Wet lips 2 - 4/7


「・・・・・」
「なあ・・・そんなに無理するなよ、」
「だ、大丈夫です・・・頑張ります・・・」
「だから、頑張らなくて良いんだって。遊びに来たんだから・・・」

紫希は怖いですとありありと書いてあるような顔で、ウォータースライダーを見上げていた。

スライダーは怖いから良いと避けてきたが、もうそろそろ帰る時間だし、最後に1回でも乗るなら、混み具合から逆算すると並び始めは今。
だからじゃあ最後に1回、と思って並び場に来たわけだが。

「う・・・・」

おお怖。
高。
何かきゃーとか聞こえるし。

「・・・よ、・・・よし、よし・・・大丈夫です、行きます・・・」
「なあ、もう辞めとこうぜ。何もそこまで・・・」
「でも・・・」

「何やってんの?」

「ああ、ブン太。」
「丸井君・・・」

丸井はスライダーに乗りに来た。
さっきまで他のメンバーと気楽に遊んでたのだが、やっぱりそろそろ時間だしもう一回スライダー行こうと思って、一人抜けてきたのだ。

「いや・・・春日がな。」
「わ、私、スライダーに乗ろうかなと・・・」
「おう!良いじゃん、行こうぜ。」
「いや、そうじゃなくて。怖がってるから・・・」
「から?」
「いや・・・楽しみに来たんだし、無理して行くこともないだろうと思って・・・」
「なんで?」
「え。」
「大丈夫大丈夫!此奴結構チャレンジャーだから。おし、行くか?」
「あ、」
「お、おい!」

丸井は遠慮なく手を引いて、列の最後尾を目指す。




(あ。)

「・・・・」
「千百合?どうしたんだい?」
「いや、ちょっと。リボンが。」

千百合のビキニは項に水着を引っ掛けて着るタイプなのだが、その項の部分にリボンがある。何かさっきから背中の変なところが冷たいなと思ったら、そのリボンが解けて背中にピシャピシャ当たってたのだ。
まあリボンといっても飾りリボンだから、解けたからって水着は脱げたりしないし、放っておいても良いと言えば良いんだけど。

「・・・・んん。」
「俺がやろうか?見えないんじゃやりにくいと思うし。」
「そう?じゃあよろしく。」

幸村が背中側に回って結びなおしてくれる傍ら、いちいち解けるのって面倒だな、帰ったら縫い付けて解けないようにしとこうかな、とか考えていると、背後から軽い笑い声が聞こえた。

「何?」
「ううん。水着が可愛いなと思って。珍しいね、リボンが付いてるものなんて。」
「・・・・・・・」
「・・・よし、出来た。良いよ千百合・・・千百合?」

千百合は口籠った。

うん。
珍しいよね、分かるよ。
自分でも珍しいと思ってる・・・というか、珍しいのを着てみようかと思ったんだよ。

いつも大体黒くてシンプルなのを着てるけど、今日のは水色でそんなに大きくないとは言え項とかにリボンがついてるし。
いつもついてないような結構大きめのフリルでぐるっと胸回りも腰周りも飾られてるし。

でもいざ珍しいと言われると困るというか、正直どうですかと聞きたい気持ちはあれど実際に聞くのがどうも気恥ずかしくて。

(というかなあ、精市はどうって聞いても可愛い似合うって絶対言うから、聞くまでもなくないか感がどうしても・・・)

「精市。」
「うん?」
「あの・・・」
「うん。」
「・・・えー・・・どう。」
「どう?」
「・・・水着。いやあの、どうっていうか、似合うかどうかっていうより、えー・・・」

違うんだ。聞きたいポイントは可愛いかどうかとかそういう話じゃないんだ。
千百合がそう思っているのがありありとわかるので、幸村は待つ。内心で可愛いし似合ってるよ、と返事しながら。

「・・・あのー、ほら。いつもの方が良い?」
「いつも?」
「私ほら、大体黒とか着てるから。浴衣も濃い色だったし、濃い色好きだし。」
「どっちがより良いと思うかって事?」
「そう。」
「・・・・ううん・・・」
「そんな困る?」
「結構困るよ。」

