一同がやっとこさ立ち止まれた時には、花火会場はもうかなり混雑していた。
身動き取れないというほどではないが、移動しようと思うと引っ切り無しに「すみません」を連呼せねばならないだろう。
「皆生きてますかw」
「なんとか・・・」
「真田、大丈夫か。」
「へ、平気だこれしき・・・」
「あり?真田っちどったの?」
「たわけが!お前がサンダルが片方脱げただのと言うから拾ってやったのだろうが!あの混雑の中で!」
「ごめんてー!」
「千百合、大丈夫だったかい?」
「平気・・・あ。」
「?」
「うまい棒が平気じゃなかった。折れてる。」
「あはは!まあ凄い人だったからね、仕方がないよ。」
「や、焼きそば焼きそば・・・」
「焼きそばがどうかしましたか?」
「ぐちゃぐちゃになってないかと思いまして・・・結構人波に揉まれてしまったので・・・ああ良かった。大丈夫・・・」
「ぐちゃぐちゃになって悲惨なのは苺飴の方じゃろ。」
「割れやすいからなー、林檎と違って。まあほら!大丈夫だからーーー」
ピュウウウウゥゥゥゥ・・・と空気を切り裂く音がする。
この音が聞こえると、皆会話を辞める。
空を見上げる。
そして何もない濃紺の夜空を、期待を湛えた目で見上げるのだ。
今。
さあ、今。
開く。
ドーーー・・・ン
「わあ・・・」
周り中から聞こえる感嘆の声。
紫希も皆がそうしてるように歓声を漏らした。
そうしている間にも次の花は開き、それが消える前にまた次の花が。
一気に明るく華やかになる空模様に、紫希は混雑を縫って歩いた疲れも忘れて笑みを零した。
(赤・・・黄色、なんだか線香花火に似てますね・・・あ、紫!最近は紫の打ち上げ花火があるんですね、綺麗・・・)
大輪の花火に夢中になっていると、すぐ隣から微かにきゅるる・・・と音が聞こえた。
あ。という珍しくちょっと焦った声音も。
それがなんだかおかしくて、紫希はちょっと笑いながら、腹に手を当ててる丸井に焼そばを差し出した。
「ふふ、ごめんなさい忘れてました。どうぞ。」
「え、聞こえた?」
「はい。」
「マジ?今のは聞こえてねえかなと思ったのに。」
「あ・・・でも、私以外には聞こえてないんじゃないでしょうか。」
「そう?」
「はい。花火の音が大きいですし、それに・・・」
今丸井の一番近くに居るのは自分だから。
と言いかけて、紫希はどうして自分が此処に居るのかわからない事を思い出した。
「?それに?」
「あ、ええと、取りあえず焼きそばをどうぞ。」
「サンキュ♪こっち飴な。」
「はい、有難うございます。」
「あ!紀伊梨ちゃんも焼きそば欲しいー!」
「人の物を強請るのは止さんか、みっともない!」
「だって、何か食べながら見たいんだもん!」
「ご自分で何か買っておいたものはないのですか?」
「無い!買っとこーと思ったんだけど忘れちった!」
「自業自得じゃき。」
「そーなんだけどー!あ!ねー千百合っち、うまい棒1本、いや半分だけ「絶対嫌。」なんでよー!」
「こういうの日本で何て言うんだっけ?何かあったような・・・」
「花より団子か。」
「あ、そう!それだ。」
「春日、譲らなくて良いよ。あまり甘やかすのは良くないしね。」
幸村に良いから自分で食べていろ、と手で促される。
でもやっぱり気になって、どうしようかなちょっと箸付けちゃったけど半分こしようか、とか考えていると、隣から肩を突かれる。
「はい?」
「なあ、さっきの続きは?」
「続き・・・」
「それに、の後。」
「あ・・・ああ、あの、ええと、ええ・・・」
どうしよう。
なんて聞いたら良いんだろう。
どうして自分を側に招きたがるんだ、と聞こうと思っていたが、よくよく考えてみれば聞く前から返事は分かっているようなもの。
なんとなく。丸井はいつもそう答える。
実にいつもの事だし、理由になってない納得いかないなんてあまりに今更だ。
(・・・・どうしましょう・・・)
今、突き詰めて正直に考えると。
丸井に何故と聞きたいと思う根本の原因は、自分だけ可愛いと言われてない所にあるのだと紫希は今段々わかってきた。
もし自分も、どんなに冗談めかしてでも軽い感じでも良いから、良いじゃん可愛いと一言貰っていれば、こんなに引っかかってなかったと思う。どうしてだろう?またなんとなくかな、としか思わなかった筈だ。
今日は「どうして?」の疑問の裏に、「だって自分は可愛くないんだろう?」というある種拗ねに近い感覚が潜んでいるのに紫希は言葉を選んでる途中に気づいた。
「・・・・・・」
「春日?」
「あ、あの、もう少しだけ待ってください・・・」
何て言おう。
言おうというか、言わなくて良いんじゃないのか。
どう言ったって迷惑だし、面倒くさいだけだろ。
だってそんな、私って可愛くないですよねとかって聞いたって、そんなの「そんなことないよ」を引き出すための前ふりでしかない。そんなの優しさに甘えてるだけ。世辞を言えと迫ってるだけだ。
(・・・うん?あれ、ちょっと待って下さい・・・)
逆に考えてみよう。
ひょっとしたら、可愛いと言ってくれと頼めばそれで済むんじゃないか?
