Flower drop 1 - 7/9


その少し前、千百合は一人で自宅を目指していた。
幸村は、着替えが終わったら無人の黒崎家で落ち合いたいと言ってきていた。
何故かは教えて貰えなかったけど、別に困ることも特にないので千百合は普通にOKを出した。

だらだら歩きながら、ちょいとスマホで時間確認。

(・・・丁度良い時間かな。)


「早く早く!」
「あ!待ってよー!」


「・・・・・・」

浴衣の子供達とすれ違う。

千百合は結構大勢とすれ違うのが好きだ。
自分の行く先には人が少ないということだから、空いてて良いじゃない。

「・・・ただいま。」

自宅に着いても誰も居ない。

幸村もまだ来ていない。
父は仕事、母は今五十嵐家でお茶だろう。
棗はもう待ち合わせ場所に行ってるだろうから。

「・・・ふう。」

玄関先で靴を履いたまま腰かける。
何の用事か知らないが、待ち合わせまでそんなに時間はない。靴脱いで上がって待ってるほどの事もなかろう。

・・・と思ったのだが。

(・・・まあ良いか。どうせサンダルだし。)

その気になれば脱ぎ履きは一瞬だからと考えて、千百合は裸足になって自室に上がった。

着付けしてもらいに五十嵐家に行く前、家に一度荷物を置きにきた。
だから制服と一緒になってる筈だ。

「あ、あったあった。」

きらりと光るトンボ球のアンクレット。
林間学校で購入した、ビードロズ皆で買おうねと言った品。

今日の千百合の浴衣は黒。
その中に薄紫、ほぼ白に近い蝶がひらひら舞っている。

このアンクレットも紫だから、丁度合うだろう。
一瞬壊れたらどうしようかなとも思ったが、まあ買ったばっかりで劣化もしていないし、多分大丈夫だろう。


キンコン


「あ。はい。」

来たか。

付ける前にチャイムが鳴ったので、アンクレットを手に持ったまま千百合は階下へと向かった。
こういう、段差を上り下りしたりとか若干急いでる時なんかに和服は鬱陶しい。足が開かない。

「はい。」
「やあ、こんばんは。」

きちんと一人で浴衣を着た幸村は、右手に荷物を持ってちょっと困ったように笑った。

「急がなくても良かったのに。」
「いや、待たせてるし。」
「そんな大した時間じゃないよ。それよりも、出る時は相手をちゃんと確認しないと。」

不審者だったらどうするんだい、と問う幸村に千百合は言い返せない。
大袈裟だと切って捨てるには、ここ最近で不審者に会いすぎた。

「・・・で?用事って何?」
「ああ、そうだね。これ。」

そう言って幸村は、手に提げていた紙袋から箱を取り出した。

中身なあに、なんて聞かなくても分かる。
このサイズ感。あの前置き、この状況。

「・・・サンダル?」
「そう。」

箱の中に納まっている綺麗な白のサンダルは、ただのサンダルではない。
浴衣に合うように、且つ足が痛くならないように考えられているそれ用のもの。

「下駄買うなってこれ?」
「うん。千百合は下駄を履き慣れてないだろう?」
「まあ。」
「でも、放っておいたら下駄を買ったんじゃないかい?」
「・・・・・・・まあ。」

下駄履き慣れてない、それは本当。
だからそれに伴って足が痛くなるであろうことも自分でわかる。

ただ。
だからと言って買わないのと言われると、なんだかんだどうしようか考えた挙句、自分は買っただろう。
だってスニーカーよりサンダルより、下駄の方が見目としてより良くなるのは事実だし。
普段別に見目がどうのなんて殆ど構わない性格だけど。

でも今日は、幸村の隣を歩くから。

「俺は足先まで着飾った可愛い千百合が見たいんだけど、それはそれとして痛い思いはして欲しくないから。だからこれを。」
「色々言いたいことはあるんだけど、これは私が金払う奴じゃないの。」
「あははっ!どうしてそうなるのさ、そもそもは俺が浴衣を着て欲しいって頼んだからこうなってるのに。」

そうだっけ。
いや、確かに思い返せばそもそもの発端はそうだった気もするけど、もうここまで皆で盛り上がってるんだから、今更言い出しっぺ誰だったとかほぼノーカンだろ。