(そうなんだ・・・)

言い出しておいてあれだけど、もっと軽いノリで答えてくれて良いんだけど。
別に甲乙つけたからどうというわけでもないし。

「・・・・もし。」
「うん。」
「要するに今の質問は、いつも千百合が好んで着てる水着と今のは系統が違うから、どっちが好きかっていう質問だけど。」
「うん。」
「もしも仮に俺がこっちが好きかなって答えたとして、千百合がもうこれから先そっちの系統の服しか着なくなったら、俺はどっちを挙げても間違いなく後悔すると思う。」
「そこまで深く考えなくて良い。」

たかだか水着の話をしてるとはとても思えない真剣な顔で答える幸村。
茶化されるより良いのかもしれないけどさ。

「どんなに甲乙つけがたいかわかって貰おうと思って。」
「要するにどっちも好きってことで良いの?」
「それで良いんだけど、俺はただ誤解して欲しくないんだ。どっちも好きだよって言うのは簡単だけど、言い方によっては適当に答えてるみたいに聞こえるからね。」
「まあ・・・」
「だろう?でもそうは思われたくない。俺は本当に、どっちもそれぞれ良いと思ってるよ。普段のだって可愛いし、今日のだってイメージが変わって可愛いしね。」
「そう?」
「うん。ふふっ、こう言うとなんだけど今日の千百合は仕草も可愛いよ?何かこう、着慣れてなくて戸惑ってますっていう感じがして。」
「貶してない?」
「褒めてるさ。」

2人は話が収束に向かっているのをなんとなく感じて、話を続けながら歩き出した。
濡れて水の滴る髪が幸村の手で遊ばれてるのが視界の端に映っている。

「無意識だろうけど、凄く気になりますっていう感じでフリルを触ってる所とか。」
「え、そんな事してた。」
「してたよ。ああ、それから。」
「ん?」
「千百合に言った記憶がないんだけど、俺は水色が好きで。」

(!)

「だから、思いがけず俺の好きな色を着てる千百合が見られて嬉しい・・・千百合?」
「・・・・・」
「千百合?」
「・・・それは。」
「?うん。」
「知ってて。」
「え?」
「紀伊梨に聞いて・・・」

いや、聞いてもいないな。正確には。
紀伊梨と紫希が会話しててそういう話が出たのが耳に入ってきただけだ。

そう、元はといえばあれがなんだか。
何か自分の知らないことを他の女の子が知っているという、当たり前かつしょうがないことが気になって、2~3割程は張り合い精神みたいなものの末にこれを今着てるわけなんだけど。

「まあ・・・ほら。だから水色にしたんだけど。」
「・・・・そう、だったんだ。」
「・・・そう。」

千百合はちょっと言ってから後悔した。
何か今更気づいたけど、相手の好きな色を選ぶのってどうなんだろうこれ。嬉しいのか。買った時は多分嬉しいんじゃないかなくらいに思ってたけど、よくよく考えたら結構微妙というか、人によって喜ぶか喜ばないか変わりそう。

というか、実際今幸村のリアクションが微妙。
渋い顔をしてるとかそういうわけではないけど、何か黙ってしまった。

「・・・・・」
「・・・ねえ。」
「ごめんね、ちょっと。感情の整理が追いつかなくて。」
「は?」
「千百合が可愛すぎて。」

付き合う付き合わない抜きにして千百合とはそこそこ長い期間の付き合いになる幸村にとって、これは天文学的な事件である。

好きな人に色を合わせるだって。
天地がひっくり返ってもそんな事しそうにない、黒崎千百合とはそういう女の子だとずっと思って生きてきた。
基本的にマイペースで面倒くさがりの千百合がこんな事を自分のためにしてくれるという、もうそれだけで幸村はどうしたら良いかわからなくなるくらい嬉しい。
もう、水着似合ってるとか似合ってないとかそういうレベルの話じゃない。

