「紫希、ついてきてる?」
「な、なんとか・・・」
「ちかれるよ~!」
3人は、仁王に言われたルートを忠実に辿っていた。
階段下の物置に行き、窓を開けて外に出て、外構フェンスと外壁の間を歩く。
しかし、このフェンスと壁の間と言うのが厄介だった。
人が通る事なんて前提にしていないから、雑草は伸び放題石は転がり放題。
おまけに狭い。そして埃っぽい。
極めつけに通り慣れていない所為で、どこにへこみやこぶがあるのか全然わからない。
進む距離に対して、歩くのに使うエネルギーが多すぎる。
「これ本当に着くんでしょうね。」
「ええええ!?ちょっと待って、今更そんな事言いっこなしだよう、千百合っちー!」
「まあまあ、地図上では直進すれば近くには必ず着きますから。行き止まりにならない事だけ祈りましょう?」
行った事の無い往路というのは本当に長く感じる。
もうすぐ着く、もうすぐ着くとお互いに言い合いながら通る狭い道が、漸く開けると。
「わあ・・・」
「おお。」
「・・・すっごーい!」
近い。
3人は同時に同じ感想を抱いた。
今3人の姿は植木に隠れているが、その向こうはもうコート周りのフェンスだ。
「ゆっきーどこかな?おーい、ゆっ・・・」
「馬鹿、静かにしなって。」
「紀伊梨ちゃん、あまり大声だと集中力とかに関わりますから。ね?」
「えー!?でも、どー考えてもあっちのが煩くなーい!?」
あっち、と紀伊梨が指した先には、黄色い声援を送るギャラリー達。
確かに賑やかだ。こっちより断然賑やかだが。
「それはそれ、これはこれ。」
「えー!」
「まあまあ、紀伊梨ちゃん。私達、原則目立ってはいけませんし。」
「そんな大きな態度出来ないんだからね私ら。これは裏技っていうか、ズル技なんだから。」
「むうん・・・そりゃあそっかー。」
ある意味ではコネなのである。
身内が特別に、と取り計らってくれた事に対して、それが当然という態度で居ては各方面に迷惑がかかる。
普通以上に声援などに気をつけて、大人しくしていなければならない。
隠れようとすると逆に怪しい、堂々としてろと仁王に言われたから自然な風を装ってフェンスに近づいて行く。
が、紫希と千百合としては本当は隠れながらこそこそ見たい。突っ込まれると面倒だし。
「しっかし・・・」
「・・・なんか凄いねー!うんどーぶ、って感じー!」
「確かに、文化部とは活動の様子が全然違いますね。」
視界に入る人全員がひっきりなしに動いている。
立海テニス部の練習風景を初めてまともに見る3人は、独特の雰囲気にすっかり圧倒されていた。
「反応が遅い!相手の動きを良く見ろ!」
「もっと体重を乗せて!それじゃパワーが伝わりきらない!」
「スマッシュ練習、先ずは1人15球!」
色んな音が聞こえる。
パコーン、パコーン、とガットがテニスボールを弾く音。
ザッザッとスニーカーが地面を擦る音。
メニューの区切りを知らせる、ホイッスルの音。
それから、部員の声。
とりわけ、あの男の声は凄く良く聞こえる。
「このたわけが!」
「う・・・」
「怖いいい・・・!」
「彼奴ブレないわねえ。」
3人が見ている中、あの男こと真田は、同級生に情け容赦ない叱咤をしている。
「何度言わせるつもりだ、最後までボールを追わんか!」
「でも真田・・・」
「日本男児が「でも」だの「だって」だの口にするな!」
「う・・・」
「良いか!俺は次の試合からスタミナを2倍にしろと言ってるわけでも、タイムを5秒縮めろと言ってるわけでもない!諦めないでボールを追えと言ってるだけだ!直ぐ出来る事だろう、何故やらん!」
正論。
ど正論である。
「ひょ~~~、真田っち怖い~。」
「心に来ますね・・・」
「・・・・・・」
怖がる2人を他所に、千百合は逆に新鮮な気持ちで真田を見ていた。
真田のあの態度。
