたり、酷いことを言われたりしてないかい?」
「してないしてない。何か、そもそもの用事としては私にスカウト蹴ってくれって言いに来たらしくて。」
「・・・?それは、彼自身は華村先生の意向に陰で反対している、という事になるね?」
「そう。精市が来たら自分がレギュラー落ちするからだって。」
「ああ、成程。」
そういう思考回路か。
まあ現実を受け止めつつ有利な方へ動かそうとする、その態度だけ見るならまあまあ好ましいと言える。
それはそれとして面白くないけど。
「それで、平川が何か城成湘南の事色々教えてくれたけどね。あの華村とかいう教師、教師としては大分難ありよ。」
「へえ。例えば?」
「此奴はこれ以上伸びないと思ったら露骨に見放すとか。」
「ああ、そういう話なんだね。まあ、正直そういう先生だろうとは当たりはついていたけど。」
物腰柔らかで優しい体を装っていたけれど、口調の端々から本質的には要らないものはすぐ捨てるドライな性格してるんだろうなとは掴んでいた。
だから、この話はいわばそれが裏付けられたわけだ。
「ああただ、精市はそんな目には遭わないだろうとも言ってたけど。お気に入りだからって。」
「どうかな。俺だって伸びないと判断されたら捨てられるさ。多分華村先生はそういう先生だよ。」
今は、手に入らないから余計に欲しい的なフィルターもかかっているのだろうことは想像がつく。駄目だと思ったら損切りは早いタイプだ。教師じゃなくて経営者になった方が向いてるかもしれない。
「私としてはそんな感じかな。」
「有難う。すごく考えてくれたんだね。」
「そこまででもないけど。」
「そんな事ないさ。特に今回は、俺の都合に巻き込んだ事になるわけだから。」
「それも別に。別にっていうか・・・」
まあ関係ないのは確かなのだ。
自分はテニス部か否かっていう括りでいうと部外者でしかないわけだし。
でも、幸村の事情は自分にとっては恋人の事情で親友の事情なので、関係ないと自ら切って捨てる気にはならない。
「ふふっ。本当に有難う。参考にさせてもらって、家でもう一度考えるよ。」
「そ。」
「・・・ところで、千百合。」
「ん?」
「しつこいようだけれど、もう一度聞かせてくれるかな。本当に怪我はしてないね?何か言われたりなんかも。」
「ああ、その話。してないよ。平気平気。」
「けれど、今聞いた城成湘南の内部事情は朝聞いたって言ったね?試合後の方の話は何だったんだい?」
「それ私もよく分かんなくてさ。」
「・・・どういう事かな。」
「彼奴、城成湘南出るんだって。」
「・・・!」
これには幸村もちょっと目を見開いた。
「今からかい?」
「あー、それは聞いてないけど多分。」
「立海に?」
「いや、立海にとも聞いてない。から、言い出さなかったって事は立海じゃないんだろうなとは思う。元々スカウトで来たとか言ってたし、元の学校戻るんじゃない。」
「・・・そうなんだね。」
成程、事情はわかった。
わかったけど。
「立海に来ないのなら、どうして千百合にそんな話を?」
「それ。私もさ、それ私に言ってどうすんのって聞いたんだけど、言いたかったからとしか言わないし。」
「・・・・・」
それってつまり、世間話を千百合としたかったということにならないだろうか。
いや、ただの世間話より見ようによっては尚悪い。
明日の天気の話じゃなくて、身の上話を聞いてもらいたがってるわけだから。
しかもたまたまばったり会って話の流れでとかじゃなくて、わざわざ呼び出しって。
これはもうそういうことなんじゃないだろうか。
少なくとも、もし自分が女子にそういう事をするとしたらそういう時だ。
「・・・いつかこんな日が来るだろうとは思っていたけどね。」
「え?何?何て?」
「なかなかいい趣味をしてるな、って言ったんだよ。」
「?趣味?」
