花火後。
もうすっかり静かになった夜空の下、川沿いを歩いていた。
「これは快適ですね。」
「うむ。流石だな、黒崎棗。」
「いやあどうもどうもwどういたしましてw」
「北東を目指せっていうのは、この事だったんだね。」
「そうw皆人ごみの中帰るの嫌でしょwどうにかならないかと思ってw」
「よく見つけるよな、あんな裏道・・・」
「今回はなっちん様様じゃな。」
「あの光景を見て混じりたいとは思わないからな。」
「すげえごった返してたよなー。見るだけで嫌になっちまったぜ。」
一同は今、花火を観終わってごった返す人混みをするっと抜けて、実に歩きやすい帰路につけていた。
観覧後、一同は戻ろうとする人の波を縫って棗についていった。
戻ろうにも人が多すぎてほんの少しづつしか進まない多くの祭り客を尻目に、人が立ち入る事を想定していない植樹の間を縫って縫って、5分後には垣根の隙間を抜けてあっさり誰もいない帰り道に出ることが出来たのだ。
「良かった。足踏まれんの嫌だったし、どうしようかと思ったわ。」
「それー!ぜーったいそういうのあるよねー!人にぶつかったりー、人の足に躓いたりー、」
「いや、紀伊梨はそれする側でしょ。」
「えー!」
「まあまあ、お互いにやってしまいますよねそういう事。下駄やサンダルなんかだと、素肌の部分が多いので猶更こういう時は困りますね。」
「あ!そーだそーだ、千百合っちー!」
「何?」
「足見せて!」
「は?何なのその急なセクハラ発言は。」
「セクハラ違うー!千百合っち何履いてるのかなって思ったの!」
「あ。そうでした、千百合ちゃん下駄もサンダルも買いませんでしたよね。」
浴衣みたいな丈の長い服を着ていると猶更足が見づらいので、紫希も紀伊梨もきちんと今日の千百合の履物を見ていなかったのだ。
浴衣を一式買った時も靴は買っていなかったし。
「・・・はい。」
「あ!可愛い!白だー!」
「良くお似合いですよ、千百合ちゃん。今日の浴衣にすごく合ってます。」
買ったのは幸村だから、合ってるのが凄いといえば凄い。
まあそれを言う気はないが。ちょっと後ろには男子勢が居るし、聞かれたくないので。
「あ。そうだ紫希。」
「はい?」
「丸井に可愛いって言ってもらった?」
「え!?」
「何か言い忘れてたとかって彼奴言ってたから。」
「あ、ああ・・・はい。言ってもらいました。」
「信じた?」
聞きつつ、多分信じてないだろうなと千百合は思った。紫希はそういう性格だ。
紀伊梨なんかはそもそも人を疑うという発想がないので「信じる?何を?」なんて後ろから問いかけて来ているけど。
ところが。
「・・・はい。」
多分紫希の口から出てくる返事は「No」だろうなと思い込んでいた千百合はえ、と口から漏らして目を見開いた。
「マジ?」
「えと、あの、信じたというかその・・・満足してしまって。」
「ん?」
「なんていうか・・・本心かお世辞かはどっちでも良いかなって思ったんです。言ってもらえたのが嬉しかったから、それだけで良いじゃないって。そう自分に言い聞かせたわけじゃなくて、本当にそう思ったんです。ですから・・・」
つまり、紫希は全面的に信じてるわけじゃない。信じてないわけでもない。
その一言が聞けた時点でもう満足だから、その後はもう信じるも信じないも関係ないわけだ。
「・・・・・」
「千百合ちゃん?」
「紫希、それは。」
「はい。」
「危ない。」
「え?」
「すごく危ない、用心しといた方が良い。」
「え、え、え、」
「え!?何々、何があむないのー?」
「丸井が紫希をこてんぱんに苛めるかもしれないから気を付けてねって言ってる。」
「嘘!?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいどうしてそんな話に、」
「いや、これはもう私の経験と勘がそう言ってるもん。彼奴いじめっ子だよ、気をつけな。」
言葉が貰えたら満足。
それは千百合的に解釈するなら、本格的に好きになる一個か二個前の段階の反応だと思う。
自分もそういう時があった。まあもっと進むとまた変わってくるのだが。