あれは、部活でならそれなりに有効なのかもしれない。
(ま、だからってそれを教室に持ち込むのは辞めて欲しいけど。)
やはり、仲良くはなりたくても全肯定は出来ないと千百合が頭を振ると、紀伊梨があ!と声をあげた。
「見て見て、やなぎーだよ!」
「何処?」
「ほら。彼方のベンチにいらっしゃいます。」
柳の振る舞いは真田と真逆と言って良かった。
棒立ち。
基本、棒立ちである。
身動ぎせず、動くのはメモを取る時だけ。
後は指示された練習をする時以外、一切体が動かない。
「「なんかこけしみたい。」」
「怒られますよ2人共・・・」
失礼ながらと千百合は思い紀伊梨は思わず、しかしそっくりだと感じたので、感想がつい口を突いて出てしまったのだが。
「・・・・・」
「ひい!?」
「・・・彼奴今こっち睨まなかった?」
「え、そうですか?すみません良く見てなかったです・・・」
「見ない方が良いよ!怖いよ!」
「えええ?」
怒った柳は目を開く事を、紀伊梨と千百合は初めて知った。序でに眼光が思ったより鋭い事も。
「あ、彼処に居るの仁王・・・彼奴。知らないわよ。」
「良いんでしょうかあれ・・・」
「ニオニオずっこーい!」
仁王は木に凭れかかって目を閉じて涼んでいた。
角度的に3人からはそれが見えるが、コートで練習している部員達からは彼処は見えまい。
「・・・お!」
「はい?」
「あのマネージャーぽい人、ニオニオに気がつきましたぞ!」
「あーあ。」
残念だけど叱られますね。
3人がそう思いながら見守っていると、そのマネージャーぽい人はそっと仁王に近づき・・・そしてほんのり頬を染めて、そっと離れていった。
「・・・ありっ?スルー?」
「ラ、ラッキーですね?」
「ああいうの嫌い。」
「あはは・・・」
仁王が悪いわけではないが、千百合はああいう不平等が嫌いである。
「モテる男はお得ですなあ~。」
「モテるから部活で得するとかおかしくない?」
「う、ううん・・・」
「部活で得するのは、ほら。ああいう奴が得するべきなのよ。」
「あ、桑原君!」
「おお!あの男子が噂の・・・タイガー?」
「ジャッカル桑原君です。」
桑原はメニューの隙間時間に、真剣な表情でフォームの確認やグリップの感覚を確かめていた。
「フッ!・・・違うな、こうか?」
「熱心だな、桑原。」
「先輩!」
「ああ、止めなくて良い。良いか?そのフォームから打つ時は、手首をそっちじゃなくてこっちの向きに曲げて・・・」
「こうですか?」
「おお!アドバイス貰ってるよ!」
「真面目な態度を見て貰えてるという事ですね。」
「そうよ。指導する側とされる側は、こうあるべきよね。」
「千百合っち真田っちの事言ってる?」
「千百合ちゃん・・・」
何処迄も真田に厳しい千百合に紫希は苦笑した。
「後見つけてないの誰?」
「ええと、幸村君と・・・」
「あ!ブンブンこっち来たよ!ほら!」
丸井はガットの張りを見ながら、ロブの練習をするべく3人に程近いコートに歩いてきた。
「ブンブンも結構真面目だなー!」
「普通はふざけないわよ。仁王がおかしいの。」
「まあまあ・・・」
「でも折角来たんだし、こっち見ないかなー!」
(・・・そう、ですね。)
当たり前だが部活中は部活に専念しているのだから、部員がギャラリーに目をやる事など殆ど無い。
特に3人が今居る位置については顕著で、そんな所に誰も居ないと思っているから、皆殆どこっちを見ない。
見るとしたら、ルートを開拓した仁王と、一緒に話を聞いていた柳くらいだ。
だから、丸井に限らず他の部員がこっちを向く方が珍しい。
それは分かっているけど、何時も目が合うとニッと笑ってくれる丸井を知っている身としては。
(ちょっと、寂しいです・・・)
「・・・おお!」
「気づいた。」
「え?」
紫希がハッとして其方を見ると、キョトーーーン・・・な顔で此方を見ている丸井。
