『帽子飛ばされても道路に飛び出すなよな!』
先ほど宍戸から言われたことが蘇る。
可憐だって分かっている。
だからうっかり帽子が風に飛ばされた時も、まずい、間に合わない、と走りださないで、頑張ってどこかに着地するのを待ったのだ。
しかしだ。
しかしだなあ。
「どうしようっ・・・!」
帽子は着地した。
着地点も見えている。
しかし。
「ここってあれだよねっ?サトウキビ畑っていうやつだよねっ?」
そう。
なんと可憐の帽子は、どこの誰とも知らない人のサトウキビ畑の奥の方に着地してしまったのである。
勿論、畑というのは私有地だ。
中に物が入ったからと言って、勝手に入って良いもんじゃない。
しかし持ち主に許可を得ようにも、周りには誰も見当たらず。
おまけに帽子だって、今はサトウキビに引っかかって視認できているけれど、もう一度飛ばされてこの広大な畑のもっと奥に着地したら今度こそ見失う。
(町から離れるんじゃなかったあっ!もう、どうしよう・・・)
畑の持ち主には悪いが、もう帽子を諦めようかなという発想まで出てきた頃だった。
少し離れた所から、がさがさと音がした。
それからなんと、人の声も。
(・・・誰か居るっ!)
「はあ・・・腹ぁ、減ったさー・・・」
もうやだ。疲れた。
体全体でそう語る少年。彼の名は田仁志慧。
「わんもさー・・・あーあ、早く終わんねえかなー。」
同じくもうやだオーラを出しながら隣で項垂れる彼は甲斐裕次郎。
2人とも帽子を被り首にタオルを巻いて、体中汗びっしょりである。
持ってきたスポーツドリンクなんてとっくに底をついたし、タオルだって元々は冷やしタオルだったけど今やもう完全に汗臭いただのタオル。
「そこ。」
「「!」」
「喋ってる暇があるなら、手を動かしなさいよ。終わるものも終わらないでしょう。」
「えーしろー・・・」
「やしがー!」
同じく汗だくながら表情は涼しい彼は木手永四郎。
上のやり取りだけで丸わかりだが、リーダー役である。
「ほら。時間は待ってはくれませんよ、きびきびと。」
(そもそも永四郎がよー・・・)
(こんな午後になるはずじゃなかったさー・・・)
「何か言いましたか?」
「「何も。」」
彼らは比嘉中学校1年生のテニス部員である。
が、今日は別にテニスはしていない。
彼らは今日はフリーなのだ。
夏休みも始まって今日は部活もないし、思い思いに過ごそうと散歩していた。
そしたら、急な用事が出来てサトウキビ畑の手入れが出来なくなり困っていたお婆さんを無償で手伝っていた木手に付き合わされたのだ。どうせ暇でしょ、手伝いなさいよ、とか言って。
暇なのは事実だし、弱ってるお年寄りの為だから。最初はそう思い手伝っていた2人だが、なかなかどうして始めてみると、思っていたよりきついわ暑いわ畑が広くて終わらないわ。
でももうちょっとだ。
終わりが見えてきた、あと少し。
そこまで進んだところであった。
「あのーっ!」
「「「ん?」」」
畑の向こうから声が聞こえる。
姿は見えないけれど。
「あのーっ!誰か居ますかーっ!」
「女子の声さー。」
「おお、女子!」
「あのイントネーション・・・やまとぅんちゅ(本土の人)ですね。」
しかし、本土の人間は観光でよく来るのでまあまあ見かけるにしても、畑に用事とは珍しいな。
そう思いながら、3人は声のする方へと出た。
「ああっ!ああ良かった、人が居たっ!」
「居るには居ますが、何の用ですか?」
目と声音で「今忙しいんだけど」と言いながら尋ねる木手に可憐は若干怯む。
「あ、あのっ!実はそのう・・・」
「さっさと言いなさいよ。」
「永四郎・・・」
「あのっ!実は、帽子を畑に飛ばしちゃってっ!」
「「「帽子?」」」
「そうなんですっ!それで、勝手に入るわけにもいかないし、だから取らせて欲しくて・・・」
成程。
事情は分かった。
が。
「そんな事なら別に。なあ?」
「荒したりしねえんどー?入って取ったら良いさー。」
「本当っ?」
「待った。その前に聞きたい事があります。」
「はいっ!」
「その帽子とやらはどこですか?」
「・・・・え?」
木手に言われて、可憐は慌ててサトウキビ畑を見回した。
さっきまで、遠くの方に緑の中にぽつんと白い影が浮いてた筈だったのだが。
「・・・・ないっ!?ど、どうしよう引っかかってたのがもっかい飛んでっちゃったんだっ!」
「しんけん!?」
「あいえなー!」
マジかよどうすんの的な空気になる甲斐と田仁志。
しかし木手は涼しい顔。
「物が無いのでは仕方がありませんね。というわけで、帰って下さい。」
「永四郎!」
「当たり前でしょう。あそこにあるから取りに行って良いですか的な事なら兎も角、見失った物を一緒になって探してやる義理などありませんよ。」
「そう言うなよ!可哀想さー!」
「知ったことじゃありませんね。女の子に良い恰好をしたいなら、貴方達2人でやりなさいよ。私は手伝いません。」
「でもよー、永四郎。放っておいたら、ここの畑の婆ちゃんに後で何言われっかわかんねえあんに?」
ぴた。
と木手の動きが止まった。
「だからよー。」
「こんなとこ見つかったら絶対言われるぜ?困ってる女の子放っておいて、うちなんちゅが聞いて呆れるさー、みたいな。」
「・・・・・」
なかなか痛いところを突かれた。
内地の女子なんてどうでもよくても、沖縄のお年寄りには優しくありたい木手にこれは堪える。
「それよりも、婆ちゃんが一人で探すパターンの方がありそうさー。」
「だからよ!いかにもありそうやし!なあ、永四郎ー。」
「・・・・」
「えーしろー。」
「なあってーーー」
「分かりましたよ!探せば良いんでしょう探せば。」
半ばやけくそ気味に返事する木手。
分かったよ、もう良いよもう。今度は自分が付き合えって事なんだろ、ああそうなんだろ。
「あ、あのー・・・」
「そうと決まったらモタモタしませんよ。さっさと探す。帽子はどこにあったんですか。」
「えっ!あ、あっち!あっちにあったのっ!」
「よっしゃ、もう一働きするやっし!」
「今晩はご飯何杯でもいけそうさあ!」
はいでえ!と掛け声をかけあってサトウキビ畑に散っていく少年達。
ちょいちょい方言が入るので言ってることの全部は分からないが、でも兎に角自分の帽子を探してくれるらしいという事は分かった。
「あ、有難うっ!」
「ん?ああ、良いって事よー!」
にっと笑ってそう言ってくれる彼らの顔は、沖縄に相応しい明るさだった。