「・・・別にそんな大した事してないじゃん。」
「してるよ。」

ここは見ず知らずの人がそこらじゅうに居るプールだから多くは言わないが、幸村は可愛い一面を見せるならもう少し人気の無い所でやって欲しいと思う。
こっちがアクションしたら人前だからと言って逃げてしまうのに、挑発はしてくるって結構酷くないか。

「ねえほら。それよりちょっと、最後尾探してよ。」
「ああ・・・でも、それより前にどれに乗るか決めないと。どうする?」
「それはまあなんでも良いけど。」
「そう?じゃあ・・・あ。」
「ん?」

幸村は笑って前方を指差した。




「あー!紫希ぴょん!桑ちゃん!ブンブン!」

3人でスライダーに並んでいると、後ろからやってきたのは元気いっぱいの紀伊梨。
と、心底安堵したような仁王。

「紀伊梨ちゃん。」
「紫希ぴょーん!どったの?これ乗るの?」
「は、はい、頑張ります・・・」
「お前らも一緒に乗る?」
「え!乗れる!?」
「8人用だからな、これ。」

乗るにしてもどれに乗るという話になった時、紫希は一人は怖いから嫌だ大勢でが良いと言った。
なのでこれ。この施設にある中で、最大人数がいっぺんに滑れる大型スライダーだ。

「やたー!じゃあ紀伊梨ちゃん達もこれにするー!」
「良かったのう、面白そうで。っちゅうわけで桑原。」
「ん?」
「ん。」

手を握手の形に出されて、反射的に桑原は同じように手を差し出した。
と。

パン!と良い音を立ててその手が叩かれる。

「よし、交代。俺はもう疲れたき。」
「おい、待て!その為のそれか・・・いやまあ、今日は俺やってないから良いけどさ。」
「えー!ニオニオ行っちゃうのー!?」
「勘弁してくれ、ここまで付き合っただけでもう十分じゃろ。アスレチックまで行ってやったんじゃぞ。」
「お、お疲れ様です・・・」
「仁王ってあれだよなー。」
「?」
「典型的な小さい子供と遊べねえタイプ。」
「お前さんと一緒にせんで欲しいぜよ。」
「ちょっと待って、それ紀伊梨ちゃんがちっちゃい子と一緒って言いたいの!?」

((小さい子供と一緒に遊んでる仁王(君)・・・))

意外とはまるようなはまらないような、深く考えない方が良いような。
紫希と桑原が思考を止めた時には、仁王はもうじゃあねと手を振ってあっちに去ってしまった後であった。

「あーん行っちゃったー。ニオニオも滑ったら良かったのにー。」
「ま、彼奴はああいう奴だろい。」
「むーん・・・ま、良いや!それより紫希ぴょんとスライダー久しぶりだね!いっぱい叫ぼうね!」
「さ、叫ぶんですか?」
「あ、でも言うよな?ああいうのって、叫んだ方が怖くねえんだって。」
「そうなんですか!?じゃ、じゃあちょっと叫ぶつもりで・・・」
「叫ぶのってつもりとかそういうのあるのか・・・?」

そういうのって考えないで自然にきゃああ・・・っていうもんなんじゃないだろうか。
とか桑原が考えていると、更に見慣れたシルエットが後方から。

「あ!千百合っちとゆっきーだ!」
「やあ、皆。」

千百合と幸村が見つけたのは、4人で固まってスライダーに並んでいる友人達の姿だった。

「皆で並んでるのかい?」
「そーです!千百合っち達も並ぶー?一緒に滑ろーよ!」
「一緒にって、一緒に乗れんの。」
「8人乗りだそうです。」
「マジか、でか。」
「どうする?」
「ここにしよっか。8人て珍しいし。」

お前らは2人で別のに乗ったら?と丸井と桑原は言いかけたが、紫希と紀伊梨が何も言わないので黙っておいた。
この2人が乗ろうと誘っているのなら、多分千百合のテンションが「皆で」モードなんだろう。

「しかしまあ・・・・」

でかいな。

上を見上げて呟く千百合に、紫希は不安そうな顔をして、紀伊梨は目を輝かせたのだった。