もう大分上、乗り場が見えている所まで来た時だった。
スタッフのアナウンスが入った。
『えー、アクセサリー等を付けているお客様は、お外しの上各自で保管ください。付けたままですと、スライダーの途中で事故や怪我の原因になり、大変危険です。繰り返します・・・』
(アクセサリー・・・)
「それは大丈夫でしょ。」
「そ、そうとは思うんですけど、気になって・・・」
紫希の着てる水着はワンポイントがついてるだけの白のシンプルなビキニ。
そして、その上にピンクのハイビスカス柄のパレオを巻いて、ワンピースに見せかけている。
これが恵里奈おすすめの技で、それ用のスイッチ出来るパレオを買っておいて着ればワンピースにしか見えない。ビキニ着ても良いなという気分になったら結ぶ箇所を変えて、さっとパレオに戻したら良い。
一応これも装飾ではあるよな・・・と律儀な紫希はつい気にしてしまうのだが、千百合の言う通りもしスタッフに聞いてもそれは大丈夫ですよと言われるだろう。
こういう所で注意されるのは、指輪とかネックレスとかピアスだとかそういうやつだ。
「あ、ほら!」
「?」
「白のビキニじゃねえじゃん。」
「えっ!?」
「いや五十嵐がさ、今日の紫希ぴょんの水着は白のビキニとかって言ってたんだけど。でも記憶にねえし、ぜってー違ったと思ってて。」
「馬鹿が・・・」
千百合は呆れて溜息を吐いた。
そもそも本来何故にパレオ着ているか忘れたんだろうか。よりにもよって一番教えんでも良い(と千百合は思っている)奴に教えおって。
「違うよー!これの下にちゃんと白のビキニ、むぐ!」
「はいはい、もういい。もういいからその話は。」
「着てんの?」
「え・・・ええと、はい・・・」
(着てるのか・・・ならあの上のピンクの要らなくないか?)
(隠したいんだと思うよ。大体成り行きも理由も想像はつくけどね。)
(そういうもんなのか・・・)
桑原的には何故最初からワンピースタイプにしないでそんな回りくどいことしてるんだろう・・・と思うが、千百合の様子とかを見ても、何かしら買い物の時にあったのかもしれない。
女子の事情は複雑怪奇。
なればこそ、触らぬ神に祟りなし精神で放っておいたら良いのにと桑原は思うのだが、こういう時親友は全く遠慮なく実にずかずかと踏み込んでいく。
隣の友達も何かしら上手く言い包めてあげれば良いのに、こんな時に限っておかしそうに見てるだけで何も言わないし何もしないし。
「脱いだら?」
「えっ、」
「これ腰に巻いてた方が可愛いと思うんだけど。」
「それ紀伊梨ちゃんもそー思うー!」
「お前は同調してんじゃねえわ。もう勝手なこと言うな、あんたらはもう。」
「ご、ごめんなさい、恥ずかしくて・・・」
「なんで?」
「な、なんでと言われると・・・」
「もう良いから。お前はもうこっち構わないで紀伊梨の水着でも褒めてろよ。」
あ、その話題。
と丸井が思った時にはもう既に遅し。
「そーだ!紀伊梨ちゃんはまだ、ブンブンから納得のいく可愛いを貰ってませんよ!」
「だから言ったじゃねえかよ。あ!そうだ、ジャッカルに言って貰えば?」
「俺かよ!」
「・・・一応ゆっきー、」
「言わない。」
「ですよね!」
(はあ・・・)
話題の矛先が完全に変わって、紫希はホッと胸を撫で下ろした。
「有難うございます千百合ちゃん・・・」
「ん?ああ、いや良いけど。でもあいつしつこいから、あんまり近付かない方が良いかもよ。」
あいつ。
丸井である。
まあもう今日は終わりかけだから、後ちょっとの間だけだが。
「・・・・・・」
ちょっとパレオを引っ張ってみる。
脱ぐ、か。
(無理です・・・!)