そりゃあそうだろう、今迄此処に人が居た事などなかった筈だ。仁王にとっては只の通り道だし。
「おーい、ブンブーン!」
「丸井ー。」
小声で呼んで手を振る紀伊梨と千百合。
丸井はちょっとだけ周りを見て、手を振り返してくれた。
「ほら、紫希ぴょんも!」
「手位振ったら?」
「え、でも、お邪魔しては、」
「ちょっと位平気だってー!」
「ううん・・・」
あんまり余所見を続けさせるのは本意ではないのだが。
「・・・丸井君、」
絶対聞こえないわ、と紀伊梨も千百合も思うような小声で名前を呼んで、紫希は緩く手を振った。
と。
「・・・!」
3本指でピースサイン。
それを顔の隣に持ってきたら、ウインクをパチンと1つ。
「アイドルか彼奴は。」
「ひゅー!良いね良いね、ブンブンポーズのセンスあるよー!」
(良く出来るなあ・・・)
自分に自信がある者のみに許されたポージングであろう。
それが様になっているのだからすごい、と思いつつ見ていると、丸井はポーズを止めて、向こう側を指差した。
「?」
「なんだろ?」
「さあ。なんかあるのかし・・・」
千百合の言葉は途切れてしまった。
「ああああ!ゆっきーだー!」
ミーティングを終え、3年生と共に部室から練習場に戻ってきた幸村は、実に悠然とした態度だ。
「・・・なんというか、すごいですね・・・」
紫希が何に対して凄いと言ったのか、それは千百合は勿論、紀伊梨にもなんとなく分かった。
迫力が違う。
オーラが違う。
何をしているわけでもないのに、皆がそっちを意識する。
其処に、幸村が、居る。
その事実に、目が其方を見て耳が其方を聞いてしまうのだ。
「目の色が変わってます・・・」
「なんか何時もと全然違うねー。ねえ千百合っち・・・千百合っち?」
千百合は色んな意味で目を奪われていた。
スクールはちょくちょく見に行っていたつもりだった。
でも、今の幸村はスクールに居た時とは明らかに違う。
(精市・・・)
未だ入学してから1月も経っていないのにこの変化。
幸村は早くも、部を背負って立つ事の意味を考え始めていた。
それがこうして、部活の時の空気に。目つきに。顔つきになって表れる。
「じゃあ幸村。その件は又後で。」
「はい。」
「よし。・・・集合!整列!」
はい!
と全員が返事をし、各々練習や作業を切り上げて整列していく。
こういう揃った行動は、流石に運動部である。
「・・・っとお。間に合った?」
「棗君!」
3人の後ろから、戸締りを終えた棗が姿を現した。
「ギリギリセーーフ!って感じかな☆」
「今からっぽいから。」
「そっか。あー間一髪。」
あんな悪路だとは思わなかったわ、と棗が呟き3人が無言で同意した直後、現部長の号令がかかった。
「これより!今年度のレギュラー選抜を執り行う!」
(皆さん、頑張って下さい・・・!)
(おおお!迫力~!)
(幸村の落ち着きようよw)
(・・・頑張れ!)
千百合はギュッと拳を握った。
「ルールは例年通り、タイブレーク方式3ゲーム先取の総当たり戦!6試合同時進行にて行う!ただし、3回以上負けた者はその時点で脱落!それ以上の試合は行わない!」
「って事は、総当たりと言いつつ総当たりじゃないわね。」
「そうなりますね。運の要素も絡んでくると思うんですが・・・」
「運位味方に付けてみせろってかw要求のレベルえげつねえー。」
「???」
「あんたね・・・」
1人ルールを飲み込めていない紀伊梨に呆れる千百合。
「取り敢えず3回負けたらもうダメって思ってたら良いよw」
「おお!分かった!」
「分かってないでしょ。」
「要するに、全部勝てば良いんでしょー?」
「・・・紀伊梨ちゃん。」
「・・・そうね。」
真理だった。
始まる。
ひのき舞台に立つ資格を巡って、勝者を決める戦いが、今。