「それから・・・ああ。丁度良かった、それ。」
「?」
「そのアンクレットも付けて欲しかったんだ。きっと似合うと思って。」
「・・・・・」
「それの事も考えてこれにしたんだけど、浴衣の柄とも合ってる。良かったよ。」

トータルコーディネートを見透かされている。
マジかよ。

(まあ、私普段から黒だの紫だの多いからな。白だったらどっちとも合うし、アンクレットはもう知ってるからこれは妥当なの、か・・・・)


ふと、千百合は考えた。
幸村は、自分が水色選んだらとか考えないんだろうか。


「・・・千百合?」
「あ、いや。何でもない、ありがと。お金後で返す。」
「いや、お金は良いよ。」
「いや、良くないだろ。」
「良いんだよ。それよりほら、待ち合わせの時間があるから。」
「えー・・・」

何だか強引に流されたなあ、と思いながら千百合は玄関に腰かけて、箱からサンダルを出す。
それを眺めながら、幸村は少し思案する。

今、千百合は何か変だ。

(何を悩んでるのかな・・・)

ほんの僅かな変化だし今はもう普通だが、幸村にはそのくらいの綻びで十分。
まず間違いなく、自分の愛しい彼女は何かを思い悩んでいる。

それが何なのかは情けないがわからない。
自分が原因なのか他の何かなのか、今しがたの一連の流れの一体どこに反応したのか。
聞いても教えてくれないだろうし、千百合は無理やり聞き出して欲しいと思うタイプでもない。

じゃあ自分に出来ることは何か?

「じっとしてね。」
「え、何、」
「アンクレットだよ。着けてあげるから。自分だとやりづらいだろう?」
「え、嫌。」
「嫌?どうして?」
「どうしてって・・・」

どうしてと言われるとはっきり説明しづらい。
ただ、自分が裸足なのがなんというか。
恥ずかしい、というか。

「・・・足に触られるのが嫌。」
「でも、靴紐は結んであげた事があるよね?」
「靴紐は裸足じゃないから。」
「裸足だから気になるのかい?」
「・・・・・うん。」

もし仮に、今靴下を履いていたらそんなに気にならなかったと思う。
だから靴紐はOK。今は駄目。

分かってくれませんかね、と言わんばかりに自分を見上げてくる千百合に、幸村は眉を下げて微笑んだ。

「やれやれ、困ったな。」
「いや困らないよ、自分でやるから。」
「ああ、そうじゃないよ。自分の彼女が可愛すぎるのもなかなか弱るなと思ったのさ。」
「はあ!?」
「あはは。さ、動かないでね?」
「ちょっと、」

一つも意味がわからないまましゃがんだ幸村に裸足の右足を掬い上げられて、こうなると抵抗しようにももし蹴ったら悪いなどうしようという思考が邪魔をして暴れられない。
おまけに今は浴衣だから、あんまりばたばたすると着崩れる。

「しなくて良いから、」
「俺がしたいんだよ。」
「・・・なんでよ。」

人の足なんて、まして裸足なんて跪いて楽しいもんじゃないだろ。
其処に居るのがあの兄だったら容赦のない蹴りを入れられるのに。いや、他の誰でもこの場合蹴りを入れるだろう。

でも幸村が相手だと出来ない。

「・・・・・」

プツ、とアンクレットの留め金が外れる音がする。
幸村の綺麗な手が、自分の裸足の足先を滑っていく。

凄く恥ずかしい。堪らなく恥ずかしい。

それは、基本的に誰に対してもガードが固めで露出も低めの自分の裸足の右足に触れられてる事で、なんだか疑似的に自分の深い所に触れられている気がしてしまうからなのか。
それともそもそも人体の部位の中で左程綺麗とは思えない足首から下に、綺麗な幸村に面倒見させてしまってるという背徳感からなのか。
単純に普通は人が触る機会などないであろう所に恋人が触れているという、非日常感からくる緊張か。