「ふふっ。わからないかな?彼は多分、千百合が好きなんだと思うよ。」
「は。」
千百合は完全に予想外の方向からやってきた話に、口を半開きにした。
「え、何それ。」
「まあ、好きっていうのは大げさというか言い過ぎかもしれないけれど。でも良いなと思われてるのは確かじゃないかな。」
「そんな馬鹿な。」
「でもわざわざ呼び出してまでそんな話をただ聞いて欲しいっていうのなら、他にほぼ理由は見当たらないよ。まして千百合はテニス部じゃないんだから、余計に。」
「・・・えー。」
いまいち信じられないが、少なくとも幸村は自身の中でもう「そうに違いない」と踏んでいるのは目を見て分かった。
また、再三言うが経験からすると幸村の推測はほぼ外れないのだ。
「でも、そんな風に思われるほど話してないけど。今日会ったばっかりだし。」
「切っ掛けに時間の長短は関係ないよ。一目ぼれっていう言葉もあるくらいだし、ちゃんと好きになる事については兎も角、良いなと思うだけならほんの少し会話するだけで十分さ。」
「そう・・・?」
「そう。」
「ふーん。」
まあ、自分は興味ないが。
仮にそうだとしても、ああそうなんすか。ありがとう、でもごめんね。で終いの案件。
「・・・精市は気になる?」
「うん?」
「ほら。今年はもうあれとしても、来年もまた会うかもしれないし。精市が嫌って言うなら会わないようにするけど。」
千百合はこの件に関して、平川には悪いが平川自身はひたすらにどうでも良い。
顔を合わせない事によって平川がもし傷ついたとしても、千百合にとっては幸村の方が比べるまでもなく大事なので、平川がどう思うかというのは悪いとは思うが全面的に無視する。
「どう?」
「・・・いや、それはしなくて良いよ。」
「そうなの?」
「勿論愉快だとは言えないけれどね。でも、それ以上に千百合にああしろこうしろみたいな事は言いたくないんだ。俺は隣に居て欲しいのであって、言いなりになってほしいわけじゃないから。」
「そっか。」
千百合は幸村のこういう所が好きだった。
自分の事を好きでいてくれるけど、それを盾にしてああだこうだみだりに指示しないで居てくれる所が。
勿論今面白くないと聞いたから、進んで話しかけに行ったりは辞めようと思うし、呼び出されたからって一人でのこのこついてくのももう辞めようと思う。
でも、とる行動は一緒でも、自分でやるのとそうしろと言われて従うのとでは心情が違うのだ。
「・・・って。」
「?」
「そう思ってる俺が9割。」
「え。残り1割何よ。」
「千百合を離したくない。」
夕日に照らされてるせいだろうか。
ひたと千百合を見つめる幸村の瞳は、変わらず穏やかなのにどこか射貫くような熱が見え隠れする。
「ーーー私別に、」
「離れていく気はない、かな?それは嬉しいし、俺も千百合がそんな簡単に他の人を見るようになる子じゃないって知ってるよ。でもそうじゃないんだ。」
「・・・違うの?」
「千百合は特大の宝石を怪盗の前に差し出して平気で居られるかい?」
「・・・・・」
「ちょっと焦るだろう?どんなに盗まれないように策を凝らしていても。それと同じようなものだよ。君は俺にとって本当に大事な宝物なんだ。魅力的で、きらきら輝いていて。他の人が好きになるのも、気持ちは分かるよ。けどーーー」
優しく、でも強く両肩を引き寄せられて、千百合の体はちょっと幸村の方へ傾いだ。
「・・・こういう時は無理を承知で考えたりするんだ。千百合が素敵な女の子だって事は、俺以外誰も知らなくて良いのに、って。」
(精市・・・・)
幸村の腕に抱かれながら、普段より煩く高鳴る鼓動の裏側で、千百合はちょっと自分の事を考えた。
そもそもの話。
こんな事言ってる幸村だが、他人から向けられている思いの数は千百合より幸村の方が圧倒的に多い。
そして濃い。
