Flower drop 2 - 6/7


その頃千百合は・・・いや、千百合もナンパの憂き目に遭っていた。
いや、逆ナンの憂き目と言うべきか。

「一人ですかあ?」
「いえ。恋人と友人と一緒なんです。」
「あ、そうなんですか・・・」

(五回目。)

千百合はヨーヨー釣りをしていただけなのである。
久しぶりにやりたいという幸村に付き合ってやっていたら、思いがけず自分のこよりが結構丈夫で、一緒にやっていたのに幸村が早く終わってしまったのだ。
まあそうは言ってもそんなに長くはかからないだろうし、次を待ってる人が居るからちょっと下がって待ってもらっていたらご覧の有様。

下がるといってもヨーヨー釣りの人の輪の一番外に居るだけなのだが、それでも一人に見えてるらしく、さっきから伺っているだけでもう5回。
此処まで来ると最早ちょっと感動、とか思ったところでこよりが切れたので、千百合は黒のヨーヨーを一つもらって離脱した。

「精市。」
「ああ、お帰り。」
「ごめん、待たせて。」
「いや、良いよ。そんなに待ってないし。」
「それでもごめん。鬱陶しかったでしょ。」

そう言うと、幸村はちょっとだけ苦笑した。

「鬱陶しいとは言わないけど、ちょっと困るかな。特に今日は、なんだか頻度が多くて。」
「そりゃそうよ。」

千百合からしてみれば、お前は何を言ってるんだとしか思えない。
試しにちょっとだけ身を引いて、引きのアングルで上から下まで眺めて見ると無理もないのがよくよくわかる。
ただでさえ美形で人目を引きがちなのに、涼しい微笑みで浴衣を着こなしながら歩いてるんだからそりゃあいつにもまして女子ホイホイにもなろう。

「何か目印でもあれば良いんだけど。」
「何の目印?」
「俺には彼女が居ます、っていう目印。」
「目印ね・・・」

効果という意味では指輪とかかなと瞬間千百合は思ったのだが、それと被さるようなタイミングで幸村は指輪は駄目だねと零した。

「え。そうなの?」
「無駄とは言わないけど、手元を確認する人ばっかりじゃないからね。それに、どんな気持ちで付けていたとしても俺達の年じゃ本気にして貰えないよ。」
「ああ、まあ。」

左手の薬指にシルバーを嵌めていたって、それが本物の結婚の証とかでないことは、この場合着けてる人間の年を見ればすぐわかる。
ごっこ遊びのつもりはないとどんなに熱く語ったって、果たして本当かどうかは結局他人には分からないし。

「看板でもぶら下げておく?」
「あははは!多分罰ゲームだと思われてお終いだね。いつもというわけにはいかないけど、やっぱりこれが一番有効かな。」

する、と指が絡まってぎゅっと繋がれる千百合の右手。

なるほど。
これは確かに効果的だろうけど。

「・・・いつまでこうしてるの?」
「俺は帰るまでが良いな。」
「・・・そっか。」

それだけの素っ気ない返事が了承だということを知っているので、幸村は嬉しくて笑みを零した。


「ねえ!ちょっと!」


突然だった。
ぐい、と千百合は横から左肩を掴まれて、足が縺れて転びそうになったのを幸村が咄嗟に支える。

「千百合、大丈夫かい?」
「ああ、うん。」
「え?千百合・・・あー!彩乃じゃない!」

肩を掴んだその制服姿の女子高生は、輪投げの輪を持ったまま千百合に勢いよく頭を下げた。

「ごめん!本当にごめんなさい、人違い!さっきまで浴衣がそっくりの友達がその辺に居てさあ、視界の端に入ったから咄嗟に彩乃・・・その子だと思っちゃって!ごめん、本当にごめんなさい!怪我はない?大丈夫?」
「まあ。吃驚はしましたけど、怪我は別に。」
「そう?」
「ですが、気を付けてください。たまたま俺が助けられたから良かったですが、もしも本当にご友人でもあんな勢いでは相手が怪我をしますよ。」
「はい、仰る通り・・・」