駄目そう。無理。想像しただけで無理。
またいつかの自分に頑張って貰おう。
紫希は溜息を吐いた。
その傍ら、紀伊梨達は変わらず可愛いって言って、言わないの問答を繰り返していた。
とは言っても桑原はちゃんと合格点の「可愛い」を言ったので、今はどちらかというとブンブンのケチ!という恨み節のターンだが。
「ふーんだ!ブンブンのばーか!三段腹ー!」
「お前、三段腹って意味わかって言ってるか?」
今丸井は水着しか着てなくて上半身裸で、つまり誰がどう見ても三段腹でもなんでもないことは確定的に明らかなのに、平気で三段腹とか言ってくる紀伊梨に丸井は逆に呆れを感じてくる。
ダメージになってないぞ、言っておくけど。
「え?三段腹っていっぱい食べる人の事じゃないの?」
「ちーがーう。腹の肉が三段になってるようなデブの事を言うんだよ。」
「ほー・・・」
ほー、とか言いながら紀伊梨の右手が自分の腹に向かって伸びてくるのを、丸井は自分の左手で捕まえる。
「・・・何しようとしてんだ?」
「え、触ったら三段だったりするんじゃないかなーって。」
「するか!」
「わかんないじゃん!」
「わかるだろい、見たら!」
「う、ううん・・・」
「やっぱり彼奴三段腹って意味わかってなくない。」
「うちの部活にそんな人居るはずがないんだけどね。」
「この練習量で太っていられるって、逆に凄い事だよな。」
「いーじゃんちょっとだけー!」
「おい!お前もう目的が変わってんじゃーーー」
「あ、セクハラ!」
ぴた。
と一瞬紀伊梨の動きも丸井の動きも止まった。
え、自分達のこと?と思って声のした後方を振り向くと、真後ろに並んでいた友達連れらしき女性のグループが下を指差して話している。
「え、どこどこ?」
「何?」
「ほら、あそこ!セクハラおじさん!流れるプールのとこ!」
「あ、ほんとだ居るー!うわ怖-!マジやばい、いやー!」
「ねえ、何よー!何の話よー!」
「ほらあそこのさあ、居るじゃん濃いブルーのストライプの水着着た人!」
なんとなく一同もそっちを見ると、居る。
確かに居た、濃いブルーのストライプの水着の男。
とはいえおじさんという程の年ではなさそうだが、まあこの場合のおじさんというのは罵倒語の意味でのおじさんだろう。
「あの人さあ、何かじーっと女の子ばっかり見てるんだよねー!」
「そう!プールにも入らないで!」
「泳ぐでもなしにね!」
「へー・・・ナンパなの?」
「その割に声かけたりとかもしないんだよねー。」
「そう、マジでじーっと見てるの!それがまた不気味っていうかさあ。」
「しかもさ、しかもさ!何か中高生の女の子ばっかじゃない?」
「え、ロリコンじゃん!きも!」
「きゃー!セクハラー!」
ふうんきもいなあ・・・みたいな感情が多かれ少なかれ胸に去来する一同。
まあ見てるだけといえば見てるだけなんだけど。
「セクハラねえ。」
「まあ、褒められたことじゃないけど・・・」
「でも、セクハラまでいくかどうかは微妙だね。」
「まあ、何もしてないといえばしてないですから・・・」
「つうか、セクハラっていうんなら此奴のがよっぽどセクハラだろい。」
「なんでよー!」
紀伊梨は未だに腕を抑えられている。
「良いじゃん別に、男だし腹だし。減るもんでもなくね。」
「気分的に何か嫌だ。」
「気分的にって酷くない!?」
「あはは。まあ、セクハラだのどうのっていう問題は、主に気分の問題だから。」
「え。」
さらっと言う幸村だが、今結構滅多な事を言わなかっただろうか。
「そ、そうでしょうか・・・?」
「半分、父さんの受け売りだけどね。ほら、最近は色々騒がれてるから、会社でもその辺りが厳しくなってるそうなんだけど。」
「ああ、うちの親父も言ってんなそう言えば。」
「うちは言ってないや。」
「あ、千百合ちゃんのお父さん、写真家ですもんね。やっぱり、フリーのお仕事だと・・・」
「いや、あの親父バカだから。」
「そ、そんなことは・・・」
「うちも言ってないなー。」
(五十嵐の場合は親が言ってても難しくて流してそうだな・・・)
「まあ、話を戻すけど。あくまで俺の父さんの言うことだけど、セクハラっていうのは行為の内容・・・何をされたか何をしたか、っていうのはさほど問題じゃないらしい。何より基準になるのは、人間関係。誰にしたのか、誰にされたのか・・・そういう話になるって。」