(・・・そうだ!そうしましょう、それがきっと一番かけるご迷惑が少なくて済みますよ。うん、それが良いです・・・け、結構勇気が要りますけど、図々しくて・・・!)
確かに迷惑はかけてしまう。
でも、このまま我慢してて変な態度で居る方がもっと迷惑だろうし、この言い方なら自分が世辞を強要しているわけだから、お世辞オーラダダ漏れにしておけるだけ丸井の負担は少ない。
うん、そうしよう。
これが一番良い、丸井を思うならこそ。
「あ、あの、」
「なあ。」
「え?あれ?」
「あ、思いついた?じゃあ先言って良いぜ。」
「い、いえいえ!丸井君がお先にどうぞ!」
「そう?いや、言い忘れてたんだけどさ。」
「はい。」
「・・・・・・・」
「・・・・?」
丸井は言おうとした。
言おうとしたのだ、言い忘れてたんだけど浴衣可愛いな、と。
言ったつもりだったんだけど忘れてた事とか、幸村や棗から多分今更信じてくれないぞと忠告された事とか、そういう一連の諸々を話そうとして。
いやしている。今も。
でも出来ない。
何か喉が詰まる。
いや、喉が詰まるってなんだ。
何も詰まってないだろ。
しっかりしろ。
(俺、浴衣きついのか?)
「丸井君・・・?」
「ああ、えーと。浴衣が。」
「丸井君の浴衣ですか?良くお似合いですよ。」
「お前の方だろい、それは。」
「え?」
自らの浴衣を引っ張って浴衣が、と切り出すから、紫希は今完全に丸井の浴衣の話だと判断したのだが。
キョトン顔になる紫希を見て、丸井は喉を塞いでた何かがすっと消えたのを感じた。
何だったんだろう、今の。
まあ良いや。
「言い忘れてた。つうか言ったつもりだったんだけど、待ち合わせで会った時に。」
「え?え?ええと・・・お母さんが、」
「そうそう!母さん凄いとしか言ってなかったんじゃないか、って幸村君とか黒崎に言われてそういやそうだなって。」
「ええ・・・」
丸井はあの時、何故いきなり紫希は母親に着つけてもらったみたいな話しだしたんだろうとか思っていた。
よくよく思い出せばどうということはない、自分が母凄いとしか言わなかったから、紫希が勘違いしただけの話だった。
「序に、後出しで言ったって多分信じて貰えないみたいな事も言われたんだけど?」
「あ、ええと、それは・・・・」
「やっぱ信じない?」
「し、信じない、ううん・・・」
「でも俺は、今日の春日の事すげえ可愛いと思ってるけど。」
そんな事無い。
っていつもの紫希なら言う場面。
でもそう返す気にならなかった。
世辞でも良かった。
なんだか、今その一言だけでとても満足した。
そもそも今しがた頼もうとしていた身なのに、いざ言われたら信じませんってそれは矛盾してる気がする。謙遜とか通り越して最早言ってることが滅茶苦茶になる。
だから今日は否定しない。
図々しく見えるかもしれないけど、正直で居よう。
「あ・・・・」
「?」
「有難うございます、嬉しい・・・・です・・・・」
また喉が塞がった。
「・・・??」
「丸井君?」
「丸井君、どうなさいました?」
「む。どうした?何かあったのか?」
「いえ、先ほどから丸井君が何やら喉を気にしてらっしゃるようで。」
花火の音で皆紫希と丸井の会話はーーーというか、会話するつもりで声を少し張らないと誰の声も聞こえないのだが、様子とか仕草はちょっと見ればわかる。
「なんじゃ、夏風邪か。」
「え、嘘。元気そうじゃんあんた。」
「え!?ブンブン病気なの!?」
「し、しんどいですか!?それならどこかで休んで・・・」
「あ、良いって良いって!そんなんじゃねえから!多分。」
「多分ってなんだよ・・・」
「風邪って感じしねえから多分病気じゃねえんだけど。でも何かさっきから・・・」
「さっきから?」
「・・・息がし辛い?」
「風邪より大事だぞ。」
「あはははw」
柳の冷静な突っ込みに棗がケラケラ笑い出すが、心配性の気がある紫希や桑原は笑ってる場合に思えない。
「ほ、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だって!心配すんなよ、もう平気だし。ほら、花火見ようぜ?」
そうそう、と同意するかのように派手な4尺玉がドン!と打ちあがった。
「・・・で?」
「え?」
「そっちの話の続きは?」
そうだ。元々可愛いって言って、と強請ろうかと思っていたんだった。
「なんでもないです。」
「いや、嘘だろい。流石に。」
「うふふっ!良いんです、本当に。」
もう叶えられたから。