痛い!痛い!とか言いつつ皆に支えられつつ珊瑚の死骸の山を乗り越え、水着の上にTシャツ姿で海へダイブすると、良い感じの冷たさに全身が喜んだ。
「きゃーっ!冷たいっ!気持ち良いっ!」
「すげー!プールみてえ!」
プールみたい、と向日が言ったのは比喩でもなんでもない。
どこまでも透明で青くて、プールの水とそっくりの透明度。
「ねえねえっ!あっちに見えるの何かなっ?」
「あれは魚群やな。」
「魚群っ!?魚があんな近くに居るのっ!?」
「珊瑚も見えるわ!すごーい、正に南国の海って感じ!」
「わあっ!もっと近くで見たいなあ・・・へぶっ!」
「ははははは!」
完全に向こうの景色に意識がいってた顔に、向日の手水鉄砲から出た海水がクリーンヒットした。しょっぱいし顔に水がかかるしで可憐は尻もちを海の中でついた。海が綺麗だから左程不快にこそならないけど。
「えほっ、えほ、もうっ!何するの向日君っ!」
「ははは!やっぱしょっぺえの?この水。」
「当たり前でしょっ!どんなに綺麗でも海水なんだからっ!」
プールの水に似てるって言ったってそれはあくまで見た目の話であって、成分としてはがっちり塩分を含んだ海水である。
「う~、ちょっと鼻に入った・・・」
「わかったわかった、悪い悪・・・いっ!」
ビシュ!と向日のうなじに鋭い水流が当たる。
「てめ・・・侑士!」
「結構勢いつくもんやなあ。堪忍な。」
「堪忍じゃねえ、ぶっ!」
ビシュ!どころではない、ばっしゃあああん!な波が向日を襲った。
可憐が振り向くと、脱いだTシャツで波を立てた網代がおっほっほっほなんて言って笑っている。
「茉奈花ちゃん、それはしてもええん?」
「やだ、一瞬だけよ一瞬だけ!直ぐ着るわ♪」
「おい、げほっ!お前らなあ!」
「あははははっ!はぶっ!?」
「お前・・・」
尻もちをついたままなりゆきを見て笑っていたら、本物の波から直撃を食らって可憐はもう一回頭から海水を被った。
「えほっ、えほ!」
「可憐ちゃん、取りあえず立とか。」
「げほっ!ごめんなさ、えほんっ!」
「外さないよなー、お前。」
「わざとじゃないよっ!」
「綺麗だからそんなに目立たないけど、結構波が高いわ、ね。」
「せやな。見た目より足とられるわ。」
「あ!じゃー浮き輪使おーぜ浮き輪!」
「浮き輪っ?」
「浮き輪なんかどこに・・・」
「ん。」
向日が指し示す先には、おそらく即席で作られたのであろう浮き輪貸出所がある。
何度も言うがここはプライベートビーチ。
ということはだ。
所謂「海の家」というやつがないのである。
あの、木とすだれで出来た小屋に入ってプラスチックのベンチに座ってソース焼きそばとかカレーとか食べられる場所が。ソフトクリームとかかき氷とか売ってくれる場所が。浮き輪売ってくれてついでに空気入れ無料の売店が、一回400円のシャワールームが、此処にはない。
代わりに。
「おー!すげー!」
「うーん、ここまで来ると尊敬しちゃうわねえ。」
「私こんなの初めて見たよっ!」
「多分他所じゃ一生見られへんやろな。」
此処にあるのは、跡部家が今日のために特設したフードビュッフェコーナーである。
軽食とドリンクとスイーツは各種勢ぞろいしているし、言えばがっつりしたのもすぐ出てくる。
隣には風呂。
シャワールームではなくて、脱衣所付きの風呂。勿論無料。シャンプー、リンス、ボディソープ完備。
更にその隣が向日が遠目に見つけたグッズの貸出所で、浮き輪だけではなく予備の水着やビーチサンダルやゴーグル等々がずらり。
因みに、貸し出しと言いつつ別に持って帰っても良い。邪魔なら返しても良い。
ここまでするのに一体幾らの費用がかかったのだろうかと考えると気が遠くなりそうだが、やっぱり跡部にとってはさしたる金額でもないので全然平気の平左である。
「あのう、浮き輪を貸していただきたいんですが。」
「はい、どれでもお好きなものをお持ちください。」
「どれでも・・・」
「選ぶん大変やな。」
浮き輪、と一口に言うもののここには色々あり過ぎて迷う。
ノーマル浮き輪は勿論、いるかさん型の跨って乗るタイプのや、腕に巻き付ける救命フロート型も。
(取り敢えず、私これで良いかなっ。)
可憐が手に取ったのは、スタンダードオブスタンダードなドーナツ型浮き輪。
透明に水色のドットが入っているもの。
「皆どうするのっ?」
「俺もこれ!ドーナツ。」
「俺フロートにしよかな。」
「マジで?」
「ちょっとだけ普通に泳ぎたい気もすんねん。」
「あ、わかる!なあ後で交代しようぜ!」
「わかった、ええで。」
忍足はフロートを水着に縛っておいて、普通に泳ぐ作戦。
疲れたなーと思ったらフロートを装着すればよし。これは浮き輪ではかさばり過ぎて出来ない。
「茉奈花ちゃんはどうするっ?」
「・・・・」
「茉奈花ちゃんっ?」
「・・・・あのう、私あれを借りたいんですけれど良いでしょうか?」