しおしおと小さくなる彼女。
今回のことに限らないが幸村の前だと年上が小さく見えるのは何故だろうか。

「本当にごめんね!もー、駄目なのよね私。勝負事になるとすーぐ熱くなっちゃって。」
(勝負事って、輪投げごときに。)
「あ!そうだ!ねえねえ君達、デート中に悪いけど、ちょっと時間ある?」
「?」
「あるにはありますが。」
「じゃあさじゃあさ、私が奢るからさっきのお詫びにってことで2人で輪投げやりなよ!ね?私も誰かと一緒の方がテンション上がるしさ!」
「どうする、千百合?」
「私?」
「お詫びを受け取るかどうか決めるのは千百合だから。」

まあ、そうか。

「じゃ、奢ってくれるんなら。」
「よっしゃ!じゃあおじさん、こっちの女の子と男の子に一回づつ!お金は私が!」
「・・・・」
「どしたの?」
「いや、意外だなあと思って。面倒だし良いです、ってパスするかと思ったから。」
「偶には良いんじゃない。タダだし。」

はいお嬢ちゃん、と言って的屋から輪を6つ渡される。
的は3×3の9マスでビンゴ形式。

最多で3ビンゴとなり、景品は良いものが貰えるわけだが、まあそれは別に良い。そこまで上手くいくわけないし、こういうのは。

(1ビンゴのうまい棒くらいは欲しいかな。)

「ほっ。」

取りあえず適当に投げると、真ん中の5番。

「おお!彼女ちゃん上手だね!」
「ええ、そうですね。」

「ほっ。ほっ。よっ。」

「か、彼女ちゃんめっちゃぽいぽい投げるね?」
「あはは。あまり気負うタイプではないので。」
「おい兄ちゃん、あっちの的が空いたぞ。これが兄ちゃんの分の輪な。」
「ああ、有難うございます。」

こういうの時千百合はもったいつけて投げたりしない。
良く狙って、とかやった所でさして狙い通りにはいかないのだから、力を
抜いてかるーくやった方が良い。

(1、5、6、7で1発外したから、これで4に投げられたら2ビンゴか。)

そう、それこそ狙ってみるのなんて今のような詰めの時だけで良いのだ。
行くぞ。3、2ーーーーー


「千百合っちーーー!」


ドン!と腰に重みを感じて、千百合の右手から離れた輪はあえなく的の手前にポトンと落ちた。

「やっと見つけたー!もー、千百合っちにもゆっきーにも全然会わないからさー、どこ行ったのかと思っ・・・あり?千百合っち?」
「紀伊梨。」
「にゃに?・・・・いひゃひゃひゃひゃひゃ!ちょっと、何すんのさー!」
「うまい棒の敵。」
「何が!?どゆ事!?」

「あー!紀伊梨ちゃんだー!」

さっきの女子高生が、千百合の腰にしがみつく紀伊梨に笑顔を向けた。

「あー!翠おねーちゃーん!」
「知り合い?」
「うん!こないだライブハウスで会ったの!」
「へー。あ、ってことはバンドか何か・・・」
「あ、私バンドやってないの!ほら、さっき友達と間違えたって言ったでしょ?あの子がバンドやってるから、その付き合いでね。」
「へー。」

世間って狭い。
なんだか中学に上がってそう思う頻度が増えてる気がする。

「千百合。」
「ああ、お疲れ。」
「うん。残念だったね。」
「ああ、まあ。」
「五十嵐、人が遊んでるのに邪魔しちゃいけないだろう?」
「え!千百合っち何かしてたの?」
「輪投げ。」
「えー!ごめん!それはごめん!ちゃんと見てなかった!」
「そんなこったろうとは思ったけど。」