例えばさっき話に上がったあのセクハラおじさんだって、「身元不明の男」が「見ず知らずの中高生」に向かって熱い視線を投げかけるからセクハラだロリコンだと言われるのである。
あれがもし身元不明の男じゃなくて有名男性アイドルとかだったら、中高生の方から自分を見てと寄っていくであろう。つまりそういう事。
「結局、される側とする側がお互い不快に思っていなければ、問題になりにくいっていう事ですか?」
「そうだね。まああんまり非常識なことは周りにも迷惑だし、会社のルールにする場合はどうしてもどこかで線引きしないといけないけど。」
「へー。じゃつまり、俺がされてることはセクハラであってるって事だろい?」
「ううん、それでもセクシャルかどうかは。」
「ほらー!」
「威張るとこでもねえよ。」
「まあまあ・・・ほら、列進んだぜ。」
しぶしぶ丸井の腹を諦める紀伊梨。
もう次か次の次にはこの分だと順番が回ってくる。
もう乗ってる人たちがスタンバイしてるのが見えてるくらいだ。
「おー!丸ーい!」
「でっかいビニールプールみたい。」
「8人乗れるから、流石に大きいね。」
ゴムボートは円形であった。
でかいビニールプールみたいというのは正にその通りで、そういう形の丸いボートに客は内側を向くようにして車座になって座る。
そして、備え付けてある手摺を両手に持って、それを離さないで進んでいくのだ。
ところで、この手摺。
結構大きい代わりに、1人2個ではない。2人で2個である。
要は映画館の座席の手すりと同じに、両隣の人と手すりが共同になっているわけなのだが。
「はい、手摺を持ってくださいねー。隣の方と一緒になりますけど、絶対片手を離したりしないようにして下さーい。どこかは持てるように、譲り合ってくださーい。」
「よいしょ・・・きゃあ!何すんのよ、もう!」
「えー?でもほら、手摺持つとこないじゃん?」
「ここにあるでしょ!もう、わざわざ人の手握らないでよ、恥ずかしいんだから・・・」
「はい、せんせー!」
「はい、五十嵐。」
「あれはセクハラですか!」
「いや、あれは違うだろ・・・」
「イチャついてるだけだろい、あれは。」
「えー?でもさ、もう!全く!みたいな感じじゃない?」
「う、ううん、それはそうなんですけど・・・」
「あんた、恥ずかしいっていう概念薄いもんね。」
「えー?うーん、セクハラとラブラブの違いはむつかしーなー。」
そんなに難しくないのだが。本来は。
「あ!じゃああれだ。」
「お?」
「カップルがやってることは基本的にセクハラじゃない、って覚えとけよ。大体間違ってねえから。」
「お、良いじゃんそれ。」
「だろい?」
「おー・・・じゃあカップル以外だと、大体セクハラなんだね!」
「そ、それも極端な気もしますけど・・・」
「まあ、大体合ってるから・・・幸村?どうかしたか?」
「うん?ああ、いや。何でもないんだ。」
「?そうか。」
何て話している間に、順番が来た。
「はい、次のグループの方は?5人?じゃあこっちへどうぞ。えー、次の方、何人?」
「6人です。」
「はい、じゃあこっちへどうぞー。お次は?3人?じゃあちょっとそのままお待ちくださいねー。」
乗り場は2手に分かれていて、一度に2グループづつ出発出来る。
階段を登り切って右手の方に案内されると、ゴムボートがスタッフに抑えられつつ。早くもジャバジャバと勢いの良い水流に乗っている。
「どうぞ、順番に乗ってくださいねー。足元に気を付けて、そうですゴムボートを背にして中心を向いて座って下さいね。」
「よい、しょ。」
「大丈夫かい?」
「うん、いける。」
「おおお!何かぐらぐらするー!」
「まあゴムボートだからな・・・」
「よいしょ・・・あっ!」
「っと。」
「ご、ごめんなさい・・・」
「おう。大丈夫か?」
「はい・・・」
「せんせー!」
「あれはセクハラです、連れてきなさい紀伊梨。」
「あいあいさー!」
「え!?」
「おい、何でだよ!」
「あはは!まあ付き合ってないから。」
「そりゃあそうだけど・・・」
「・・・あのー。あんまり暴れないで下さいねー。手すり持って下さいねー。聞いてる?」