ちょっと良いかなどころの騒ぎじゃない、彼女が居るって知ってるけどでも好きなの!な女の子は今まで後を絶たなかったし多分これからも絶たないだろう。
その度に自分はまあ無理もないなと思ってる。
その女子側の気持ちは千百合とても良くわかる。
でも嫌だ。
例え幸村がどんなに安心させてくれても、嫌なものは嫌。
気持ちはわかるけどだからって譲る気にはならない。それとこれとは別の話なんだからな、わかってるんだろうなそこんとこ、と相手に釘を刺したい気持ち。
(・・・・精市も今そんな気持ちなのかな。)
「・・・ねえ。」
「うん。」
「このままの姿勢で聞いて欲しいんだけど。」
「うん、良いよ。何かな。」
「精市って焦ってる時どんな事考えてんの。」
なんだか初めてちゃんと聞くような気持ちだ。
貴方も焦るんだね。
私が焦る方なのが当たり前すぎて、まともに聞かせてもらったことがなかった気がする。
言われた通り優しく千百合を抱きしめたまま、それで考えようとしてちょっと幸村が顔を動かしたのを感じる。
「どんな・・・そうだね、こっちを見て、とかかな。」
「他には?」
「俺の声を聞いて。」
「・・・他には。」
「隣に居て欲しい。」
「・・・そっか。」
「もっと近くに来て。」
「・・・いやもう、」
「手を繋がせて。」
「もう良いから、」
「俺を好きだって言って。」
「わかった、わかったから、」
「俺に好きだって言わせて。」
「いつも言ってるでしょーーー」
「全然足りていないよ。」
言われるが早いか、幸村の左手が被っていたキャップを取った。
そしてそのまま。
額に唇が降りてくる。
「ちょ、」
次は瞼に。
頬に。
音も立たないフェザーキス。
いや、これはもうキスじゃないのかも。
(唇でなぞられてる気がする・・・)
目を開けてても何を見ていいかわからないから思わず瞑ってしまったけど、そのせいでもっと色んな感触が伝わってくる。
体を引き寄せる力の強さとか。
匂いとか。
息遣いとか唇の熱さとか。
それが唇に降りてきそうな事とか。
「・・・!」
何かが良くわからないけど何かが怖くて。
いや、怖いんじゃない。
多分オーバーヒートしそうなんだ。
それを堪えるようにぎゅうっときつく目を瞑ると、トン、と額と額がぶつかった。
「・・・?」
「俺は馬鹿だね。」
「へ?」
至近距離過ぎて逆に良く見えない幸村の顔。
でも言葉とは裏腹に、なんとなく満足そうに微笑んでるような気がしたのだが、ふっと顔を離されると、幸村はやっぱり予想通りの顔をしていた。
「ごめんね、びっくりさせて。」
「ああ、うん、」
「千百合が好きだよ。」
「ああ・・・うん、さっき聞いた・・・」
「ふふっ。帰ろうか、日ももう落ちてしまったし。送っていくよ。」
本当だった。
話し始めた時にはまだ上っていた日は、流石にもう沈んでいた。
「え、ちょ、ちょっと待ってよ。」
「うん?」
「何か・・・何、今の。」
「今の?」
「馬鹿って。」
「ああ!いや、こっちの話だよ。千百合は何も悪くないから気にしないで。」
「えー・・・」
そんな事言われると余計気になるのだが、こういう時は大抵突っ込むと最後には「聞かなきゃ良かった・・・」と思う結果になることが多いので、千百合は結局聞かないで流した。
「・・・ねえ。」
「うん?」
「何かさっきと顔変わってない?」
「?顔?」
「あ、いや。ゴミがついてるとかそういう話じゃなくてさ。こう・・・何か晴れやかな顔してるけど。」
「ああ。それはそうかも。」
「あ、自覚あるの。」
「うん。今気分が良いよ。話を始める前よりずっと。」
「?そう?なら良かった?」
気分は良いに決まってる。
千百合と恋人らしい時間を過ごせたんだから。
自分だけの特権を確かめた後は、いつだって気分が良いものだ。
そう、自分だけ。
譲らないぞ、平川とやら。