そもそも、輪投げの屋台に居る人を見て「輪投げしてるのかな?」とちらっとでも思わないもんかねと千百合は思うが、まあ紀伊梨なので。

「精市もう終わったの?」
「ああ、そう。それなんだけど、千百合は何が欲しい?」
「は?」
「3ビンゴだから、好きなのを選べるよ。」
「え。」
「「マジか!」」

幸村は3人が話しているのを横耳で聞きつつ、しれっと輪を投げて当たり前のように6つ全部引っ掛け3ビンゴしていた。

「どうする?」
「えー、そんな事言われてもさ。精市がビンゴしたんだから精市が選んだら。」
「そう?ううん、とは言っても特にこれと言って欲しいものが・・・」
「あ!じゃあじゃあ紀伊梨ちゃんが選んで良ーい?」
「駄目だよ。」

にべもない幸村。

「えー!」
「えー、ダメなんだイケメン君!」
「俺は五十嵐のためにやったわけじゃないですから。さて、じゃあ・・・おじさん。」
「はいよ、決まったかい?」
「1ビンゴ1本として、うまい棒3本ください。」
「「え。」」

え、と言ったのはおじさん。それと千百合。

「なんで?」
「一番欲しそうだったから。」
「いやでも・・・兄ちゃん、本当に良いのかい?もっと色々いくらでもあるよ?」
「お気遣いを有難うございます。でも、俺は彼女に喜んで貰えないぬいぐるみより喜んでもらえるお菓子の方が。」
「はー・・・兄ちゃん男前だねえ!おし、サービスだ!4本持っていきな!」
「ふふ、どうも。千百合、何味がいい?」
「任す・・・」

それよりも、さっきから女子高生・・・もとい切原翠のキラキラした視線が凄く痛い。

「・・・かあっこいーい!イッケメーン!えー、見た目だけじゃなくて彼女を大事に出来るとか心までイケメーン!すごいすごーい!」
「え?なんで?」
「え?」
「なんで彼女を大事にしたらイケメンなの?」
「え、だってそりゃ、」
「だってそんなの当たり前じゃん!」

生まれてこの方身の回りのカップルと言ったら幸村と千百合オンリーで、世間一般的な中高生のカップル事情を知らない紀伊梨は、これが当然だと思っている。
それは確かに道理という意味では当然なのだが。

「そうなんだけどさー!でもそれが出来ない男って多いんだって紀伊梨ちゃん!」
「そーかなー?」
「そう!ああでもまあ、紀伊梨ちゃんは素直で可愛いから男子の方も素直になりやすいかな?」

ぴく。と意に反して千百合のだらんと下げた手の中指が動いた。

別に自分に当てつけたわけじゃない。
そもそも翠は知り合ったばっかりだし、千百合が恋愛に関して喜色をさらりと出せるタイプじゃないなんてそんな事は知らない。

自分に向かって言われたように感じるのは、千百合自身が気にしているからである。
肝心な時に素直になれない自分を。

「・・・ところで五十嵐、一人かい?」
「え?一人じゃないよ、真田っちとやなぎーが一緒・・・ありっ!?え、居ない!なんで!?」


「なんでではないわ、このたわけが!」


ちょっと離れた所から、5件向こうの屋台に聞こえそうな大声が聞こえてきた。
今とてもとても千百合は他人のフリをしたい。

「あ、居た!」
「探して、見つけてきたのだ!自分が苦労をかけてないかのような言い方をするな!」

「よ。」
「お疲れさま、柳。」
「ああ、悪かったお守りをさせてしまって。途中まで一緒に居たのだが、突然「あ!」と一言言って人の間を縫って行ってしまったんだ。」
「よくあるよくある。」

紀伊梨はこの辺の行動が子供っぽいというより幼児並みなのだ。
何か注意を引くものを見つけたら、足が勝手に動いてそっちへ向かって走り出してしまう。
おまけに耳が良いものだから、面白そうなものやなんかに気づくのが人より早く、結局同行者を置いて行ってしまうなんてザラにある話。

「助かったよ。こういう場で一人にさせるわけにいかないからね。」
「ああ。後は引き受けるから、お前達は行くと良い。」
「何かごめん。」
「気にするな。今更だ。」
「今更?」
「そもそもは春日と交代したんだ。」

