立海大学及びその附属高等部、中等部は、部活動ーーーとりわけ運動部の部活動に力を入れている。
他がないがしろにされているわけではないけれど、やはり学校の全面的なバックアップがあると感じられるのは運動部である。
そのおかげで運動部に所属している人間の数は、全校生徒の母数から数えると結構な割合になり、無数の種類のスポーツ部があるのに、そのどれにも部員数はそこそこ在籍している。
つまりどういう事かというと、此処立海で運動部がレギュラーを決めようとすると、いずれの部活も1日仕事になってしまうという事だ。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
沈黙。
楽器の音だけが響く音楽室にて、紫希、千百合、棗の3人は無言であった。
あったが、とうとう紀伊梨はしびれをきらした。
「・・・もーーーーーー!無理!」
バン!と机を叩いて立ち上がる。
「駄目!無理!もう無理!」
「お前ねw」
「だって集中出来ないんだもーーーん!皆だってさっきから時計しか見てないよ!」
「ごめんなさい・・・」
「・・・・・」
今日の15時からレギュラー決めやるから見に来てね。
と言われているし、それでなくても見に行くつもりだったが、皆始まる前から気になって気になって、ちーーっとも練習に身が入らない。
「行こうよー!もう行っちゃおーよー!こんなの、残って練習してても意味ないよー!」
「ううん・・・」
「まあそうかもねw」
「・・・・・・・」
「ねっ!ねっ!行こー行こー!楽器は置く!リーダーめーれーだー!」
「バンドのリーダーの命令じゃねーよw」
「ほら紫希ぴょんも!本もペンも離した離した!」
「は、はい!」
「・・・で、妹ー。なーに1人で関係ありませんみたいな顔してるのかなー?」
「・・・うるさい。」
千百合ははっきり言って緊張していた。
見たいのは山々なのだが、どう振舞っていれば自然なのか分からない。
スクールの試合の観戦の時は、周りが知らない人だらけだったから、逆に落ち着いて居られた。
でも今回は違う。応援する気持ちはあるけれど声援とかは苦手だし、きゃーとかいけーとか言うタイプじゃない。
ただ集中して見ていたいけど、それが出来るだろうか。
この煽るの大好きな兄と、黄色い歓声が絶えないギャラリーと一緒に見る中で。
「ほらほら、千百合っちー!ベースは後後ー!ほら行くよー!」
「ちょっ・・・」
「楽しみですね、皆さんの試合。ね?千百合ちゃん?」
「・・・・・・・ん。」
こういう所、紫希には勝てないと千百合は思う。
素直な意見を言わざるを得ない話運びが、非常に上手い。それに何度も助けられているけれど。
「さーさー参りましょー!」
「あ、棗君戸締りを・・・」
「良いから彼奴の事引っ張って行ってw俺が鍵閉めとくしw」
紫希が背を押し、紀伊梨が腕を引っ張って、千百合は半分歩かされる格好で教室を後にした。
「fly high!fly high!ふふーん、ワクワクしますなあ!」
「そうですね。今日は、幸村君だけじゃなくて皆の試合も見られますし。」
「・・・彼奴ら、強いのかしら。」
「真田っちとやなぎーは強いんだよねー!」
「ええ。そう仰ってましたね。」
「なんか、二つ名があるんでしょ?精市が神の子で?」
「真田君が皇帝、柳君がマスターです。」
棗から二つ名の話を聞いた時、千百合はなんと仰々しいと思った。
が、2人の強さを、とりわけ幸村が如何に強いかを棗に説明されて、存外大袈裟でもないのかもしれないと考えた。
「ところで千百合っちー!」
「何よ。」
「なっちんも居ない事ですし!どーです、今日のゼリーの自信の程、あたっ!」
「うっさい。」
「まあまあ・・・でも、上手く出来ていますよ。ね?」
昨日の事だった。
紫希は幸村の試合観戦の時など、タイミングが合えばお菓子を差し入れする。
今回はどうしようかと考えていると、昼休みに千百合から訪ねてきたのだ。
『・・・ねえ、紫希。』
『はい?なんですか?』
『・・・明日、何か作る?』
『それが、迷い中でして。渡すタイミングもあるかどうか分かりませんし、何人分にするかも。』
『そっか。』
『どうなさいました?』
『・・・・』
『・・・千百合ちゃん。』
良ければ幸村の分は作ってみるか?
そう聞くと、千百合の顔は分かりにくいーーー本当に分かりにくいが、確かに輝いた。
紫希は微笑んだ。
『では、こうしませんか?今日は、私の家でお泊り会をしましょうよ、紀伊梨ちゃんも誘って。それで皆の分は此方で作りますから、千百合ちゃんは幸村君の分を作るという事で。それなら、棗君にも気づかれにくいですよ。』
『うん。』
勿論紀伊梨は快諾し、昨晩は紫希の家で3人宿泊した。
流石にお菓子作りになると、慣れていない千百合はあまり手際が良いとは言えなかったが、、紫希にアドバイスを貰い、手が足りない事は紀伊梨に手伝ってもらって、お手製のオレンジゼリーは完成したのだった。
『でーきたー!』
『凄いです千百合ちゃん!私、初めてゼリーを作った時は、こんなに上手には出来ませんでした。』
『いや、私は2人に手伝って貰ったから、』
『でも、手伝っただけですよ?』
『そうそう!頑張ったのは、千百合っちだもんね!』
『・・・・』
きらきら光るオレンジゼリー。
幸村は喜んでくれるだろうか。
どう思うだろう。お菓子作りなんて似合わない事をして、
その末に完成した此れを美味しいと思ってくれるだろうか。
(・・・ちょっとでも良いから、)
嬉しいと思ってくれると良いな。
そう思いながら千百合は昨日の夜を過ごしたのだった。
そして今日。
流石に応援に持って行った所で直ぐは渡せないから、ゼリーは保冷バッグにアイスノン入りで、鞄と一緒に今音楽室にある。
問題はそれを何時どうやって渡すかだ。
「一先ず、タイミングの事は後で考えましょう?先ず、試合です。部活中は渡せませんから。」
「そだねー!・・・で、どうやって行くんだっけ?」
「階段下。忘れたの?」
さて。
裏ルートは無事通れるのか否か。