多分全部正解だし、他にも色々自覚出来ないだけで小さい理由があるのだろう。

ただこれだけは言える。
相手が幸村じゃなければこんなに色々感じないだろう。

「ねえ千百合?」
「・・・・何。」
「今、千百合は何を考えてるんだい?」

片手で右足の踵を捕まえて、もう片手で器用にアンクレットの位置調整をしながら、幸村は問いかけてきた。

何を考えているにしろ、言わせないで欲しい。
目の前の幸村の事には違いないのだから。

「・・・・・・」
「じゃあ、俺は何を考えてると思う?」

知らない。
知りたくない気もするし、知ろうとしたところで、どうせいつもわからない。

「これを付けてあげようって言い出した時なんだけどね。俺は正直、結構言い出すのに勇気が要って。」
「・・・・なんで。」
「千百合が裸足だから。」
「・・・は?」

幸村はくすくす笑った。

「おかしいだろ?今までだって靴紐を結んであげたり、一緒に過ごす中でちょっとの間誰かの足を触ることなんてそんなに何かを思うような事じゃないのに。」
「・・・・・」
「でも今は違うんだ。人にとってはなんでも無いことなのかもしれないけど、俺は凄くドキドキしてる。」
「嘘つけよ。」
「嘘じゃないよ。だから嬉しかった。千百合が裸足は嫌って言った時に、きっと俺と同じ気持ちなんだなと思って。」

いつの間にかアンクレットはもう付けられ終えていた。
幸村は箱からサンダルを出した。

「履かせても良いかな?」
「嫌だ。」
「どうしても?」
「やっぱりドキドキしてるとか嘘だわ。」
「ふふ、嘘じゃないってば。」
「それならそんな普通そうにしてるなよ。」
「前に言わなかった?もう覚えてないかな。」
「何を。」
「俺が普通そうに振る舞うのは、千百合が好きだからだよ。」

話しながら、誤魔化されながら幸村にサンダルを履かされる。

わからないじゃない。
千百合自身だって、同じような事は考えてる。

普通にしていたい。
余裕に見せていたい。
好きだからこそ、かっこいい自分が良い。

でもそれにしたって幸村ほど平然としていられない。
だから疑う。内心狼狽えてるなんて嘘だと思う。

「さ。終わりだ、立って。」
「・・・・・」
「どうだい?歩けそう?」
「・・・うん。大丈夫と思う。」
「そう、良かったよ。」

これで足に合わないって言われたら大事だったから、と言って微笑む幸村はやっぱり平静そのものにしか見えない。

まだ千百合もドキドキしているけど、それと同時に若干拗ねた気分で持っていく荷物と置いていく荷物を纏めて、出る準備。

「・・・ん。良いよ、出よ。」
「その前に、ちょっとだけ良いかい?」
「何、」

両肩を掴まれた。
千百合がそう思った次の瞬間には、もう幸村の腕の中に居た。

「今だけだ。」

耳元で囁かれる。

「今だけ。外に出れば、もうお終いだから。」

もうお終いとは変な表現を使う。
普通はもうしないから、である。
お終いだなんてそんな、まるで幸村の意思に関係なく赤の他人が終わらせるような。

「ーーーお終い、って、」
「可愛い彼女を独り占めしたいと思うのは、そんなに変な事じゃないだろう?」

綺麗だよ、とっても。
声を潜めて囁き続ける幸村の声音には、まるで普通の声で話したらあらぬ誰かに千百合を見つけて取られてしまうかのような真剣さが僅かに滲んでいる。

まさか大真面目に誰の目にも触れないように、なんてそんな事は出来やしない。
でも、ちょっと思うくらいは良いよね。
自分の背に回る腕の力強さに幸村のそんな思いが伝わってくるような気がする。

ちょっと、幸村の言ってたことの裏を取れるかなと千百合は考えた。
ドキドキしてるって言ってたから、確認を取るなら今は絶好のチャンス。
ちょっと胸に耳を寄せればいいだけ。

でも出来なかった。

「・・・さ。行こうか、本当にこれ以上は遅刻になってしまいそうだし。」

(・・・・やっぱ無理だったか。)

「うん?ごめん、今何か言ったかい?」
「いや、何も。」
「そう?気のせいかな。」

ああ煩かった。
あんなに自分の鼓動が大きくちゃ、他の音なんてろくすっぽ聞こえない。