内心じゃ嫌だなあと思うが、しょうがない事でもある。決めるのは千百合じゃないし。
自分にできるのは、この大人しい親友が出来る限り損な目に遭わないように忠告するくらいだ。
「おしゃー!じゃー紀伊梨ちゃんがブンブンをやっつけてあげるね!」
「いえ!しなくて良いんです、丸井君は何も、」
「止めるな紫希ぴょん!うおー、こないだのキットカットの恨みー!」
「私怨かよ。」
止める間もなく、紫希の事を口実に後方に居る男子勢の中に突っ込んで行く紀伊梨。
やっつけるってどうするつもりなんだろうかと千百合が紫希を抑えながら見ていると、どうやら頭にチョップを食らわしたいらしかった。
「てやー!」
「うお!びっくりした、なんだよ!」
「ぐぎぎ・・・ふん!」
「おっと。」
運動得意とはいえ単純な筋力はそこまででもない紀伊梨は、チョップしようとした右手をあっさり止められる。
左手も同じ事。
「何だ何だwどうしたw」
「ブンブンが紫希ぴょんを苛める前にやっつける!」
「は?」
「とぼけたって無駄なんだからね!きっとその内紫希ぴょんからキットカットを奪ったりホワイトロリータを奪ったりフルーツミックスを横取りしたりするんでしょ!」
「お前さん、そんな事されとるんか。」
「ブン太、巻き上げるのもほどほどにしろよ・・・」
「あはは。偶には手加減してあげたら?可哀想だよ。」
「そういわれても、勝手に賭け持ち掛けてきて勝手に負けてんだから。」
「それなら、もう勝負だの賭けだのはお止めになった方がよろしいのでは?」
「やだ!紀伊梨ちゃんは勝ーつ!そんでもって、今まで取られた分をちゃんと取り返す!」
「言い分が才能のないギャンブラーそのものだぞ。」
「全くお前は・・・む?」
真田は紀伊梨の両肩を後ろから掴んだ。
「およ?何?」
「・・・五十嵐。」
「ほ?」
「お前の髪留めは、ずっとこうだったか?」
「え?」
え。嘘。
嫌な予感・・・とか思いながらおそるおそる後頭部に手をやる紀伊梨に、様子が変なことに気づいた紫希と千百合も駆け寄ってくる。
「どうしたんですか?」
「ない・・・・」
「は?」
「飾りがなくなってるーーー!」
家を出たときには確かに揺れていた大ぶりの赤い飾りが、今はどこぞへと消えている。
紀伊梨の髪を今飾っているのは、髪飾りの本体部分のみ。
「え!?え!?なんで!?いつ!?どこ!?」
「ええい、落ち着かんか!」
「ええと、ええと、いつっていうのは写真を見ればわかるかも・・・」
「でも正直、いつどこでって知ってももうどうしようもなくねえ?」
「案外、さっき落ちたばっかりかもしれないよ。」
「そうですね、少々後ろを照らして見てみましょうか・・・・」
「悲報w」
「え!」
「花火の時の写真ではw既に千切れてるw」
ということは、今来た道のどこかではなくて祭りの会場で落としたということである。
「残念じゃったのう、諦めんしゃい。」
「やだー!」
「そうは言っても無理でしょ。」
「今から戻ってももう見つからない可能性は89.5%。見つかったとしても綺麗なまま落ちている可能性は0.8%以下だ。残念なのはわかるが。」
諦めろ、と柳から諭される。
紀伊梨も分かっているのだ。散らかった家の中なら兎も角、出先で物を落として返ってきた試しなんてほぼ無い。
落としたもんは落とした。
「あーーーーん!もー、一回しか使ってないのにー!気に入ってたのにー!」
「い、一応落とし物に問い合わせをしてみては・・・」
「それは確かに、しても良いでしょうね。もしかしたら無事かもしれません。」
「ま、聞くだけはただだしな。」
「もしくは五十嵐、修理したらどうだい?」
「そうねw本体は残ってるから、その先にまたくっつけ直したらいけるんじゃないw」
「あれが良かったー・・・修理っていってもさー!何くっつけたら良いかわかんないよー!出来そうもないしー!」
「知り合いに手芸部居ないの、紀伊梨。」
「人任せではないか!」
まあ、今年の夏祭りはもう消化したしさ。
なんて慰めにならない慰めを聞きながら、紀伊梨は思いがけずがっくりな帰路を歩く羽目になったのだった。