元々は紫希と居た紀伊梨だったが、体力の限界が見えてきていた紫希をと休憩を取らないで構わず歩き続けようとしていた紀伊梨を見かけ、真田と柳は紫希と交代したのだ。

「じゃあ紫希は今一人なの。」
「ああ、どこかで休んでいるはずだ。春日はしっかりしているから、一人だからと言ってどうということもないだろう。会場内に居る分には、常に明るいし人目も多い。」
「・・・・・・・」
「何だ?」
「いや、別に。」

千百合は真田に怒られる紀伊梨をちらりと振り返った。

6/8
紀伊梨を真田と柳に引き受けてもらった後、幸村と千百合はぼちぼちと集合場所の周辺を目指して歩き出した。

「それで?」
「?」
「さっき何か、柳に言いたそうな顔をしていたけど。」
「ああ・・・柳にっていうか。世の中の無情をちょっと噛みしめてて。」
「無情?」
「後自分勝手も噛みしめてて。」
「・・・そんな事柳は言ってたかな。」

どこだろう、と幸村は記憶の動画を巻き戻して再生する。
特に変な会話じゃなかったと思うが、強いて此処が引っかかったかな?なポイントを上げるなら。

「・・・春日は一人だから大丈夫だろう、って所?」
「そう。紫希はっていうか、紫希と私は客観的に見てそうよねと思って。」
「ああ・・・まあ、そうかな。」

身内のあれこれ差し引いて純粋に身が危ないのは紀伊梨。
だけ、な事を紫希も千百合も長年の経験を経て知っている。

ナンパは皆、紀伊梨に興味がある。
紀伊梨以外に用があった試がないのだ、逆に言うと。

真田も柳も他の皆も、紫希が嫌いだから好きだからとか関係なく「客観的に見て一人に出来るかどうか」を考えた時には紫希は一人にして良かろうと判断する。
つまり、そういう事。

「まあ、五十嵐の場合は一人にして置くとあらゆる類のトラブルを呼ぶから。一概にそれだけが理由とは言えないけれどね。」
「まあね。」
「自分勝手っていうのは?自分も春日と一緒じゃないくせに、っていう事かな?」
「それもあるけど。」
「けど?」

「私さっき反射的に、丸井は居ないのかとか思っちゃってさ。」

丸井の、対紫希の態度にいらいらする事も多いくせに、咄嗟に内心で頼ってしまったのが千百合は我ながら情けない・・・というか、非常に都合が良いと思ったのだ。
自己嫌悪に陥る千百合を他所に、幸村はあははとおかしそうに笑った。

「別に、自分勝手だとか考えないで良いと思うよ。」
「え、自分勝手でしょ。」
「もし仮に、丸井がそこに居て春日を頼める状況だったとしたら、丸井は千百合のことを都合が良いやつだななんて思わないよ。いつもの顔で良いよ、って色よい返事をくれて、それでお終い。それだけの話さ。」
「えー。」
「ふふふ。本当だよ、丸井にとってはその程度の話でしかない。」
「そりゃ丸井にとってはそうかもだけどさ。」
「良いんだよ、それで。都合が良いと判断するかどうかは、結局丸井の心持次第なんだから。」

誰かに矛盾した事を言われたりした時、人は何故立腹するのか。
それは、それを良しとするとその人に損が生じるからである。

その理屈でいうと、このケースで丸井は別に損をしたとは思わないだろう。
だから丸井は気なんて悪くするまいというのが幸村の推測だった。

「それはそれとして、話を戻すんだけれど。」
「ん?」
「世間的な意見は兎も角、俺にとっては千百合はこの世で一番一人にしちゃいけない女の子だから、気を付けてね。」
「・・・何にどう気を付けろって。」
「ふふっ!俺から離れないでね、って事だよ。」

千百合の左手にはうまい棒が4本入った袋。
右手はもう一度幸村に捕まえられて、夜のお祭り会場をサンダルで千百合は歩く。